見出し画像

文化財を地域資源として活用する考え方を考えてみる試み。

京都・奈良・金沢・飛騨高山・川越・鎌倉。これらの観光地は文化財を資源として比較的うまく活用してきた土地と言えるでしょう。ではこれらの土地はどのように文化財を活用しているのか、その視点を交えながら観光資源として活用していく最低限な考え方のまとめを試みたいと思います。

文化財の価値

基本的に一定の流行が一巡したものには、すべて過去の記録、物証としての価値が存在します。単純に時間が経過したから価値があるのではなく、「過去に流行った記録(工法や技術、装飾、意匠、哲学など)としての物証」という部分が大切です。この視点で考えてみると、「その場所に文化財が存在することそのものに価値の大きな意味がある」ことになります。当時その場所で流行した物証ということは、当時の住民の感性がどうであったのか、社会的な背景はどうであったのか、土地の繁栄はどうであったのかなどを探る手がかりとなります。

こうした物証によって、歴代流行が何回転したのかによって、その土地の歴史に深みが出てきます。サンプルデータが多いほど傾向が明確化することと同じで、土地の輪郭をはっきり見るためには、過去の物証を観察するしかありません。ウェブアナリティクスを行っている人ならわかると思いますが、サイトの雰囲気・空気感によって、どのような傾向の人が訪れているのかを把握することとほぼ同じ作業です。

冒頭に書いた観光各地に関して、輪郭がはっきりしている(言葉で説明できる)ことの裏付けに、データが豊富にあるため取捨選択ができ、来訪者の理想に合わせた輪郭を描くことが容易い背景が考えられます。

文化財の価値はこれだけではありませんし、その土地がそこにあり続ける大きな物証と同時に、外部から流れ込んできた新しい流行に対して、かつての流行をもとにした考え方と融合するなどして、土地の連続性が失われないための文化的な杭のような役割も果たしていると考えてもよいのではないでしょうか。

プロットとストーリー

文化財の説明は建築物なら建築様式と機能設定が書かれており、仏像などの造形物には製作者やキャラ設定が書かれていることがほとんどです。そしてウェブやパンフレットに観光情報として書かれている文言は、その設定情報に加えて位置情報が載っているのみです。これを聖地巡礼(コンテンツツーリズム)として見た場合、設定情報はマニアにとって美味しいものだったりしますが、それ以上に詳しく知っている場合は単なるゴミ情報になってしまいます。ところで、この「マニア」の人たちにとって設定情報は美味しいと書きましたが、設定情報はあくまでも主物語(メインストーリー)に対する「補助」でしかなく、主物語だけを知っているよりも、補助的な情報を知ることでより楽めるという効果があります。では主物語はどこで発信されているのでしょうか???

想像でしかありませんが、日本遺産に登録するストーリーはこうした考え方に基づいたものを期待したのではないでしょうか? しかし登録されている日本遺産の蓋を開けてみると、物語作家が手を入れたと思われるようなものは皆無で、企画書の世界観説明プロットに近い文章が並んでいます。ひょっとしたら、これをもとに創作をすることを狙っているのかもしれませんが。

さてプロットという言葉ですが、物語を作る上で舞台の背景となる出来事を時系列に並べた文章のことをいいます。年表や地図などを使って人やモノの移動や領地の拡大/縮小を補佐的に説明することもあります。

対してストーリーはプロットをもとにして、読み手(見る人)に対して効果的に出来事を伝えたり、プロットの中の一部をクローズアップして詳細に描いたりしたもののことを言います。

文化財はこれらストーリーの中でどういった位置(ポジション)で描かれる舞台となるのか。その登場人物は誰で、どのような行動を取るために必要なのか。想像の物語であれば登場人物を作り込んでしまえばよいわけですが、現実の文化財には歴史上関わった人物がわかっていたり、当時の社会背景なども創作と違ってわざわざ設定しなくても史料が存在するので、あとは見せ方の問題となります。こうしてストーリーを組み立て演出まで想定できると、周辺環境の整備にも方向性が見いだされ、文化財の活用もそうですが、商業的な波及効果も狙えることとなります。

八百万と唯一神の芸術文化

ここで突然芸術文化の話になります。日本と西洋の芸術文化に対する差異のひとつに、八百万の神々(妖怪も含む)に捧げる芸術と唯一神に捧げる芸術違いがあります。この差は神仏習合を果たした日本の造形物にも影響を与えており、太古の土地に伝わる土着の風習とも習合された、いわば大衆の芸術文化として育ってきた側面を持っています。そのため、現代に近づくほど芸術文化の評価は大衆へ委ねられることとなり、価値の評価が分散していると考えても良いのではないでしょうか。

また近現代では海外交流も増えることで、大衆の興味や新しく上陸した風習による芸術や美感覚意識の上書きなどによって自己評価が難しくなり、価値を様々な方法で外部から再評価してもらうことで新しい流行を発生させ、しばらく共有する流れを繰り返しているように感じます。

ここで大切なことは、外部に評価して作られた価値はきっかけであって、そこから自己の土地の芸術文化を再評価して、活用することへつなげてほしい限りです。なぜなら土地の価値を作っているのは他ならぬ土地に住む一人ひとりだからです。

文化財のオリジナル価値とそれを取り巻く複製価値

オリジナルは唯一存在することで価値があるとされていますが、評価と表裏一体にあることも忘れてはいけません。また当時の影響力についても忘れてはいけません。特に技術や意匠・装飾などは当時の最先端である学問(哲学)から形作られているわけなので、当時の最先端が惜しげもなく詰め込まれており、現代へどのようにつながってきているかの物証、ルーツの源でもあります。現代に置き換えればサイエンスアートの世界に近いのかもしれませんね。

