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【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』⑧“音”の良い映画は信頼できる。

“グー・シャオガンは中国人監督だが、台湾の監督、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンに近い。本作は『ヤンヤン 夏の想い出』や『童年往事 時の流れ』の子供と言っても過言ではない。” これはカンヌ映画祭で上映された時のハリウッド・リポーターのレビューの一文。

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*エドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の思い出』 可愛らしい子ども映画のようだが、ヤン監督らしい洞察に満ちた厳しくも温かい映画。私はオールタイムベスト10に入る傑作と思ってます。

シャオガン監督は常日頃からエドワード・ヤンとホウ・シャオシェンへの敬愛を口にしているし、ことに『春江水暖〜しゅんこうすいだん』を作るにあたってホウ・シャオシェンにある「中国文人の視点」を参考にしたと言っているので、この映画は「中国映画」と言うよりも「中華民族の映画」と言う方が正しいのかもしれないし、それが台湾映画との近似性を見た人に感じさせるのかもしれない。

そして、私にはもう一つ。この映画の、“音”が、エドワード・ヤンとホウ・シャオシェンを思い起こさせた。音楽ではなく、“音”ですね。その話を今日は書こうと思う。

その昔、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の『童年往事』(日本公開1988年)や『恋恋風塵』(日本公開1989年)を見て、本当に夢中になってしまい、台湾映画を意識して見始め、侯孝賢『悲情城市』と楊徳昌(エドワード・ヤン)『恐怖分子』(日本公開はともに1990年)を見るにいたり、台湾映画の“音”の素晴らしさにすっかり感動した。

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台湾映画の録音・音響マンといえば杜篤之(Tu Duu-Chih, ドゥ・ドゥージーとかドゥ・ドゥーチーとも表記される)だ。侯孝賢とは『悲情城市』が初めてで、『恋恋風塵』や『風櫃の少年』は違うのだが、この2作も素晴らしい音なので、侯孝賢自身も耳がよく、音を意識している監督なのだろうと思う。『風櫃の少年』で炒め物をする時の音など、これがなかったら寂しくてたまらない。

ヌーヴェルヴァーグで映画がスタジオから街に飛び出してから、映画にとって同録の音は映画の魅力を豊かにするより重要な要素になったのだと思う。特にアフレコやダビングを使わず現場音で勝負する映画では、録音技師の手腕はより一層問われるに違いない。私は台湾映画をきっかけにサウンドマンの存在を意識するようになったけれど、映画ファンの中には、もっと前から音にこだわってみている人もいるのではなかろうか。

『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は冒頭の宴会シーンでの、宴客のざわめく音とセリフのバランスも素晴らしいのだが(余談ですが、音の良い映画は画面の外からセリフが入りがちで字幕泣かせではあります…)、中でも私が驚いたのは、もう何度か触れている10分53秒の「僕泳ぐから君歩いて」のロングテイクだ。

男が川を泳ぎ始めると彼の息継ぎの音が聞こえるのだが、そこに川沿いの道を歩く彼女のハミングが聞こえる!おおお!この時の映画の立体感の素晴らしさ。そして泳ぎ切った男が岸に上がり、彼女がスニーカーを渡し、それを履いて彼は彼女と歩き始めるのだが、その時に濡れた足のせいで歩くたびにキュッキュッと音がする!ここすごく興奮したところ。

一体なぜそんな音が録れたのか。どこにマイクを仕込んだのか。この答えはパンフレットに掲載予定の監督インタビューにあるので、ぜひ買ってください(宣伝ですみません!)。

キュキュ

*キュッキュッのところ。

さて、杜篤之と並んで、私が好きなサウンドマンは、アクリットチャルーム・カンヤーナミット(通称リット)。こちらはアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品をやっている。うちで配給したアピチャッポン作品は全てリットの仕事で、舞台作品『フィーバー・ルーム』の音響デザインも彼の仕事だから、見た人は彼がいかに素晴らしいかよく知っていると思う。

世紀の光』を公開する際、リットとともに音響デザインをやった日本人のサウンドマン、清水宏一さんにメールインタビューをさせていただき、とても嬉しかったのを覚えている。『フィーバー・ルーム』上演の際にはリットにも会うことができた。

現在「世紀の光」を日本でも上映中のApichartpong監督に関するインタビューを受けました。新作「光の墓」もそろそろ上映されるのかな?両方とも興味深い作品なので機会があれば是非ご覧になって下さい。

Posted by Koichi Shimizu on Tuesday, January 19, 2016

↑こちらは清水さんとのメールインタビュー。我が社のFacebookに掲載したのだがそのページが読みにくいので、清水さんご本人のページを貼ります。

↑リットの音が好きな人は、このアルバムがおすすめです!

話はタイにまで及んでしまったが、良い音の映画は面白い、と言う私の方程式の話でした。『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は全編、豊かな音に溢れているので、ぜひ音にも耳をすましてください。

2021年1月18日 ムヴィオラ 武井みゆき

最後にお知らせです。今日まで毎日投稿してきましたが明日から1日おきの投稿にしようと思います。お百度参りのように毎日投稿できたら映画が大ヒットするかもと言う神頼みのつもりもありましたが、他の仕事が滞りそうなので1日おきの神頼みに変更です!神様、よろしくお願いします。

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