見出し画像

あるマイナールートを登る

皆さん、この写真の山を知っていますか。植生から言って八ヶ岳っぽいのはおわかりかもしれませんが、(というか僕の記録はほぼ八ヶ岳なのですが)この景色を自分の目で見たことの有る人は少ないでしょうし、実際にこの岩稜を登攀したことのある人はもっと少ないでしょう。おそらく僕と同世代以下の人ではアルパインクライミングをやる人の中でもほぼ皆無と言って差し支えないのではないでしょうか。

僕はマイナールートを登るのが好きです。八ヶ岳山麓は八ヶ岳だけでなく小川山、瑞牆山といったロッククライミングフィールドはもちろん3つのアルプスも首都圏の人に言わせればほど近いと言ってよく、★★★ルートを登るだけでもフルタイム勤務の堅気クライマーにとっては十分に楽しめるルートストックを有しています。

ならば短く忙しいクライミング人生の中であえてクオリティ不詳のあやしいルートに情熱を傾けるのはバカらしい事に思えます。不詳どころか、そういったルートはほぼ間違いなく岩がもろいとか、途中でルートロストするとかネガティブな体験が待ち受けているのが常です。今回はこの写真の山のマイナールートの登攀を振り返ってみたいと思います。

偵察

岩山の上に立ってラインを読む。すごい鋭さのナイフリッジが二本

2018年3月某日、僕は八ヶ岳のある岩稜の上で灌木にアンカーを構築してロープをセットしていました。この場所は、登山体系には載っているものの登攀記録は数十年前に登攀したものをざっくりした回想記事の形でネットにあったのをやっとひとつふたつ拾えたのみという★★★のマイナールートの終了点です(笑)

狡い手ではありますが、自分の能力と比して対象が大きく威圧的な場合は安全な場所からラペルしてルートの状況を確認することがあります。八ヶ岳の普通のアルパインルートでこんなことをすればあっという間に浮き石がバラバラ落下して他の登攀者に降り注ぎ大問題になりかねませんが、極めてマイナーなルートではそんなことはありません。

ラペルすると、この手のルートにしては岩は相当堅く(もちろん八ヶ岳マイナールートとしては、ですが)途中の傾斜がかなり強いもののリングボルトはそこそこ生きておりボルトラダーを許容すればルート上部については突破できそうです。ロープを100メートルぶんしか持参していなかったので下部にはほどよく未知の要素を残しました。危険もいっぱいの超マイナールートに挑戦するには上から観察・・・という姑息な手段もありだとは思っていますが、その一方で一定の未知を残すのが楽しみのキモであるように思います。

アプローチ

ボロそうな取り付きを木々の向こうにロックオン!興奮する瞬間。

2018年12月某日 僕は満を持して狙いをつけたマイナールートの登攀に向けてアプローチを開始しました。

マイナールートはたどり着くだけでもそれが一つの登山と言って差し支えない充実感(?)があります。

良く踏まれたメジャーバリエーションルートを二時間登ったあと、踏み跡を外れ、沢に下降していきます。沢に完全に降りてアイスクライミングも交えて取り付きに至るのも手ですが、そうすると高低差がかなり出てしまい日帰りに支障を来すかもしれません。等高線を読みトラバースを試みますが、樹林も濃く結局現在地が判然としないまま進みます。もしルートミスがあって1時間もロスしてしまえば日帰りは困難になってしまうので一つの賭けです。等高線の割には地形が険しく緊張する場面もあり、アプローチ敗退も頭をよぎり不安がつのります。こういうときは気ばかりせいて、10分歩くごとにむなしく地形図を確認します。

地形が険しくなり不安が最高潮に達したとき、少し視界が開け、木々の向こうには目指す(ボロそうな)岩稜の形が!!直前のルンゼのトラバースで少しきわどいクライムダウンもありましたが、無事に目指す岩稜の安定したコルに出ることができました。まさにテンションは爆上がりです。

クライムオン

ボロい、デカい、楽しい!!(?)

