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いわきFCを、今こそ見てほしい。西が丘で感じた、大いなる期待感。


試合よ、まだ終わるな!

声を上げて応援することはできないが、心の中では割れんばかりの大声で叫んでいた。

2021年5月26日。新型コロナウイルス感染者の影響で延期となった東京武蔵野ユナイテッドFCといわきFCの対戦は、既に手元の時計で90分を過ぎていた。いわきFCが1点リードで迎えた最終盤。ゴールキーパーからのロングボールは最後のチャンスに備えて前線へと上がっていたディフェンダーの中川諒真目掛けて放り込まれるが、無情にもオフサイドフラッグが上がり、スタンドからは思わずため息が漏れる。

武蔵野サポーターの願いもむなしく、程なくしてスタジアムに長い笛が鳴り響く。これでいわきFCは4連勝で首位をがっちりと固め、一方の武蔵野は開幕から9戦勝ち無しとなった。結果としては1-2というスコアになったが、シュート数はいわきの16本に対して武蔵野は7本。特に、後半はいわきが9本に対して武蔵野は1本のみという一方的なスタッツで、完全なる力負けだ。

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当然、悔しさは込み上げる。文字通りのワンサイドゲーム。攻撃に転じることすらままならない。その一方で、サッカーファンとして「これからこのチームはどこまで強くのだろうか」という、いわきFCに対するわくわくした気持ちが湧き上がる。だからこそ、この試合が終わるのが本当に惜しかった。もっと長く、自分の応援するチームと強豪との対峙を見ていたかったのだ。


今年のいわきFCは、強い。だからこそいわきFCの試合を今、見てほしい。Jリーグに来るまで、自分の応援するチームと同じカテゴリに来るまでと待っているうちに、このチームは加速度的に成長曲線を描いていってしまうだろう。このチームの物語を体感するには、きっとそれでは遅すぎる。


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昨年とは明らかに違う、いわきの完成度。

圧倒されていたのは、なにも数字の上だけではない。観戦した印象でも、特に後半はほとんどの時間帯でいわきが攻め続けていた。もちろん、これは武蔵野側からすれば折り込み済みだっただろう。攻撃力のあるいわきに対して、武蔵野は守りを固めて相手が前がかりになったスペースを狙う。それがチームの戦略だったに違いない。確かに武蔵野守備陣は身体を張ってゴールを死守したものの、後半27分にセットプレーからバスケス・バイロンに勝ち越しゴールを献上すると反抗する力は残っていなかった。

この試合で特に驚いたのは、90分間攻め続けられるいわきの走力、そして攻撃力だ。サイドバックの選手は思い切り上がって攻撃に参加するだけでなく、時にはセンターバックの選手もパス回しに参加しまさに全員攻撃状態。シュートがゴールキーパーに阻まれても、ロングボールをいつの間にかいわきが回収し、息つく暇もなく攻撃に転じているのだ。

しかも、この試合に先発出場している選手全員が4日前に開催された天皇杯1回戦、ソニー仙台FC戦に出場しているというのだから驚異だ。惜しくもPK戦で敗戦してしまったが、この試合は延長120分の長丁場。ミッドウイークの試合であれば疲労感も残っているはずだ。フィジカル面強化の賜物なのか、スタメン選手の平均年齢は23.5歳という若さゆえなのか。いずれにしても、この圧倒的な走力は誰が見ても驚くだろう。

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正直なことを言えば、昨年のいわき戦ではここまでの怖さは感じなかった。果敢にシュートを狙う攻撃的なチームという印象はあったが、走力やフィジカル能力で圧倒された場面はそれほど見られなかったと記憶している。試合展開もこれほど一方的ではなく、結果的に武蔵野が2-1で勝利している。

もしかすると、JFL初年度となった昨年はコロナウイルスの影響もあり、ポテンシャルを最大限に発揮できていなかったのかもしれない。それにしても、そこから半年ほどでここまで試合展開が変わるとは思っていなかった。下位に沈む武蔵野のチームの完成度にも課題はあるだろうが、いわきFCのチームとしての成熟度がより高まった結果と言えるだろう。


一言でわかる、チームコンセプトの勝利。


いわきFCには、元日本代表といったわかりやすい有名選手はいない。元Jリーガーの選手も数えるほどだ。その一方で、有望な新人選手・若手選手を獲得して戦力としている。チーム最年長の選手が昨シーズンソニー仙台FCから加入した28歳の鈴木翔大(シント=トロイデン所属の鈴木優磨の兄)というのだから、チーム全体の若さに驚かされる。ただ若いだけではなく、年長世代にはHonda FC出身の日高大、ソニー仙台FC出身の鈴木や田中龍志郎といった強豪社会人チームを知るJFL経験者が脇を固めている点も心強い。

