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僕たちは家と暮らしをつくることに決めた

まさか自分たちが家を作るなんて。

10年前、古民家を借りて暮らし始めた頃はそんなことは夢にも思わなかった。
僕らは夫婦共に衣服や生地のデザインを生業としている。 兵庫県の生地の産地(播州織という綿を中心とした生地の産地)で、自然に囲まれ、自然からヒントを得て、デザインをしている。天然素材のテキスタイルは、コットンや麻、ウール、シルクなど自然が作り出した繊維の美しさにいつも感動しその感動を伝えたいと、いつも思っている。
また、デザインの社会における役割として、世界の出来事に目を向けながら、人々の大きな価値観の変化を感じ取り、世界を美しく、暮らしをより良くするようなデザインをしたいと思っている。

そんな中で、世界の環境への意識の高まりに対して、
自分たち自身の暮らしの不健全な部分の矛盾がとても辛くなってきたのだ。
僕は、自分自身が納得できないと、仕事が手につかない人間なんだと、気付かされた。

矛盾を抱えていると全く仕事が進まないし、自分の生み出すものが、良いものだと胸を張って言えなくなってしまう。
何か、暮らしのあり方を根本的に見直さないと、気持ちよく日々を過ごす事が出来なくなっていった様に思う。

古民家での暮らしで気がついた矛盾

古民家の家は母屋と離れが2棟、庭と畑もついていて月5万円。都市部の方からするとかなり安く感じると思うが、地方では上手く探せばこれくらいの物件は沢山あると思う。


この家はトイレはボットンで屋外だったりと、 確かに一般的な暮らしからすると不便ではあったが慣れてしまえば、特別に移るほどの理由もなく10年間暮らした。

むしろ好きなところも沢山あった。心地よい縁側、畳の匂い。広い家だったので、沢山の人が集まれるし、子供も自由に遊べた。

心地よい縁側
数年前のちょっと若い僕と妻

なんとなくそのままの生活を続けていたのけど、僕らの中ではどこかで違和感があった。

古民家での生活は、一見すると自然に優しい暮らしのように思える。が、実際にはエネルギーをものすごく沢山使ってしまう家だったのだ。

たとえば、古民家の冬は寒い。 寝る前に温度計を見ると2℃なんていう日もあった。 子供が生まれてからは流石にもう少し部屋を温めなければと、灯油にエアコンにとエネルギーを費やさなければならない (隙間が多いから暖房が効きにくい)。

給湯器も灯油だったので、とにかく灯油に頼った生活だった。原油が高騰して、家計も大打撃だ。
ちなみに薪は手に入るのでレンガを積んで暖炉を導入しようと試みたが、大家さんNGで夢叶わず賃貸の限界を痛感した。

夏は涼しいかと思いきや、実はそこまで快適ではなかった。 湿気やカビに悩まされるからだ。
古民家といっても昭和の時代に家の一部を中途半端にリフォームしているために、 全体の風の抜けが悪くなっていたような気がする。

本当の昔のままの家は、襖をすべてを外せば、田の字の部屋が繋がり、縁側から台所の土間、奥戸へと風が抜けるようになっていたはずだ。

家と暮らしをつくる旅

暮らし始めて8年目頃から、緩やかに拠点を移すことを意識し始めた。
同時にこれから先、どんな暮らしがしたいのか、 暮らしから始まり、どんな仕事をして、どんな世界に住みたいのか。
子供に、どんな子供時代を過ごさせてあげたいのか。

自分たちの中にある、ふわふわした抽象的なイメージ。 暮らしとデザインと、その先にある社会、そして未来がどんな世界であってほしいのか。
そんな考えがどんどん膨らんできて、ついに実行するまでに至った。長い暮らしの旅が始まった。

2年間くらいかけて未来の暮らしを求め情報を集めた。そして最終的に辿り着いた土地。石積みの段々畑が小さな集落。家の前にも棚田が広がり、とても美しい場所だった。

そこは宅地に加えて、約9000平米の農地付き物件。日本の法律では、農地は農家でないと取得出来ない。諸々の手続きを済ませ(農地法三条申請という)晴れて?僕は農家になった。

遅かれ早かれ、僕は農家になっていたと思う。パソコンの前で一日中仕事をすることにうんざりしていたし、土に触れ、自然の仕組みを学ぶことがとても楽しかった。何より自分たちのデザインを暮らしから初めて、また土に還る様な自然の循環の中におきたい。そんな事を実現しようとしたら、僕は土からは離れられないと強く感じていたからだ。

土地が決まり、農家になり、僕らの家づくりが始まった。この時すでに構想は練っていた。なるべく身近な資源を使いたい。暮らしに必要な電気、水、火、土を出来る限り大きなインフラに頼らずに、エネルギーを循環させたい。そんな暮らしだ。

2024年の春から始まったこの不便で心地よい、古くて新しい暮らし。その様子を綴っていく。


僕らの実験的な暮らしと農業、そこから生まれるデザイン・テキスタイルについてのエッセイです。
より具体的に、より実践的に、赤裸々に書いていきます。記事によっては有料にさせて頂き、どうかこの暮らしに、共感し購読して頂けたら嬉しく思います。



Profile

村田裕樹
STUDIO MOMEN 代表 / デザイナー / 農家

大学在学中から服作りを学び始める。 素材から服作りをするために織物産地・兵庫県西脇市へ移住。 産地を拠点にhatsutoki(ハツトキ)のディレクター/デザイナーとして活動。 原材料からテキスタイルを作るために2024年から岩座神(いさりがみ)に拠点を移し、電気や下水のオフグリッド、循環型の家で農家として暮らしを始める。 STUDIO MOMENでは田畑で作物を作りテキスタイルをデザインする。自然のなかで、世界をより美しくするデザインを生み出すテキスタイルブランドを目指す。

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