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シン・シリーズにおける庵野秀明のカメラ表現への異常なこだわりを、シンエヴァで振り返る

2022年5月13日に、シン・ウルトラマンが公開されました。
庵野秀明氏は、これに撮影と編集で参加しています。
私は、シン・シリーズ(シン・ゴジラ、シン・エヴァンゲリオン、シン・ウルトラマン、シン・仮面ライダー、等)に通底するものとして、庵野秀明氏のカメラ表現と編集へのこだわり(あるいは実験精神)があると考えています。

シン・ウルトラマン公開に合わせて、2021年5月16日に公開した、シン・エヴァンゲリオン劇場版のカメラ表現についての記事をリライトしました。
英語の記事をリライトしたため、読みづらい箇所がありますことご容赦ください。

(以下、リライト)

映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は、2021年3月8日に日本で公開されました。

待望の 『新世紀エヴァンゲリオン』の最終版であり、1997年のTVアニメシリーズ以降の、あるいは2007年から公開された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ」以来のファンたちは大変歓喜しました。
そのことは、たくさんの人が物語の解釈や映画のメッセージ性などを語っていることからも明らかかと思います。

しかし、私たちはエヴァンゲリオンの視覚的表現の素晴らしさに注意を払うべきだと思います!

庵野秀明監督は本物の特撮オタクです。
彼はウルトラマンや仮面ライダーなどの日本の特撮テレビ番組を愛しています。

彼は若くしてアニメ業界に参入し、メカニックと破壊シーンの卓越した描写で評価されました。
(ジブリ作品「風の谷のナウシカ」の巨神兵のシーンが有名ですね)

庵野秀明監督は、2016年に特撮映画「シン・ゴジラ」を監督しました。
彼はこの映画を通じて、アニメーションと映画の技術を融合することを習得したと推測されます。
そしてシン・エヴァンゲリオンでは、実写映画で培った視覚的表現で、前例の無いアニメーション映画作品を作成したと言えます。

多くのファンがシン・エヴァンゲリオンを劇場で複数回鑑賞しました。
私は、素晴らしい視覚表現がそれを可能にしたのだとと思っています。

この記事の目的

この記事では、シン・エヴァンゲリオン劇場版の視覚的表現のハイライトを紹介します。
特に、映画好きやカメラ好きならこの映画が楽しめると思います。

私はストーリーのネタバレを最小限に抑えていますが、映画を見る前に何も見たくない場合は、この記事をスルーしてください。
シン・エヴァンゲリオン劇場版はAmazon Primeなどで配信されています。

もしこの記事を読んでから映画を観る場合、庵野秀明監督の視覚表現へのこだわりを是非楽しんでください。

庵野秀明監督のカット編集へのこだわり

従来の長編映画のような長回しのシーンと、アニメーション特有の短いカット編集の組み合わせ

 庵野監督は、新世紀エヴァンゲリオンのテレビシリーズ以来、短いカットによる編集を多様しています。 

1996年に、庵野監督が尊敬する岡本喜八監督との対談企画がありました。
彼らは、カットと編集へのこだわりや。ハリウッド映画と日本映画の違いについて、下記のような話をしていました。

ハリウッド映画では、プロデューサーは興行収入のために映画の最終的なカット編集の権限を持っています。
そのため、映画監督の意図を反映した「ディレクターズカット版」が後日公開される場合があります。

 一方、日本映画では、監督がカット編集の権限を持っています。 
カット編集は、表現プロセスとして映画監督の手に委ねられているのです。 

たとえば、監督は、俳優が走っているシーンを表現するために、8コマでカットするか7コマでカットするか、などをこだわりを持って決定することができる、とのことです。

庵野監督は、このころから、監督の美的感覚の発露たる映画制作において、カット編集を自らの表現手段と考えていたと想像されます。

長回しのシーンにおける短いカット編集の効果的な使用

庵野秀明はシン・エヴァンゲリオン劇場版において、エキサイティングなバトルシーンなどで短いカット編集を多用していますが、シーン自体は長回しのシーンです。

カットごとに撮影が止めない長回しシーンでは、綿密な撮影計画に従って、一連の演技を一度に撮影します。
これは、往年の長編映画のような重厚な印象を与えます。 
(たとえば、1963年のルキノ・ヴィスコンティ監督の「山猫」のような)

