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ゴエモンの思い出②

前回の続きです。

「先輩、僕、キャバ嬢と付き合うことになったんですが、どう思いますか?」

その相談に対し、当時の私は特に何も思わなかった。キャバクラでバイトした事もなければ行ったこともない。働き手としても客としても作法は知らなかった。なので、「まぁ、両思いならええんとちゃう?」と気軽に答えた。

後輩は無事付き合う事になり、キャバクラのシフトが増えた。また、向こうも夜の仕事という事で会う時間が夜中になり、私とゲームをする時間は減っていった。それでも連絡はちょこちょこ来て、彼女の自慢やら面白そうなゲームの発売話しやらで仲良くはしていた。

そんなある日の深夜だ。後輩から突然電話が来た。

「先輩、今家の前まで来ているのですが、コンビニいきませんか!」

「えー、パジャマやしめんどくさい。コーヒー買ってきてくれ。」

「いやいや、一緒に。選びましょうよ!」

なんだろうな、と思いつつ私は軽く着替えてマンションの入り口まで行った。マンションはオートロックで割と広めのエントランスがある。オートロックを出る前から、エントランスにまるで外に出れないように車が停まっているのが見えた。「ん?車?」と思いつつオートロックを出て外に出ようとすると、後ろから誰かに肩を組まれた。後輩が驚かせようとしたと感じたが、違っていた。

「先輩(名字)さんやな?ちょっと乗ってくれるか?」

背丈は少し低めで、今思い返すと30代前半くらい。長めの紙をオールバックにした黒いスーツの男だった。前には車が停まっている。隙間を抜ければ逃げる事もできるが、まぁ車中の人に捕まるだろう。逃げるのは無理だと思った。そして大声を出す勇気もなかった。

私は車に乗った。車中は無言だったが、恐らく後輩が働いているキャバクラの関係者だろうと思っていた。何が合っても関係ないで貫き通すのが得策だろう。殴られるのかな。どこへ向かっているのかな。様々な不安があった。車は10分程走り、停車した。到着場所は案の定雑居ビルの2階のキャバクラだった。「来い。」と言われ、キャバクラの中に入り、そのまま中を通り裏の出口から出た。雑居ビルの螺旋階段になっており、1階におりた。

そこには、頭が丸刈りになり、数人のスーツの男に囲まれ正座させられた後輩がいた。

「お前、こいつが「はなこ」(仮名)と付き合っとんの知っとるな?」後輩の姿を確認すると同時に言われた。これは、嘘はつけないと思った。

「はい、知っています。」「携帯みせぇ。こいつとのメール出せ。」「はい。」

黙って渡した。何を確認したいのかが正直分からなかった。数分後、「ええわ。おおきに。」と携帯を返された。「あの、自分何かしたでしょうか。」「いやしてなさそうやな。こういうのはグルでやるから、一番仲ええ言うあんたにも来てもうたんや。」

話しはこうだ。キャバクラで働くボーイは、キャバ嬢に手を出す事は禁じられている。バイトを始める時にも一筆書くらしい。それを破って手を出すやつは一定数いるが、だいたいが仲の良い友人などと2対2でご飯とかに行くことから始めるパターンが多い。後輩の携帯もチェックしたが、その内容は削除してる可能性もある。最近一番連絡が多かった私に注目した。私は部外者なので、仮に付き合ってようと罰はないが、仮に何かあった場合は後輩の罰が重くなる。

なるほどな、と何故か感心しつつ、私は店の外に放り出された。「気ぃ向いたら遊びにき。時間取ったお礼にちょっとだけまけたるわ。」と名刺を渡された。正直めちゃくちゃ怖かった。私は後輩の身を案じつつ、帰路についた。

数日後、後輩から連絡が来た。

「先輩、先日はすみませんでした。あと、自分に会うのはご迷惑をかけるだけなので、連絡は取りません。」「まぁええから今晩ちょっと家おいで。」

丸刈りの後輩は泣きながらその後の事を話してくれた。結果的には精神誠意謝って、社員や他のバイトの前で土下座をさせられ、二度と店と「はなこ」には近づかない事を約束し、帰らされたらしい。

これが約15年も前の出来事にもなるが、後輩との付き合いはそれ以降、一年に一回連絡を取るか取らないかになっている。どうやら別の女性とちゃんと結婚し、子供にも恵まれたようで、幸せになれてよかったなと思う。

一緒に遊んでいたゴエモンは途中で止まったままだ。私はえびす丸にとってのゴエモンのような、兄貴にはなれなかった。

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