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表現 / 性能 / コントロール①_Snøhettaの作品を訪ねて_Alexandria編

僕はずっとずっと前から公共的で開かれた文化施設の設計に漠然とした興味があった。でも、ある時ふと、「あれ?自分は好きだ好きだと言ってもそんなに大規模な文化施設(特に海外の作品)をそこまで多く見たことがないぞ?」と気付いてしまい、次の週には勢いで周遊の航空券をネットで購入してしまったのであった。

作品集や雑誌、ネットでは読み取れないものは、情報化が進んだ現在でもまだまだたくさん存在する。建築なんてなおさらだ。だからこそ現地で本物の作品に触れなくてはいけないし、前評判が良い作品でもいざ自分の目で見てみたら「そんなに大したことないな...」って思うことだってあるかもしれない。その逆もまた然りだ。

社会人になってから、旅行するときは意識的に特定の建築家の作品郡にフォーカスして見学するようにしていた。時間があれば近くに現存する別の建築家の作品も見に行くとはいえ、わざわざ特定の建築家にフォーカスするのには理由があって、それぞれの作品と作品の間に同じデザイン・違うデザイン・アップデートされたデザインを発見することができて、建築家の思考の変遷を読み取りやすくなる。だから移動に多少の値が張ってもそこに投資するだけの対価が得られると判断してあえて面倒なルートを選択しているところはある。

今回もそんな例に漏れないものとして旅程をコーディネートした。
テーマはズバリ「Snøhetta」
なぜ世界には無数の選択肢があるのに敢えてSnøhettaなのか、それは個人的にいろいろ理由があった上でのチョイスなのでここでの説明は割愛します。まあ、そんなこんなで2018-2019の年末年始に彼らの作品を訪れるべく、エジプトとノルウェーという気候も文化も全く違う土地をいっぺんに訪れてみた記録が本シリーズの文章である。できる限り「この建築は良かった」みたいな小学生並みの感想で終わらせないように現地でメモを取ったり、自分なりの感想をまとめたり、持てる知識で設計意図を読み取ったつもりだ。イスタンブール、カイロ、コペンハーゲンを経由しながらの大きな移動を伴う比較的長旅で、今思えば様々なアクシデントに見舞われたりもしたけれど、学生時代より英語のコミュニケーションスキルが多少マシになったこともあり、なかなか楽しく旅行できたのではないかと思える。

※古都アレクサンドリアの風土・カルチャー・慣習
エジプトの建築を読み取る前にエジプトとはどんな場所で、特有の風土にどんなものがあって、どんな人がいるのか理解する必要がある。そもそもエジプトは(少なくともアレクサンドリアは)、道ができてなくても見切り発車で開通させ、メインストリートに車線が存在せず各々適当な場所を走り、建築は崩れてても気にせず、公共施設の閉館時間が過ぎてもまだ普通に居られるような、かなりいい加減な空気感に包まれている。

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どのエジプト人も運転する時にデフォルトでクラクションに手を添えてて、なにかとクラクションを鳴らすし、それも1セットにつき5回くらい鳴らす。クラクションを鳴らす回数が日本と比べて尋常じゃなく多いせいで街中うるさい。車線の概念がないから、適当に真ん中を走ったり、車線変更も適当だし、所構わず駐車してくる。周囲を運転する身からすれば迷惑極まりない気もするけど、なぜかそこらへんを皆んな気にしていない様子。相乗り型の流しタクシーを頻繁に見かけて乗ってみようかと思ったけど、英語が通じないし危険そうな雰囲気だったので乗らなかった。ノーマルなタクシーは必ずしも距離で値段を算定する訳ではないっぽく運転手の気分次第で価格が上下することもしばしば...。

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学生時代にモロッコやトルコやドバイなどのイスラム諸国を訪れたことはあるが、それらの国よりもエジプトの適当さは1.5倍増しな印象だ。滞在していた宿の近隣に建つマンション達は借主が退去して空き家になってしまったら、外部建具まで取り外して完全なスケルトンの吹きさらしにするのがデフォルトみたいで、外から見たらどの部屋が空室なのか一目瞭然。どこからオーナーの資産で、どこから借主の持ち物なのかを規定する線引きが日本の不動産の慣習と根本的に違うようで、一般的に価値が高いとされている高層階が空室になっていることもしばしばで、日本人の僕にとってものすごく違和感というか不思議な感覚を覚えた。加えてどのマンションの共用廊下・階段室の照明を付けない、吹きさらしになっている空き部屋から隙間風が吹いている等、現役で使われている建物なのになかなかなレベルの廃墟感を醸し出していた。共用廊下に窓がないし真っ暗なので昼間でもかなり不気味。確かに部屋をスケルトンにしてしまった方が貸し出しは楽なのかもしれないが、雨風・潮風にさらされた躯体はかなり傷んでしまうし、サッシュもそれぞれの住居ごとに違うものが取り付いてチグハグなあんまり見栄えの良くないファサードになってしまう。そこらへんの日本人なら神経質になってしまう部分をあまり気にしないあたりがエジプトの国民性なのかもしれない。