俳優、カメラ、スタッフが入り乱れる長回しのシーンは、慎重な計画とリハーサルに基づいて撮影されています。
それは、監督の芸術的感覚だけでなく、俳優、撮影監督、その他のスタッフの職人技も必要とする高度な技術です。

アニメーション映画では、監督はカメラをどこにでも設置でき、いつでもカットを切り替えることができるため、長回しのシーンを非常に自由に撮影できます。

劇場公開前に公開されたアヴァンタイトルの戦闘シーンでは、短いカット編集を多様したアニメーション特有の長回しシーンを楽しむことができます。

顔のクローズアップの頻繁な使用。

庵野秀明は、キャラクターの顔のクローズアップを頻繁に使用しています。
これも、先述の岡本喜八監督との対談の中で、岡本喜八監督の作品からインスピレーションを得たと語っています。

1996年の岡村喜八の対談の中で、アニメのキャラクター造形は正面顔のクローズアップには適していないが、カット編集にダイナミックなスピードの変化を加えるために使用していると庵野監督は語っていました。

これに対して岡村喜八監督は、アニメのキャラクターは、その大きな目で感情的な表現に利点があると語っていました。

シン・エヴァンゲリオン劇場版の一つの特徴は、後述する被写体が画面の左側と右側に配置される構成とは対照的に、被写体が画面の中央に配置されるカットが多数あることです。 
この2種類のカットの対比が、映画全体にリズム感を与えています。

映画館で観るための映画を作るというコミットメント

シネマスコープで映画を作ることへのこだわり

庵野監督は、岡本喜八監督との対談の中で、映画はシネマスコープでなければ価値がないと語りました。
シネマスコープは20世紀フォックスの登録商標であり、一般的にはスコープサイズまたはワイドスクリーンと呼ばれます。
多くの場合、シネマスコープのアスペクト比は2.35:1です。

4部作となった「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズのうち、1作目の「ヱヴァンゲリヲン序」および2作目の「ヱヴァンゲリヲン破」は、アメリカンビスタサイズで制作されました。
アスペクト比は1.85:1です。

一般的に映画は、劇場公開が終わったあとに映像メディアや配信を通じて家庭のテレビモニターやスマートフォンで再生されるため、ハイビジョン放送のアスペクト比(1.78:1または16:9)に近いアメリカンビスタサイズで制作することで画面いっぱいに表示できるという利点があります。

対して 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の第3作と第4作では、シネマスコープを使って「映画館で観ることを楽しむ映画」を作る、という表現上の意図があったと想像されます。

映画館の大画面でシネマスコープを映画を鑑賞する場合、画面の一方の端からもう一方の端までを見るには、頭を左右に振る必要があります。
庵野秀明氏は、この体験こそが劇場で映画を見る楽しみことだと語っていました。

庵野監督は、シン・エヴァンゲリオン劇場版で、これまでになく画面の左右に被写体を配置したカットを多用しました。
これにより、映画を鑑賞する私達は、まるで自分も映画の登場人物と同じ空間にいるかのように、頭を左右に振って登場人物たちを見ます。

なめものの頻繁な使用

庵野秀明氏は、「シネマスコープでは、俳優を画面のどちらかに配置する場合、反対側に何かを配置する必要がある」と述べています。

幅広のスクリーンの左または右いずれかの側に俳優を配置すると、反対側に大きな空間ができます。
そのため、多くの場合被写体の反対側にオブジェクトを配置して、視聴者の視線を被写体に誘導します。

日本の映画業界では、被写体の前に被写体を置く撮影方法を「なめる」と呼び、被写体の前に置く被写体を「なめもの」と呼びます。

日本の特撮映画の撮影では、巨大なヒーローや怪獣の前に建物や家の詳細なミニチュアを配置します。

庵野秀明は日本の特撮映画のオタクなので、ウルトラマンや仮面ライダーなどで用いられた特撮映画の技法を彼のアニメーションや映画に取り入れました。

典型的な例は、ウルトラマンのシリーズを制作した円谷プロダクションに所属していた実相寺昭夫監督が開発した、実相寺マジックと呼ばれるカメラアングルです。

実相寺マジックは、前景に配置されたミニチュアセットのみを精巧なディテールで作成します。
そうすると、背景のミニチュアと空の背景布は、実際のディティールよりも精巧に見えます。

