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クリスタルガイザーを見る度に思い出す話

18歳の頃の私は散歩をするのが好きだった。
あの頃はなんだか毎日が限界で、今だったら絶対に真似できないほど荒んだ日々を送っていた。
毎日死にたかったし、脳死で週6のバイトをしている現状や、これからの未来のことなどを考えると毎日が憂鬱だった。
それらのストレスはかなり大きくて、バイトをしている時以外はたいてい塞ぎこんでいた。
ストレスの解消法はコンビニで買った食べ物を好きなだけ食べること。それでも回復しない日は自分の気が済むまで散歩をしていた。散歩をすると頭がすっきりして、一時的にでも嫌なことを忘れられるような気がした。


その日私は、早朝のバイト終わりになんだか歩きたい気分になって徒歩20分ぐらいの場所にある河川敷に行った。
本当はもっと近い場所にも河川敷があるんだけど、私はそこよりも橋を渡った先にある河川敷の方が好きでだからわざわざそこまで歩いて行った。
ここは私のお気に入りの場所だ。
よく、朝の5時ぐらいにそこまで走って行って、休憩がてらそこに寝ころび音楽を聴いていた。
私はいつも通り草の上に寝ころび、イヤホンをして目をつぶった。
平日の昼間なんて朝の5時と同じぐらい誰もいない。
私はお気に入りの場所でお気に入りの音楽をきいた。
高校生の頃に好きだったアニメの歌。
何度聞いても聞くたびに鳥肌が立つくらい好きだった。
私はよく、それをここで歌えたらどんなに素敵だろうかと想像する。
きっと気持ちいいんだろうな、と。
今ならだれもいないし歌ってしまおうか。
誰もいない場所では、羞恥心なんて消えうせる。
私のすべての言動は他社と一緒にいることによって縛られてしまうけど、ここでは私を何も縛らない。

気持ちよく歌を歌っていると外国人の青年が河川敷にやってきた。
なんとなく目が合って、愛想笑い。
すると青年が私の方に近づいてきて「Hi!」なんて言いながら話しかけてきた。
流石外国の人は陽気だな、コミュ力が凄いとか思いながら、私はまた愛想笑いをしながら「Hi!」と返す。
すると青年は笑顔で更に近づいてきて、今度は私の隣に座った。距離の近さが外国の人だなと思った。

そこから軽い会話が始まった。
「名前は?」とか「どこから来たの?」とか、「年齢は?」とか。
彼は私と同じ年なのに一人でカナダから来たらしい。すごく偉いと思った。
でもそれ以上の会話は流石に聞き取れなかったから、残りは私のスマホのメモ帳に書いて貰った。
私は英語が全く出来ない。どれぐらいできないかというと、be動詞でつまづいてそこから授業を聞かないようになったぐらいにはできない。

これごと翻訳機にかけたら意味が理解できるだろうと思ったから、わざわざメモに書いて貰ったんだけど、
翻訳機にかけるとyoutubeのコメントで見かけるようなめちゃくちゃな日本語が出てきた。

その文章を再翻訳して見せると、彼は笑いながら全然違うよといった感じのことを言っていた。
この方法では上手く意思の疎通が出来ないと悟った私たちは、短い文章をGoogle翻訳にかけ、それを見せ合うという方法で会話をすることにした。
的確に翻訳をしてもらうために短い文章でしかやり取りが出来ないのが凄く煩わしけど、これなら意志の疎通が取れる。
それから私たちはたくさん会話をした。
時々、再翻訳をして確かめながら。

彼は「スーツを買いたい」と言った。
わざわざ日本に来てスーツを買って、それを国まで持って帰るのか?と思ったけどまあ日本製のスーツが欲しかったのかなと勝手に納得をした。
スーツなら梅田にたくさん売っている気がする。
スーツを見に行ったことがないから分からないけど、梅田ならなんでもそろっているからきっと梅田がいいだろう。

「私が一緒に行って案内します」
わたしがスマホの画面を見せると彼はすごく喜んだ。
「いいの?」
「いいよ。一緒に行こう!」


彼は私に、さっき開いていたスマホのメモ帳を見せるように言った。
私がスマホを貸すと彼はそこに長めの文章を打ち始めた。
私が読みやすいように空間を空けながら打ってくれたけどやっぱり何が書いてあるかわからない。
グーグル翻訳にかけるとやっぱりめちゃくちゃな文章が出てきた。
判別不能。
わかる言葉は、綺麗だとか、手を握ってもいいかとか。
それらがめちゃくちゃな文章の中に混ぜ込まれているから、勿論これも誤翻訳だろうと思い、
「ごめんね、わからないんだ」と言った。
彼は少し悲しそうな顔をした気がした。


この場所から梅田に行くにはちょっと距離が微妙だ。
ここから10分ほど先にある地下鉄に乗っても一駅で梅田に着いちゃうし、それが勿体ないから歩いて行こうと思うと20分ほどかかっちゃうし。
ましてや私はこの場所から歩いて梅田に行ったことなんて数えるほどしかなかったから、知らない道を先導するのはかなり不安があった。
そのことを翻訳機で伝えようとするけど上手くいかない。