さてオリジナルに対して複製となると、偽物という印象があるかと思います。しかしそれは間違いで、複製物はオリジナルを見本とした派生物と捉え、商工業、ひては生活様式などに影響を与える分身だと捉えたほうが良いでしょう。上記の例でわかりやすいのは模型としての複製です。

ここで気をつけなければならないのが、完全実用品のオリジナルと複製品の関係とは違うということです。先の章にて日本は八百万の芸術分野と書きました。現代でも大衆が評価するスタイルはほぼ変わらないまでも、肝心の評価は人任せになっている状態にあり、そのため何が本物で何が偽物かの線引が曖昧になっているのが現状でしょう。そのため本来そのまま複製しても役に立たないようでも、なんらかの影響を与えるようなアートと呼ばれる作品が必要なのですが、アートの分野すら複製を前提とした商品価値思考で動いており、そのために複製=偽物=価値がないといった思考にはまっているのだと考えてよいのではないでしょうか?

さて少し脱線しましたが、オリジナルと複製の考え方は寺社仏閣と御札(お守りなど)の関係がとても近いと感じています。そして肝心の寺社仏閣関係の方では気が付きにくいことですが、ITのオープンソース開発の考え方がまさにこの形とそっくりです。オープンソースソフトウェアやハードウェアを手掛けている企業(団体)の収益と、そのまわりの関連企業(中小含む)の収益というのは相互に関係しています。一例ではBlender3Dというソフトウェア。ソフト本体は無料で配布されており、開発には世界中の多くの人が関わっています。このソフトウェアの収益方法は寄付金や投資によって成り立っており、機能拡張を手掛ける小さな企業は、プラグイン販売という形で成り立っています。まさに寺内町や門前町の姿そっくりです。この場合は「ソフトウェアの哲学」が御神体・本尊に相当。御札はプログラム本体となり、そこにお土産としてプラグインがあると考えると良いかもしれません。

この姿は文化財の中でも寺社仏閣にも当てはめられるのですが、日本人の場合あまりにも当たり前過ぎて、何が新しいのかわかりません。しかし海外インバウンドの観光客の中には、この姿を求めて来日してくれる人たちも多くいます。その人達から見た場合、毎年交換すれば良い御札やお守りとは別に、一期一会の御札やお守りに相当するものを考えないといけませんが。

オリジナルと複製の関係は、寺社仏閣の御神体・本尊=元来姿があるものではなく、祈りや哲学そのものを表現したものに対して、形として顕在化させ、機能を明確化させ、パッケージ化したもの(御札やお守りはそれらをさらにダウンサイジングしたもの)と捉えることが大切です。

表面的にはパリコレのファッションショーに近い印象で、奇抜に見える意匠に対してそれぞれの国のデザイナーがその哲学を再構築し、より機能的な部分を抽出しつつ、流行を取り入れるといった思考に近いかと思います。そのため専門的な知識のほか、独自の思考哲学が必要となります。そのため、単にオリジナルをコピーしただけでは大きな収益は望めないでしょう。

オリジナルはシンボルとして考えるのが簡単

小難しく書いていますが、上記を踏まえてオリジナルはシンボルとして考えてもらうとわかりやすいかもしれません。シンボルそのものというとちょっと違うので、色々書いていますが。

その地にある文化財はその地にあって初めて価値があることがわかってもらえれば大丈夫です。ただ唯一のオリジナルではありますが、神社仏閣と同じく「説明」をしなくてはその意味・意義が伝わりません。また外観の説明だけでは複製は何を作ればよいか、またどのように作ればよいか定まりません。逆に真の部分が見えてくると、非常に多くの複製品を作ることが可能となり、オリジナルと合わせて収益のベースを底上げすることができるでしょう。しかしそのためには勉強するしかなく、感覚だけで作ってしまうと失敗してしまいます。参考になるのは伏見稲荷大社さんのお守りや、同じく伏見稲荷さんのお山にある眼力社さんの不思議なお土産。伏見稲荷さんは毎年お守りの種類が増えたり変わったりしているのですが、真になっているのは「お稲荷さんとの縁」。眼力社さんはその名の通り「眼力」が真となったお守りが増えています。

眼力さんの場合、お話を聞くとそこでお世話になった人たちが勝手にお守りを開発して、眼力守りさんのお宅に売れたら払いの材料費のみで置いていくそうです。みんな眼力さんを愛しており、すごく調べに調べてお守りを作ってくれているので、有り体に言えば眼力さんらしいお守りが増えている感じです。地域の文化財を活かすためには、まさに眼力さんモデルを目指すべきであり、そこには「愛」が必要だと強く感じました。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
記事を気に入っていただき、ありがとうございます。(*^^*)ノ
1
和雪庵は、茶書研究・茶道体験・お茶ゼミを開催しています。「ことほむ」では時代考証や観光リブランディング・企画デザインのプロデュース担当しています。 ことほむマガジンはメンバーみんなで書いています。→https://bit.ly/3fm9KR7

こちらでもピックアップされています

時代考証と企画デザインの雑多な思考メモ。(ことほむ)
時代考証と企画デザインの雑多な思考メモ。(ことほむ)
  • 27本

時代考証やデザインや時々ITとかWordPressとかの雑多な思考のメモ。「ことほむ」のみんなで書いてます。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。