令和いらねえ吊り輪ホットケーキ/2020年4月24日

 だいぶ気候が春めいてきて、陽射しが明るい場所は暖かく感じる。だけど、まだまだ空気の底は冷えていて、日陰に入ると急にひんやりとする。

 天気予報に出てくる気象予報士みたいなことが言いたいわけじゃない。本当にそうなの。

 もしかしたら、街を歩くひとの数が減った分だけ、気温や気候そのものをじかに感じるようになっているのかもしれない。

 いまはそんなこと言っていい時期じゃないとしても、やっぱりひとが懐かしい。人混みそれ自体は好きじゃないし、なるべくすいすいと歩ける道を選びたいけど、知ってる顔を見かけて声をかけたりかけられたり、そういうときの驚きや喜び、心の動きを自然と欲しているのも、ぼくという人間だった。

 ずっとお世話になっている阿佐ヶ谷のバーRojiも、しばらく休業を続けている。二階にあって風通しもわるくない建物だったけど、営業休止の決断は4月の頭で、早かった。

 お店を存続させるべく、Rojiでもさまざまなプレゼンテーションがはじまった。オリジナル・デザインのTシャツ、トートバッグ、zineなどなど。その流れで、24日の午前0時から配信開始されたのが、お店にゆかりの深いミュージシャンたちが宅録デモ音源を持ち寄ったコンピレーション『crowd』だ。

 もともとRojiは、ceroのヴォーカルである髙城晶平が家族でやっているお店だし、ceroの“さなぎ”時代にとって、とても重要な場所だ。なので、このコンピには、ceroの新しいデモが3曲、髙城くんのソロ・プロジェクトであるShohei Takagi Parallela Botanicaのデモが1曲入っている。さらに、牧野琢磨(NRQ)、VIDEOTAPEMUSIC、王舟、見汐麻衣、伴瀬朝彦も録音を提供している。アートワークはceroの結成メンバーであり、初代ドラマーとして長く活動した柳智之くん。

 みな、一生分かかっても払いきれないくらいの心のツケをお店に対して感じているんだと思う。表現としてのクールさはあってもいいけど、こういう試みに余計なディスタンスは要らんよね。

 なによりぐっときたのは、タイトルの『crowd』だった。「群衆」と訳されることが多い言葉だ。「人混み」とか、無個性な集団を指す場合も多いけど、「my crowd」という使い方をすれば「いつもの仲間」みたいなそれぞれの顔が見える意味にも転じる。

 それはRojiだけでなく、いい酒場や店にはつきものなこと。両方の「crowd」を行き来できることがとても重要だと感じている。

 最初は「知り合い同士」でテーブルやカウンターに陣取って、他愛もない話を続け、酒を飲み続けるうちに、やがて自分や相手が何様であるかどうでもよくなって、溶け合ってしまう瞬間が訪れる。

 『crowd』に王舟が提供した「街人」という曲は、ぼくの思っているそういうことをまさに代弁してくれているような曲だった。ほろっときてしまった。

 「いつもの仲間」と「誰でもない集団」が切り替わる瞬間にこそ、ぼくらが「そこ」に行きたいと思う理由がある。「理由」というか、「うずき」みたいなもの。

 参加した面々には、その理由なんてわかりきっているんだろう。それぞれがなにかを擦り合わせたわけでもないのに、一枚のトータル・アルバムのように聴こえる。Rojiという場に溶け込んで、「誰でもない集団」になろうとしているかのよう。

 そして、それはかつて(いまからほんの10年ほど前)に、まだ何者でもない彼ら(crowd)が音楽と会話で交わしていた、あのどうしようもなくどうでもいい時間への愛おしさを、まだ会ったことがないひとたち(crowd)に語り継ぐ行為のようなものだとも感じている。

 「crowd」のひとことが、そんないろいろをなんとなく言い当てているように思えて、しばらくそのワードが頭のなかをうろうろしている。

 夕方、『crowd』を何度目かの再生をした。牧野琢磨による「レクイエム・フォー・2020」が流れてきて、窓の外を見た。夕暮れどきに聴きはじめるんじゃなかった。だれかいるかもと阿佐ヶ谷に行きたくなる。だれもいないのにね。

 いまは落ち着け。せつなさも受け止めて。理不尽なことに対する怒りは忘れず。来るべき次の行動に移せるように。そして、いつか夕暮れどきに、ふらっと外に出られるような心のフットワークの軽さはなんとか残しておこう。

 柳くんがジャケットに描いたキリンを見ながら思う。これは「首を長くしてそんなcrowdがまた現れるときを待ってる」ってことかなあ。首の長さはわからないけど、折れずにまっすぐ伸びているのは思いの強さだろうか。キリンの顔は描かれていないけど、どんな顔してるんだろうか。飲みに行きたそうな顔だろうか。

 そしてまた『crowd』を聴く。


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