今年の新加入選手でいえば、昨シーズンJFLの三重で5得点をマークした古川大悟は弱冠21歳ながら9試合を消化時点で5得点を記録している。青森山田高校から仙台大を経て加入した嵯峨理玖、国士舘大から加入した宮本英治が開幕からレギュラーとして活躍し、作新学院大から加入した吉澤柊も途中出場を中心に2得点を決めている。また、徳島からレンタル移籍で加入中の奥田雄大はここまで全試合スタメン出場し、いわきの躍進を最終ラインから支えている。

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いわきFCといえば、「日本のフィジカルスタンダードを変える」というスローガンを掲げ、ドーム社のサポートによる90分走り負けないフィジカルが何よりの代名詞だ。これだけチームが志向するサッカーが明確であれば、スカウティングもより的確にできるだろうし、サポート面やフィジカル強化は選手獲得において他のチームにはないセールスポイントになるだろう。また、選手をレンタルに出すJリーグのチームからしても、出場機会を得られるだけではなくフィジカル面の強化ができるというのは、レンタル先としても魅力的なのではないだろうか。


そのポテンシャルは、まだ発展途上のはずだ。

私がいわきFCの試合を初めて見たのは、2017年の天皇杯2回戦のハイライト映像だった。当時のいわきはまだ福島県リーグ、一方の相手はJ1コンサドーレ札幌。日本最高峰のリーグに所属するチームに対して、県リーグのクラブが一歩も引かず、90分を終わって2対2の同点。ここまででも大健闘だが、圧巻だったのは延長戦だ。

90分走り切った選手が、Jリーガーをぶっちぎっているのだ。結局、延長だけで3点を奪い、いわきは大金星を挙げた。この衝撃は全国を駆け巡り、一躍いわきFCの名前を全国区に押し上げたと言っても過言ではないだろう。

2019年の暮れ、地域決勝最終日のJヴィレッジで初めていわきFCの試合を初めて観戦したを。天皇杯の衝撃からはや3年。気づけば天皇杯には毎年のように出場し、ハード面ではいわきFCパークが完成し、毎年圧倒的な成績で地域リーグを優勝し続けていた。そして、初の地域決勝でも足元を掬われることなく、見事に決勝ラウンドを1試合残した段階で昇格を手中にした。

最終日はすでにJFL昇格が決まった状態ではあったものの、今シーズンを締め括る試合でどんなサッカーをするのかは非常に興味があった。しかし、それ以上に興味があったのは、これだけ急伸するチームがどれだけ地元に根付いているのだろうか、サポーターはどのくらいいるのだろうかということだった。

天気は今にも雨が降りそうな曇り空。しかし、Jヴィレッジには私の想像を超えるような光景があった。試合の1時間前から、真っ赤なユニフォームを着た観客たちが開場を今か今かと待っている。その数はざっと数百人。開場とともにスタンドは埋まり、バックスタンドは人だかり。試合中に雨が降り出す悪天候ながら、アナウンスされた観客数は1349人を記録した。

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この人数を、どう捉えるかはそれぞれだろう。地域決勝の過去の歴史を紐解けば、松本山雅FCをはじめ地域リーグ時代にもっと多くの観客を集めたチームがあったのは事実だ。しかし、いわきFCが県リーグからわずか5年足らずでJFLまで上り詰めたチームであることを考えれば、まだまだこれから観客数が増えている段階なのだろう。一朝一夕ではいかない。熱は徐々に徐々に伝わっていくのだ。

その熱は、コロナウイルスの逆風の中でも衰えなかった。平均観客数1286人は昨年のJFLで全チーム最多だ。JFL初年度ながら最終節までJ3参入の可能性を残したものの、最終戦で敗戦し、JFLを1年で通過することはできなかった。2015年以降、トントン拍子でカテゴリを上げてきたチームにとって初めて2シーズン同一カテゴリを戦うこととなったが、J参入を前に熱量をさらに増幅するチャンスとも言えるだろう。

そして勝負の今年、10節を終えて未だ負けなし。最高のスタートを切ったチームの周辺では、さらに地元の熱が高まっていることは想像に難くないだろう。スタジアムにはどんな光景が広がっているのか、今年秋のアウェイ遠征がいまから楽しみになる。

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おうい、いわきFCよ。どこまでゆくんだ。

アウェイ遠征が楽しみな理由は、それだけではない。いわきという街のポテンシャルに興味があるのだ。

「スポーツを通じて、いわきを東北一の都市にする」ーー

いわきFCは、そんな言葉を理念に掲げている。そう、目標はJリーグ入りではないのだ。


100万人都市仙台が君臨する東北地方で一番を獲る、一見すれば大言壮語に見えるかもしれない。しかし、私はもしかするとそんな日が来るのではないかと密かに思っている。それだけのポテンシャルが、いわきという街ににあるからこその言葉だと信じているからだ。

そんないわき市とはどんな都市なのか、少し掘り下げてみよう。

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