「もう一度」がない旅/2024年10月 極私的Shintaro Sakamoto US Tour 2024 vol.3
10/14(月)
ロサンゼルスを縦横に貫く通り、ウィルシャー(Wilshire)とウェスタン(Western)。その交差点にあるから「THE WILTERN」。キャパは2千人超で、ライブハウスというよりコンサートホール的な風格が漂う。ソロでは初のLA市内での公演としてTHE WILTERNが決まったと聞いて、思わず「おお」と声が漏れた。確か、バッファロー・スプリングフィールドのリユニオンライブがここだったよね(行けてはいないけど)。
それにしても欧米のお客さんはゆっくりだ。オープン直後に入って最前列を取りにゆくというタイプはそんなに多くない。もちろん「ずっと見たかった」という飢餓感はあるだろうけど、グッズ即買い!みたいな焦った感じでもないし、早く来た人たちもまずはドリンク飲みながらラウンジで談笑したり。だからフロアに降りると「あれ?」と拍子抜けしてしまう。オープニング・アクトのボビー・オローサの演奏が始まっても、まだまだゆったりだ。まあ、それでも最終的に坂本慎太郎が登場する頃にはフロアはかなり埋まってしまうし、物販もほとんど売り切れてしまう。ライブを見るという行為のなかでのタイム感の違いとも言えるか。
THE WILTERNのフロアは少し変わっていて、端から内側にいくつかのスロープを降りながら前に向かう構造。フロアとはフラットなものだという認識をちょっとずらしてくれる。最前列のエリアは、少し割高なチケット。VIPエリアというほどには違わないけど、スタッフのチェックを通らないといけない。ぼくのチケットはレギュラーなのでそこには入れないが、十分に近いし、ステージをやや見上げる感じになる最前エリアよりも少し高くなったフロアでむしろ見やすく感じた。
セットチェンジの時間を短縮するために、坂本慎太郎バンドのセッティングをあらかた残しておいて、その前にボビー・オローサのバンドの機材が配置されていた。その構造上、メンバーは横並びとなり、ドラムが向かって左端になる。普段とは違うだろうけど、こちらとしてはドラマーのプレイや仕草がよく見えて興味深かった。ボビーのセットは昨日のPAPPY+HARRIET'Sよりは長く、40分くらい。ビッグ・クラウンの有望株として2枚のアルバムをリリースしているボビー。ここでやるのは2度目だとMCしていた。まだメインでここを埋めるのは難しいだろうから、誰のオープニングを務めたんだろう。坊主頭でストイックな色気を漂わせるボビーは、戦前のモノクロ映画の男優みたいな佇まい。そういえばMVでドラキュラに扮していたことを思い出した(あの曲、やらなかったけど)。最後は昨日同様、三方に深々と敬礼して、バンドより先に退場。気がつくと、フロアはすでにあらかた埋まっていた。
客電が落ちて暗転。昨日はまるっきりのパブ仕様の店内だったから、ホールらしいライブの始まりにあらためてゾワゾワを感じた。1曲目をはじめるまでの坂本さんの所作は世界中どこでも変わらない。ゆっくりと封を開けるように、今夜は「それは違法でした」から始まった。一気に盛り上がりに持っていくのとは真逆の、じわじわと入り込んでいくようなこの感覚。海外でのライブだとみんながこの曲を知っているわけではないので、場内に実験の始まりを凝視する感じが生まれる。何これ? 何がどうなるの? みたいな。それが好きだ。チケットを買ってやって来るのは熱心なファンだという前提はあるにせよ、そこには日本と違う濃淡がある。Spotifyで聴いた何曲か好きというレベルから、日本語の歌詞も歌えるくらいのレベルまで。でも、そのまだらがいいんだよね。
「死者より」は、西内さんのフリーフォームなサックスソロから始まるのが近年の定番。すでに「それは違法でした」でのブルースハープでみんな西内さんの存在がなんとなく気になっているが、この曲でさらにその注目の度合いが増す。途中で手にするニワトリ人形(クライング・チキンというそう)を西内さんがクエークエーと鳴かせると、だれもがスマホを手にして西内さんを撮る。歓声もすごい。TikTokで見ていたら、たぶん、あの瞬間は坂本さんがフレームアウトして西内さんがメインになってるんじゃないかな。スクリーミングチキン(びっくりチキン)は、これまでも普通にやってた演出だけど、このLAで主役に躍り出た感がある。急に火がついた。あとで演奏された「あなたもロボットになれる」でも、ワンパートだけなのにチキンに声が飛んだ。今夜はチキンもスターになれる日だった。
ライブが終わって友人たちとシルヴァーレイクのパブへ。店内に、小さめのグランドピアノ型のテーブルがあって小粋だなと思ったら、あれは本当のピアノをテーブルにしているんだと聞いた。明日はバークレーに移動する。
つづく