見出し画像

ポストコロナの世界 変容する安保環境

新型コロナウィルスという目に見えない脅威に晒された世界は、今後、どのように変容していくのでしょうか。最近、識者の間では盛んに「パラダイムシフト」が起きているといった話が飛び交っています。
 
私たちは今、歴史的な転換点にあり、事態が終息しても元の世界に戻ることはなく、これまで私たちが思い描いてきたものとは違った未来に向かっていくというのです。
 
仮にそうだとすれば、今後、訪れるであろう「ニューノーマル(新常態)」とは、一体どのようなものになるのでしょうか。安全保障の観点から考察してみました。
  
1 ボーダーレス化の逆行
これまでの世界はボーダーレス化、すなわち国家間の障壁をなくし手続きなどを簡素化する方向に向かっていましたが、新型コロナウィルスの発生後、各国が水際対策に失敗し、あっという間にウィルスの国内流入を許してしまいました。
 
原因のひとつは、このボーダーレス化にあったことは否めません。各国は活動停止を迫られ、経済的にも世界恐慌以来の大きなダメージを受けています。このことから、従来のボーダーレス化に逆行する潮流が生まれる可能性が指摘されています。
 
特に中国由来のウィルスで多大な人的・経済的被害を受けたとする欧米諸国は、今後、中国に対しより厳しい障壁を設け、国家的に距離を置く「ナショナル・ディスタンス」へと舵を切る可能性があります。
  
2 ナショナリズムの台頭
世界でも最大級の感染者を発生させた米国では、新型コロナウィルスによる死者数がベトナム戦争での死者数をも上回る事態となっています。
 
また、アジア太平洋地域でパトロール中だったセオドア・ルーズベルト空母打撃群が艦内でのウィルス蔓延によりグアムへの撤退を余儀なくされました。
 
これまで核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器を用いた戦争から、通常兵器による戦争、対テロ戦争、宇宙・サイバー領域での戦争に至るまで、あらゆる形態・領域での戦いに備え、前方即応態勢の維持とホームランド・セキュリティに万全を期してきたはずの米国が、いとも簡単に航空母艦や米本土への侵入を許し、自国民に大きな被害を出してしまったことで、覇権国家としての米国のプライドは引き裂かれました。
 
他方、中国、ロシア、北朝鮮などの米国の敵対勢力は、米軍のプレゼンス低下を好機ととらえ、従来にも増してよりアグレッシブに軍事活動を活発化させています。
 
また、米国の力の陰りを垣間見た同盟国・パートナー国も、既存の国際秩序、すなわち「パクスアメリカーナ」は本当に終焉してしまうかもしれないとの危機感を大いに募らせたことでしょう。
 
結果、各国の生存本能が刺激されてナショナリズムが台頭し、外交は互恵関係重視からより自国益優先へと比重を移し、各国の軍事力が国際協調路線から外れてより自国益のために働くようになっていく可能性もあります。
 
3 大きな政府への期待感の高まり
一部の国では、事態の早期収束には国家権力拡大による国民統制もやむを得ないとの考えから、国家による強いリーダーシップに期待する声が高まっています。
 
逆に、政府自身がこの「パラダイムシフト」を巧みに利用して、本来的にウィルス対策とは無関係で棚上げ状態にあった難題を、これ幸いと一気呵成に解決しようとする動きもみられます。
 
これらの動きは、先述したボーダーレス化の逆行やナショナリズムの台頭と相まって、より強くて大きな政府へと向かわせる潮流となる可能性があります。
 
4 機械化、ネットワーク化の促進  
人々の活動制限が長期化すれば、必然的にバイオウィルスの影響を受けないマシンで労働力を補おうとする動きが促進されます。
 
これは一般社会のみならず軍事面でも同様で、特に勤務環境がウィルスの脅威に脆弱な閉鎖空間になりがちな海軍については、現在のヒト中心の艦隊運用の在り方そのものが抜本的に見直されるとみられます。
 
昨今、米中ハイテク戦争がエスカレートする中、アジア太平洋地域を行き交う主要海軍においては、益々機械化、AI化、ネットワーク化、無人化、省力化などが促進されていくでしょう。
 
その時は、これまでに想定されてきた将来戦闘の様相が激的に変化することを意味します。自衛隊も、いずれはそのことを見据えた装備・戦術へと大幅な軌道修正を余儀なくされると考えられます。
    
今後、新型コロナウィルスは収束するとは限りません。第2波、第3波の再来も予想されていて、最悪の場合、ウィルスが変異して更に強毒化する可能性も指摘されています。
 
日本では、何となく状況が落ち着けばすぐに元の生活に戻れるような風潮が大勢を占めていますが、累計死者数が数百人単位の日本と数万人単位の欧米とでは自ずと脅威認識が異なります。 
 
甚大な被害を被った欧米を中心に生まれた新型コロナウィルスに対する新たな脅威認識が新たな潮流を生み出し、やがては大きなうねりとなって日本を含む世界中に波及することでしょう。
 
新型コロナウィルスは、個人の価値観、ライフスタイル、働き方、組織や国家との関わり方、更には国際情勢まで変えてしまうほどの威力を持っています。
 
私たちは、これまでに思い描いていたものとは違った未来がやがて到来すると認識を新たにし、自分自身をニューノーマルに適した意識・行動へと適合させていくことが肝要です。
 
そして、国際情勢にも目を向けて、変容するポストコロナの安保環境に柔軟に対応できる国家の在り方を考えることも大切なことだと思います。