「10分歩くと駅がある。そこから電車に乗って1駅でスーツを買えるよ。でも電車に乗らなくても歩いて20分ぐらいで駅に着くよ」
なんで外国の人としゃべろうとするとこっちまでカタコトな日本語になってしまうのだろう。
きちんとした日本語じゃないとうまく翻訳できないんじゃないかという気持ちが強すぎて逆におかしな日本語になってしまっている。これじゃ本末転倒だ。
これじゃ伝わらないのも仕方がないと思い、私は諦めた。

「駅まで歩こう。20分!」
これで彼も分かってくれたようで、私たちはようやく歩き出した。
歩いてみると意外にも迷わず、すんなりと駅に着いたので私はかなり安心した。
梅田まできたらなれたものだ。
とりあえず、地下にある洋服売り場も案内して、ついでにそのまた地下にあるレストラン街も案内したけど、目ぼしいものがなかったみたいで肩をすくめながら何かを言っていた。

これでもう帰るのかと思ったら、彼は急に心斎橋に行きたいと言い始めた。
どうやらそのお友達の家に泊まることになっているらしい。
地図を見せられた。
場所は心斎橋。

今なら、心斎橋くらい梅田から地下鉄一本で行けるってことが分かっているけど、当時はあまり電車に乗る機会がなく、乗ったとしてもきちんと目的地で降りられるか、駅名を聞き逃さないか、という不安を電車から
降りるまで抱え続けてしまうくらい電車が苦手だった。そんなだからまず梅田以降の駅名を知らなくて、一体何に乗れば心斎橋まで行けるのかがわからなくて、駅員さんに尋ねた。
地下鉄の切符売り場の前まで行って、私がチケットを買ってあげた。ちょっと迷ったけど、私も着いていくことにしたから2人分。
彼が自分の分は払うよと言っていたけど、その日の私は外国人を道案内するぞとすごく張り切っていたから断った。

心斎橋で降りた私たちは、そのままなんとなく近くの商業施設に入った。
彼は男性用服売り場を見つけると、ここで買い物をしたいと言いながら店に入っていった。
スーツを買いに来たんじゃないの?と思ったけど、ここで私は自分の勘違いに気づいた。
スーツっていうのは日本でいうスーツじゃなくて、服のことを言っていたんだ。
彼は普通に服を買いたいだけだったんだということがようやく理解できた。

店員さんはいかつめの男の人が3人いて、正直あんまり入りたくない店だなと思いながら彼の後をついて行った。
店員さんはフレンドリーで案外いい人だった。
私は、今までの事情を話した。
「えー今日会ったばかりの知らない外国人と買い物してるんすか?やばいすねー」と言われた。
私はなぜか中国人と間違えられた。
「彼は服を買いたがってるんですけど、私は英語が喋れないから何が欲しいか分からなくて、、、店員さん英語わかったりしないですよね?」
半ば冗談で聞いてみたら、
「あー喋れますよ」
と返ってきた。
そこからは早くて、彼は何度か試着をしてから、気に入った服を購入していった。
すごくいい店員さんで、最初に苦手意識を持ってしまったのが申し訳ないくらいだった。

お店を出ると外はまあまあ暗くなっていた。
あとは彼の下宿先に向かうだけだった。
私たちはコンビニに入り、私はお茶を、彼はクリスタルガイザーをかった。
その時に私は、外国人って本当に水を買うんだなあと思った。
私は今でこそ普通に水を買って持ち歩いているけど、当時はまだ田舎から出てきたばっかりだったということもあって、蛇口からいくらでも出る水をわざわざ買う人が信じられなくて、どうしても物珍しい目でみてしまう。
それから、クリスタルガイザーという水自体初めて見たから、海外ではポピュラーな水なのかなと思った。


コンビニを出た私たちは彼のスマホに映し出されている地図を頼りに、かなり迷いながらも下宿先に到着した。
彼は最後に「明日友達と海に行くんだけど、君も行かない?」と言ってくれた。
私は、「ごめんなさい。明日は仕事なの」と言った。
彼はまたすごく残念そうな顔をした。
今ならバイトをバックレられるけど当時の自分はそれがすごく悪いことのように思えてできなかった。
せっかくだから遊んでおけば良かったのに。

私たちはなんとなく、かけるはずもないのに電話番号を交換し合った。
それから写真を撮った。
そこには顔が整った白人と、バイト終わりで髪の毛はボサボサ、高校からの名残で凄く細く沿った眉毛で、ノーメイクの女が映っていた。
凄く不細工な写真だけど、今でも消せないでいる。

私は、彼が荷物を探っているときに一時的に持たされたクリスタルガイザーを間違えてそのまま持って帰ってきてしまった。私は部屋を全く片付けない人間だから、その彼の飲み残しのクリスタルガイザーはなんだかんだいって一年間ぐらい私の部屋にあったと思う。


彼が私のメモ帳に書いてくれた判別できないメッセージは、いつか英語が喋れる友達が出来た時に解読してもらおうと思っていたけど
、そんな友達が出来たころにはスマホのデータが破損して、その文章は一生読むことが出来なくなっていた。
だから結局、彼が何を言いたかったのかは未だに分からない。
私はクリスタルガイザーを見かけるたびに、あの日の出来事ー名前も忘れてしまった彼と、19歳の頃の私を思い出すのだった。

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