新劇場版シリーズの第3弾「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(2012年)は、シネマスコープで制作されましたが、なめものはあまり使われていませんでした。

おそらく、4作目であるシン・エヴァンゲリオン劇場版には、2016年に制作された特撮映画シン・ゴジラの撮影の経験が、シン・エヴァンゲリオン劇場版の制作に反映されたのだと考えられます。

仮想世界におけるカメラ配置へのこだわり

美しいロケーションを強調するためのロングショットの多用

多くの場合シーンの最初に挿入される、そのシーンの状況を説明するショットを、エスタブリッシング・ショットと呼びます。

シン・エヴァンゲリオン劇場版の特徴は、ロングショットによるエスタブリッシング・ショットがたくさんあることです。
エヴァンゲリオンのパイロットたちがが放浪するシーンや、主人公が人々と交流するシーンでは、ロングショットが多用されていました。

一般的に、人の全身を撮影する方法は、ロングショットとワイドショットがあります。

ロングショットは、望遠レンズを使用して、遠くから人の全身を撮影します。
ワイドショットは、広角レンズを使用して、人物の近くから人物の周囲の状況を含め人物の全身を撮影します。

ワイドショットは画面の歪曲が大きい広角レンズを使うため、ダイナミックですが、人間の視覚とかけ離れた非現実的な表現になります。
ロングショットでは画面の歪曲が少なくなりますが、焦点距離が長くなるほど遠近感が圧縮され、またフォーカスが合う範囲が狭くなり、こちらも非現実的な表現になっていきます。

アニメーションでは、望遠レンズを使った表現においても、被写界深度の深いパンフォーカスを表現できます。
これにより、パンフォーカス、望遠レンズの圧縮効果と少ない歪曲により、美しいロングショットが作成されます。

望遠レンズにより描かれる、遠近感の圧縮された平面的な描写は、北斎の浮世絵のような端正な美しさがあります。
これまでに、このような美麗な描写を映画館の巨大なスクリーンで楽しむことができたでしょうか。

架空の世界における物理的な制約を考慮したカメラの配置

広角レンズは、狭い場所での撮影時に人の全身を捉えるために使用されます。
シン・エヴァンゲリオン劇場版でも、広角レンズは屋内シーンなどの狭いロケーションで使用されています。

屋内シーンでのカメラの配置は、映画製作における主要な問題の1つです。

カメラを配置できない場合、撮影ができなくなり、場所の選択、演技、制作に影響を与える可能性があります。

また、広角レンズを使用すると、画面の歪みが大きい非現実的な描写になり、臨場感が失われるというデメリットがあります。

映画「ジョーカー」(2019年)では、焦点距離が比較的大きい標準寄りのレンズでも広い範囲を移すことのできる撮像面積の大きいカメラを使い、これを解決しました。

アニメーション場合は、ロケーションが架空の空間であり、物理的な制限はなく、狭い屋内シーンでも歪みのない描写で人物の全身を描写できます。

しかし、庵野秀明は、広角レンズを使って狭い室内のシーンを表現しています。
まるで、アニメのキャラクターたちが、架空のセットの中で演技をしていると感じられるように、俳優やカメラの位置を正確に再現しようとしているのではないでしょうか。

カメラとレンズの制限を表現へ取り込む

強い日光によるカラーフリンジの表現

カメラとレンズの物理的構造により、画像にはさまざまな効果が現れます。
前述のレンズによる圧縮効果や画面の歪みもそのひとつです。

直射日光下の高コントラスト条件では、レンズの収差により、物体の輪郭に紫色のフリンジが現れることがあります。

シン・エヴァンゲリオン劇場版、紫のフリンジを描くことで直射日光のまぶしさを表現するシーンがあります。
これは庵野監督の、(カメラで撮影する)「映画」というもののディティール表現へのこだわりによるものだと想像されます。

