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〝遺書〟発見! そこに秘められていたものとは

2020年、春のお彼岸です。お墓参りに行く人も多いでしょう。

神仏に、1日でも早く、この新型コロナウィルスの状況が収束することを望み、手を合わせる人も多いと思う今日この頃。ぼくには、このお彼岸に調べなければならないことがありました。


〝遺書〟発見!

昨年の暮れの大掃除の最中に、実家の仏壇から小さな古い筒が見つかりました。正直に言えば、数年前に発見して、そのまま元にそっと戻し、忘れていたんです。だから「再発見」と言ったほうが正解かも。つまり都合良く言えば、再会をしたわけです。

その筒には〝遺書〟と記されているので、どこか重々しさがあります。だって、〝遺書〟というモノを、それまで見たことがなかったし、しかも〝遺書〟って、なんか後ろ向きなイメージが先行してませんか?

そこには、はっきりと、

白山謙致遺書

と書かれています。

「え、いったい誰?」

宛先?に書かれているのは、ぼくのおじいちゃんのお父さん、

曽祖父「菊太郎」さんの名前だ。

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住所も、草書すぎて読みにくいが、おじいちゃん達が、関東大震災前に暮らしていた、現、港区の芝。となんとか読める。


我が家には、震災後、多くの建物が崩壊し、焼け野原化した都内の芝の町から、世田谷に移住してきた歴史があります。当時、そのように土地や住む場所を失った多くの人たちが、世田谷などの〝東京の田舎〟に移り住んだと聞いていました。世田谷の千歳烏山の周辺には、その震災から逃れてきた、都心にあった多くの寺が集結し、寺町が形成されたと聞きます。我が菩提寺である「西蓮寺(さいれんじ)」もその1つです。

大正?もしくは明治時代のその〝遺書〟は、白山さんという人が、おじいちゃんのお父さん宛に書いたものでしょう。どんなことが書かれているのか?それを知ることが、ぼくの宿命だと感じた。

「お前がやらねば、誰がやる」

まるで、昭和の名作テレビマンガ「新造人間 キャシャーン」のオープニングの名ゼリフを思い出し、現、家長として開封してみることにした。


そこに書かれていたもの

何が書き残されているのか?

ヤバイことが、いまこの時代に、明白になったら嫌だな。。。

など、多少の恐怖心はあるものの、やはり好奇心の方が勝り、静かに、ゆっくりと筒のフタを引き、開けた。

ポンという軽い開封音と共に、何十年モノなのか、中から時空を超えた「香り」が放たれる。筒の中を覗くと、一枚の和紙が、クルクルと巻かれている。指を入れて、引き出そうとして、うっかり破いたりしたらヤバイので、筒を逆さにしてトントンと手のひらで叩くと、簡単に出てきた。

丸まった和紙を、ゆっくりと広げると、そこには、、、

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???読めない。。。

筆文字で大きく書かれた文字は〝サンスクリット文字〟。その左側には、白山さんらしき人の名前の印鑑。まるで額に入れて飾るかのような横型の和紙。

しかし、何が書かれていて、それがどの様な意味を持つのか?さっぱりわからない。

白山さんとはいったい???

しばし、シンキングタイム。。

「ん?白山さん? どこかで見たぞ!? 」

薄い記憶を辿りながら、ある風景が蘇ってきた。

それはとある家の前の表札だった。

「あっ!」

その記憶の風景は、我が家のお墓がある千歳烏山のお寺の勝手口でした。

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古い墓石

我が家の墓石は古い。明治三十一年九月建立の文字が彫られている。だから、その以前から、お寺さんとは付き合いがあるのだと思う。たぶん江戸時代から続いているのだと。

前述のように、そのお寺も大正の関東大震災以降、同じ世田谷に移ってきた。つまりこのお墓も、港区芝から一緒に引越してきたわけです。それだけ、我が家とこの西蓮寺さんは、濃い関係性が続いている。

年2回のお彼岸と、法事でしか、家族が揃って出向かないが、いつも笑顔で迎えてくれる住職の家族。お互いに代々、面子は変わってきたが、良い距離感の付き合いが出来ている。ちなみに、我が家の墓石は、周辺の新築な暮石たちに囲まれて、ある意味でその古さが良い空気をまとっている。と勝手に思っているんだけど、どこかで建て替えないといけないかなぁ。。。と行く度に思ってもいる。

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話を元に戻します。

〝遺書〟をが教えてくれたもの

次のお彼岸に、この〝遺書〟を持って行って、住職さんに見てもらおう。 そう決めていました。

そして今日、いよいよその〝遺書〟を持って、住職さんに会いに行きました。

挨拶をしに、宿坊へ。そして、挨拶早々、ぼくはその“遺書”をカバンから取り出しました。そして、その書を見ながら、しばし考えていた住職。

「ここに書かれている白山謙致(ハクサンケンチ) は、わたしの曽祖父です。このサンスクリット語と、下部に書かれている漢字3文字は、おそらく同意味だと思いますが、読めませんね…」

さすがの住職でも、サンスクリット語と、崩れた文字は読めないのか。。。

「じゃ、お墓参りをして来ますので、しばしお預けします」

と、ぼくは伝え、我が家のお墓へ。

「きっと、わからないかも知れないなぁ」

一通りのお参りを済ませ、再び住職の元へ。

すると住職が見せてくれたのは、、、

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「うちの寺にも、似たものがありました!」

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「おーっ!確かに!右にある II 以外は、同じだ!で、下の漢字はなんと書いてあるのですか?またどういう意味ですか?」

ぼくの立て続けの質問に住職は、優しく、

「右の文字は、です。真ん中の盡は、と同じです。そして左はで、上のサンスクリット語は、無尽蔵を意味する言葉なのだと思います。そしてその言葉には〝仏の教えには終わりはない、尽きることがないんだよ=無尽蔵〟というメッセージがあります。おそらく、曽祖父も自分に近い檀家さんの菊太郎さんにそのことを遺したんだと思います」

“無尽蔵”…

時空を超えて3代前の人たちとの〝縁〟がいろいろな形で繋がっている事。そして、それは仏教の考え方やフィロソフィーのようなものが、時を経て、ぼくに伝えられた瞬間でした。

仏の教えも無尽蔵ということは、

人生勉強も無尽蔵なんだなぁ。

なんて、ちょっと目覚めた気分にもなれました。

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そして改めて、このような前向きな「遺書」の在り方を認識することもできました。

和紙に文字を書き、筒に入れて保存し。それを仏壇に保管して、100年以上の時を経てぼくに伝わったんです。この方法が、当時のインフラです。

今だったら、デジタルデータにしてクラウドストレージに保存していくでしょう。。。

伝えていく、繋いでいく。

おやじも言ってたなぁ・・・

「人間として生まれてきたなら、繋いでいくことは宿命だ」って

さて、自分の子孫に、何を、どういう形で遺そうかな?

デジタルかな?やはり、アナログかな?

どちらと言えば、アナログ派だけどな。。。

そして、何を伝えていけばいいのかな?


新たな課題を明示してくれたご先祖さまでした。

感謝






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染物屋の孫として誕生。中高とバスケ少年。サーフィンやディスコをかじる。ちょい悪な同級生たちがいたせいで、モメごとに巻き込まれたり…大学では先輩に騙され4年間、水商売。そしてなぜか音楽業界へ。で、飲食業に転職。 現在は自称フリーのコンサル。他称、怪しい自営業のおっさんとして活躍中?
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