見出し画像

黒岩涙香「生命保険」「帽子の痕」「間違ひ」「秘密の手帳」紹介と感想

黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅰ』論創社, 2006
黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006

今回は、原作不詳のミステリー風味な翻案短編小説を紹介したいと思います。

ミステリーと一言で言っても、サスペンス小説から推理的興味がメインの小説など、様々な作品を日本に紹介しようとしていたことが分かります。


生命保険(1890/明治二十三年)

あらすじ
継母と上手くいかず、家を出て女教師として自立して生活している夏子。
昔から、金儲けをしたいが失敗ばかりの父だけが心配だった。
ある日、継母より「御身が父は一昨日亡き人の数に入りたるぞ」と手紙を貰い、急いで現在の住居である外郎村へかけつけるが、既に死体は柩に入れ蓋を閉めたと言われてしまう。
また、「財産は無いが生命保険はかけてあり、私に一万磅を残しているので、お前に千磅分けよう」と提案され、始めは要らないと断るが、継母の説得により受けとることになる。
その夜、夜中に目を覚ますと父の顔が自分を観ている事に驚愕するが、真実は分からぬまま、外郎村を辞去した。
数か月後、堀川碧水という画工と出会ったことで、再び物語は動き出す。


紹介と感想
原作不明。日本における生命保険の黎明期だった時代に、一早く生命保険を物語の中核に置いた小説の翻案を世に出したことになります。

物語は、若い男女が不思議な謎を調査し、意外な展開から幸せをつかみ取る緩めのサスペンス小説です。もちろん悪人はしっかり罰せられます。

ミステリーとしてのネタは、現在では手垢が着くくらい使われてしまっていますが、この当時では斬新なネタだったのではないかと思います。
また、生命保険ネタだけでなく、悪女ネタも入れ、どこまでが計画だったのかをあやふやにしてあることで、サスペンス小説として面白さを増しています。

緩めのサスペンスと書きましたが、文章の流れや読後感が良く、軽く楽しめる読み物として今読んでも面白くオススメです。

今までは我が身に父のあるを頼りとし仮令分かれているとは言え何となく気丈夫なりしも、今は世界にただ一人なり。音信すべき親戚もなく、帰るべき家もなし。広き浮世に捨てられて命を繋ぐは誰がためぞ。斯く思えば心細きこと限りなし。

黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.132
父が亡くなった事で孤独を感じる夏子

帽子の痕(1893/明治二十六年)

あらすじ
探偵とは、ピトック然りメシネー然り、些細な手掛かりから犯罪を見破るものとされている。
恥ずかしながら、余は微妙な手掛かりから大犯罪を見つけたことはない。
三十年の職務を振り返り、最も些細な手掛かりから犯罪を探り当てた事件といえば、帽子の痕に他ならない。
それは、数年前の夏の初め、テーダル・ホテルの帳場でのことであった。


紹介と感想
原作は不明ですが、仏国が舞台のため翻案小説だと思われます。
『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』の小森健太郎さんの解説では、『バチニョルの小男』の英訳版の中に「メシネ氏が解決した不思議な帽子の事件」と触れられているため、何らかのガボリオの短編が元になっているのではと記載されています。

とある客に付いていた帽子の痕と実際の帽子を見比べ、その違和感から推測を重ねて犯罪を解決するという話になります。
ページ数も短く、その推測はツッコミどころもありますが、ホームズが特に物語序盤で好んで行うような方法だけを使って描いたミステリーとして、軽く楽しめるものでした。

彼の前額にこの痕を印したる彼の帽子は抑も如何なる帽子にやと。見れば毛漉きの極柔らかなる商人帽子なり、余は初めて怪しめり、帽子が堅ければこそ痕も付くのにアノ柔らかな帽子でもやはりアノように痕の付くものにやト。

黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.190
帽子の痕に疑問を持った瞬間

間違ひ(1894/明治二十七年)

あらすじ
新育府の商家の小僧が、絹紐を瞞引したと疑わしき客を捕まえる。
客は瞞引を否定する為、探偵に来てもらうと、客の身体から様々な物が次々と出てくる出てくる。


紹介と感想
原作不明。オチに捻りがあるユーモラスなショートショートで、ショートショートミステリー選集などにありそうな内容でした。

犯人の手際も良いですが、小僧よ、もっと早く言えよって思ったのが感想になります。
面白かったです。

ゾロゾロと品物の出ること数限りも無し、探偵は探りては取り出し、取り出してはまた探り、しばしの間に卓子の上にほとんど山のごとくに積み上げる

黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.202

秘密の手帳(1895/明治二十八年)

あらすじ
英国のゴスヒルドにある旧家・堀場家。
長男・一雄が熱病に襲われ、母と一緒に次男の次雄も看病に追われていた。
そんな中、次雄は一雄から「秘密の手帳」を焼き捨てて欲しいと頼まれる。
次雄は兄の頼みを引き受け、「秘密の手帳」を焼き捨てる前に中を覗くと、兄が都で暮らしている時に分かれた女性が、兄を追って地元まで来た際に撃ち殺してしまったとの告白が書かれていた。
実際に現場へ行ってみると、水鼠に顔中食べられて判別不能の死体が見つかる。
怖ろしくなった次雄は、家へ帰り手帳の該当ページを焼き捨てた。
しかし、事件はそれだけでは終わらなかったのである。


紹介と感想
原作不明。秘密の手帳に書かれた殺人を巡る、巻き込まれ型のサスペンスです。
緊急事態において、人の地金が明らかとなるのを地で行く話でした。

堀部男爵が賢いのが素晴らしかったです。一雄はそもそも、秘密の手帳に秘密の手帳と書くのをやめた方が良かったと思いました。
サスペンスをしっかり感じられる展開に、最後は後味も悪くなく閉じられるため楽しめました。

抽斗の最も深き所に小形の帳面あり表紙に金文字にて「秘密の手帳」と印してあり、アアこれなりと取り出だし抽斗は元の通り送り込みて錠を卸し終わりしが、これより我が役目はただこの手帳を焼き捨つるにあり

黒岩涙香著『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.219
秘密の手帳を見つけた次雄



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?