2つのシーンだけが、高いISO感度で撮影されています

アニメーションは基本的に連続する絵なので、シーンの明るさを自由に描くことができます。
回想シーンを表現するために、ポストプロダクションでフィルムグレイン処理が追加されることもありますが、基本的にアニメーションには映像のようなノイズはありません。

しかし、シン・エヴァンゲリオン劇場版では、友人と夜を歩くシンジと、ゴンドラで戦艦の中を移動するミサトとリツコの会話のシーンの両方で、高ISO感度によって生成されるカメラのデジタルセンサーのノイズが描かれています。

庵野監督が2つのシーンでのみデジタルノイズを描画したのはなぜか?

たとえば、夜の屋内シーンにはデジタルノイズは表示されません。
映画の撮影状況を想像してみましょう。

通常、撮影現場では、俳優などのそのシーンにおける主たる被写体は、視聴者の視線を誘導するためにライトで明るく照らされます。

また、セットにはアンビエントライトを設置し、主たる被写体ではない背景に置いても、必要とされるディティールが見えるように輝度がコントロールされています。

比較的暗い場所でも、最低限必要な明るさが確保されているため、カメラは適切なISO感度で撮影できます。

シン・エヴァンゲリオン劇場版のデジタルノイズを描いた2つのシーンは、「このシーンの撮影には照明を設置できないため、カメラのISO感度を上げて対応した」という撮影現場の様子が想像されるという意図を持っていると考えられます。
そうで無い場合、この2つのシーンのみデジタルノイズを表現する意味がありません。

映画館で何度も観ることを想定した視覚表現

シン・エヴァンゲリオン劇場版を楽しむ方法はたくさんあります。

たとえば、物語の謎を解くことは興味深いでしょう。
エヴァンゲリオンシリーズは、25年間の長きに渡って私たちに謎を解く楽しさを提供してきました。

たくさんのオマージュ表現を見つけることも楽しみの1つです。
庵野監督は、視覚的モチーフ、カメラアングル、セリフ、音楽などを駆使して、愛する作品へのオマージュを表現しています。

エヴァンゲリオンシリーズのファンの中には、劇場で何度も映画を見て、自分なりの解釈で作品を理解しようとしている人もいます。
庵野監督はそれを踏まえ、何度見ても楽しめる壮大な映像表現を生み出しました。

映画館の大画面で、シン・エヴァンゲリオン劇場版の素晴らしい視覚表現を楽しめたのは幸福なことだと思います。

(以上、リライト部分)
この記事は、2021年5月16日に公開した記事をリライトしています。
この記事のイラストは、予告編フィルムをコピーするか、私の記憶に頼って作成されました。
実際の映画のシーンとは差異があることをご容赦ください。

シン・ウルトラマン鑑賞後の追記

この記事の冒頭で「シン・シリーズ」という表現を使いました。
「シン」を冠する一連の作品は、通貫するコンセプトがある、と私は考えています。

「シン」の意味については様々な説があります。
新しいのシン、真実のシン、深化のシン、樋口真嗣のシン、など。

私個人的には、神話のシンと捉えています。
私たちがよく知るギリシャ神話のエピソードの中には、元になった民間伝承に、のちの時代の語り部や研究者が新たな解釈を加えて生まれたものが数多くあります。
(こんにちのほとんどの神話がそうではないでしょうか)

庵野秀明氏(株式会社カラー)は、それと同じようなことをしようとしているのでは無いかと想像されます。

また、シン・シリーズは、庵野秀明氏のカメラアングルとカット編集の実験の場でもあると考えています。

シン・ゴジラで実験した、ミリ単位の厳密な計算によるカミソリのような切れ味のカメラアングルと、役者と観客に息を吐かせぬハイスピードのカット編集。

それら取り込んで、アニメならではの自由なカメラアングルの実験をしたシン・エヴァンゲリオン。

アクションカメラなど超小型のカメラを多用して、自由なカメラアングルを実写映画に取り込んだシン・ウルトラマン。

私たちは、シン・シリーズの新作で、次はどんな実験的な映像表現を試みるのか、楽しむことができるでしょう。

2022年5月15日、記す。

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