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青春は走る

映画「リコリス・ピザ」

これ、とても面白かったんです!!
しかし、どのように伝えるとよいかが難しいです。面白くない人には、ちっとも面白くないというのも分かるから……。いわゆる万人受けするセオリーで制作されるハリウッド映画みたいなのとは、だいぶ違います。
たいてい、第1シークエンス(起承転結の起)では、主人公(および二番目の人物)の日常を描き、日常を覆す転換点が起きて、第2シークエンスから承に入ります。「リコリス・ピザ」は、登場人物の二人がどこのどういう人か全く分からない最初のシーンの最初のセリフが「運命だ、付き合ってほしい」で始まります。だから、見ているほうは「え! どういうことなの」と、展開についてゆかねばと必死になってしまいます。(二人の日常はその後に表現され、だんだんどういう人か分かってきます)

いきなり告白したわりに、二人の交際は始まりません(笑)。
恋愛相手として付き合うこと以外の、ほかの付き合いで進んでいきます。
男の子ゲイリーは高校生。女の子はアラナといって、高校に撮影に来た撮影アシスタント。ゲイリーはすでに子役としてのキャリアがあり自信満々、アラナは本当は何をしたいか分からないという、年令とは逆転した立ち位置。
ゲイリーは子役をしているのでアラナはオーディションに付き添ったり。
ゲイリーに受けるよう言われてアラナがオーディションを受けたり。
いつしか芸能界を離れて、二人でウォーターベッドのセールスをしたり。
アラナは選挙キャンペーンのスタッフとなり、ゲイリーはビジネスを展開。
アラナは男の子とデートして、ゲイリーも女の子とデートします。
でも、肝心の二人は、裸を見せたりはしても、付き合わない。
そこへ、人生のひとコマごとに、ロケーションであるハリウッドの面白い人たちが介入してきます。その介入がいちいち面白すぎるんですが、わたしがツボにはまったのは、バーブラ・ストライサンド宅へウォーターベッドを納品するときに出会うガス欠プロデューサー。アラナはストライサンドをストライザンドと発音してしまい、男に何度も修正されますが、最後までストライサンドと言えず……。小ネタがいちいちおかしいです。
ゲイリーとアラナは常に走っています。自らの足で、バイクで、トラックで。別々に走って、走って、ゲイリーとアラナが行きつく先は、まさに青春ドラマです。このクライマックスを見るために、それまでのシーンがある。クライマックスの二人に達するために、それまでの二人の人生がある。青春っていいなあ。

アラナの70年代ミニ丈ファッションも可愛い

たまらず、わたし、走らなくなったのは、いつからだろうと考えてしまいました。ずっと座りっぱなしの日々です。また走らねばならない日はくるでしょうか。

リコリスピザはハーブののったピザではなくて、アナログレコードの意味で、LAにリコリスピザという名のレコード店が実在したそうです。
わたしにとって、ピザというと、イタリアの生地が薄いマルゲリータではなく、ペパロニがのっただけのアメリカの分厚いピザ。アメリカにいたティーンエイジャーの頃、クラスメイトとピザを食べに行って、寒かったのでドリンクにココアを注文したら、ものすごく大笑いされて、それからしばらく学校で「ピザにココア、オエッ」とか言われて笑われました。そういう彼らが飲むのはペプシコーラ。食事のドリンクは常にペプシコーラな人々でした。
劇中にピザは一度も出てきません。