一つ目の岩峰には草の生えた顕著な凹角というかクラックがあり登攀ラインを示しています。前回の下見では見ることのできなかった下部岩稜を目の前に感慨もひとしおです。ピトンでアンカーを構築してソロクライミングの準備をして登り始めます。

岩質はお世辞にもしっかりしているとは言いがたくボロボロしていますが、八ヶ岳としては規模の大きい岩稜を独り占めで静かにロープを伸ばしていくのは爽快そのものです。いちおうラインには乗っているようで残置はありますがどれも古く、なるべく自分でプロテクションを打っていきます。

詰んだかと思う場面もありましたが生えているダケカンバにぶら下がって木登りしたりして助けられつつクリアすることができ、冒険気分で登っていきます。ふと下を見ると珍しいことに沢筋を登っているパーティーが見えました。手を振ると気づいて手を振り返してくれました。マイナールートではちょっと人に会うだけで新鮮な喜びがわき起こります。やたら話しかけてくる単独行者っていますよね。気をつけねばなりません(笑)

核心~トップアウト

退屈なボルトラダーも山中で一人真面目に取り組めばそれなりに充実?

 核心部はわりとすっきりしたカンテと凹角の立ったラインで、ホールドは小さいながらも下見の時はフリーの可能性も感じていました。少しスタートホールドを保持して探りを入れましたが、その瞬間!ボコッという衝撃と共に僕は空中に投げ出されていました。何が起こったか分からず気付いたらロープにぶら下がっていました。ホールドが剥がれてフォールしたのです。ソロデバイスはうまく機能し、アンカーはちょっと危なっかしいハイマツでしたが、よく耐えてくれました。
 このフォール一発であきらめが付きその後は淡々とボルトラダーで高度を上げていきます。ちょっと興がそがれますが、それでも古い残置でエイドしていくのはそれなりに緊張感があって退屈なものではありません。
 核心をエイドで超えるとその後いくつか易しいフェースとブッシュを登り、最後のかぶり気味のフェースを左から巻くと頂上に出ました。
 遠くから目にした以外は人に会うこともなく、トポもどれだけ役に立ったかわからず、個人的充実感はすごいですが実際のところクオリティーは?とか人におすすめできるか?と言われると疑問です。そんな爽快感70%くらいの微妙なクライミングでした。はい。

登攀を終えて

登攀を終えて阿弥陀岳南稜から振り返るししが岩

 ここで種明かしをしますと、今回のルートは阿弥陀岳南稜の側面にあるししが岩というデカボロ岩の第一尾根というルートでした。途中の写真で分かった人はなかなかの八ヶ岳通です(笑)

このルートはその後2020年の夏に茅ヶ崎山岳会さんのブログで山行記録が上がりましたが、天気に恵まれたシーズンになれば毎週のようにヤマレコに記事が上がる大同心、小同心のような岩場と比べたらほぼ忘れられた岩場と言って良いでしょう。

このときはこの手のクライミングとしては比較的うまくいったほうですが、しばしばかなり悲惨な目に遭った上にクライミング自体も超不完全燃焼ということもあります。今回の登攀にしても、メジャーなルートであれば、事前の偵察をして不安なアプローチをこなし、ボロい岩を登らされた上にフォールまで喫するような体験をする必要はないことを考えればだいぶ割に合わない感じもします。メジャールートであれば各ピッチのポイントや、どのくらいの技量の人がどれくらい苦労したかなんてすぐ分かりますし、なんなら同じ日に登っている先行パーティーも必ずいるもので、すぐにオンサイト不成立になる有様ですしね(笑)

しかし逆に言えば、そういうネガティブな要素も、もともとは冒険的な登山のプロセスに当然に内包されているものだとすれば、メジャーなルートを登り続けることは、冒険の一部を免除された状態で登っていると言うこともできます。じゃあアプローチに一般登山道を使ったらダメかとか富士山は海抜0メートルから登らないといけないのかと言い出すのも違う気がしますし物事には程度というものがあります。みんなが冒険登山の原理主義者である必要はありません。しかし、岩そのもののクオリティーや登攀自体の難易度を考えたとき、アルパインからリスクや未知といったネガティブ要素になりうるファクターをどんどん除いていったら、「アプローチが長い汚くてグレードのクソ低いスポートクライミング」になるというのも極論、事実であって、アルパインクライミングを志す者はネガティブ要素に対して、冒険の不可欠な構成要素として一定の、いやできるなら溢れるほどのリスペクトを持つことが必要だと僕は信じています。

マイナールートを登る意義については、語り出すと話が尽きませんので今日はこれくらいで。今後マイナールートを登って記事を書く時に小出しに話題にしていこうと思います。冬が本格化します。皆さん、楽しい岩・雪・氷を・・・



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?