アレクサンドリアは一般的なエジプトの乾燥地帯のイメージと違い、2日に一度のペース嵐がやってきて、短時間のスコールが何度も降るかなり湿潤な街だ。そんな潮風がかなり強く荒れた海に面していのにも関わらず、コンクリートが崩れ落ち中の鉄筋がむき出しになってしまっている建物が当然のようにそこらへんに放置されている。ぶっちゃけ、躯体の痛みが進んでしまうし、建物自体が崩壊する可能性が高くかなり危険だ。街の多くの建物の構造形式はRCラーメン構造で柱梁スラブの隙間はコンクリートを打設して耐力壁にせず、煉瓦積みモルタル塗り込めに塗装するだけで留めている(ただしその塗装も大体禿げている)。なんなら煉瓦積みなのでもちろん無配筋だからたまに壁が崩壊してる。お湯が安定して供給されなかったり、照明の電気をケチったりするくらい設備インフラが適当で脆弱な割に、建物自体の見た目を気にするのか入り口周りに変な装飾をつけたり、仕上材に本物の石を贅沢に使ったりお金の配分が本当に奇妙。

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※ちなみにアレクサンドリアはナイルデルタと地中海が出会う土地柄ゆえ想像以上に湿潤だけど、ナイルデルタの根元、湿潤気候帯と乾燥気候帯の境界であるカイロはアレクサンドリアと全然違う風景が広がってました。

Bibliotheca Alexandria (新アレクサンドリア図書館)
Timeline : 1989 - 2001 / Area : 80,000 m²

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1.概要+全体の構成
2.外部環境との関係性
3.内部空間とディテール
4.図書館としての運営
5.クオリティ・コントロール

1.概要+全体の構成
古代エジプトから古代ローマにかけて、当時最大の智の集約地として繁栄したアレクサンドリア図書館。その後略奪による破壊や戦火の焼失で、今や跡形もなくなり伝説上の存在になってしまっている建物だが、図書館が消失してから1500年以上経った1989年に、かつて建っていたとされる場所に新たな図書館を蘇らせる目的でエジプト政府とユネスコがコンペを主催し、Snohettaが最優秀を勝ち取る。コンペから30年、竣工から20年弱。今でこそ大規模な事務所に成長したSnohettaがデビューを飾った図書館はいまどんな姿になっているのか、そしてメディアに取り上げられている建築の実際は如何ほどのクオリティなのかざっくりながらまとめてみた。

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古代エジプト文明において暦や最も偉大な神様に讃えられているように太陽(特に日の出)が重要な意味を持っている。この図書館も古代エジプト文明を背景として、円筒を横軸回転させる抽象的なレベルにまでおとしこんだ幾何学操作で地平線から昇り来る太陽を表現するところから設計をスタートさせている。だが、この操作がただの意味のレベルでの説得材料に留まらず、物理的な効果を様々な箇所で生んでいく事になる。

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丸いスイッチを押したようなボリューム操作を行うことで、結果的に四角いボリュームに比べて道路への圧迫感を軽減したり、計画平面が円形であることで、回遊性とバリアフリーのスロープが空間の中で上手く融合されたり、空間の入隅ができないないせいでインフィニティに内部空間が広がるような効果を生み出したり、トップライトの自然採光を均質に取り込むことを可能にしている。円弧に寄り添うバリアフリースロープもOMAのIIT McCormick Tribune Campus Centerのようなジグザグのスロープ階段みたいに主張の強いエレメントとして扱わず、かといってあとで付け足したような見え方でもなく自然なプランニングで、過剰さを求めない設計者のスタンスが透けて見える。

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更にフロアとフロアの段差のガラス手すりに小さなカウンター天板が取り付いており、このデザイン自体はかなり凡庸であるが見え方としてすごく自然に違和感なく佇んでいて、ここにも設計者のユーザビリティに対する配慮が読み取れる。閲覧テーブルが床レベルの切り替え位置に設えられているので他の利用者から覗き込まれないか気になるところだが、このカウンターが高さ関係の境界に据え付けられているので、目隠し的機能も担っていて、実際に座って利用してみた時に最初に感じた懸念はそこまで気になるものではなかった。

円筒の平面はかなり完結性の強い幾何学だけれども、中身はユニバーサルにデザインされている部分も多く、オフィス棟の開架図書スペースやディスカッションルームやシアターを中心に機能が多少変更しても改変できる余白は残されている。

Snohettaがこのアレクサンドリア図書館で実現させた「斜めの構成 / 階段のレベル差によるバリーションを生む空間」は、その後スケールを横断しながら頻繁に使用するボキャブラリの一つになっていく。(オスロ新国立オペラハウス、カルガリー新中央図書館、SFMOMA、Slack NY office、Under、Snohetta Oslo office、釜山オペラハウス、上海オペラハウス等)

2.外部環境との関係性

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この図書館は小さな道を挟んでアレクサンドリア大学と近接しているため、市民にも一般解放されている大学図書館みたいな雰囲気で、閲覧スペースの机でかなり熱心に勉強する利用者が一般的な市民図書館より多い印象だった。調べ物や勉強をする目的で来館する人が多数なので、街中で観光客をターゲットに絡んでくるウザいエジプト人に比べてみんな落ち着いている。(いわゆる伝統的なムスリム女性の多くは目を除く全身を黒装束で身を包んでいるわけですが、そんな保守的な服装と対比するように現代的なBeatsのでっかいヘッドフォンを付けて勉強する人が思いのほか多くて、その姿が一番インパクト大でした笑)

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図書館周囲の建物の多くはは海辺にも関わらず鉄筋むき出しのRCラーメン架構にボロボロのレンガ積み+モルタル塗装仕上げなのに対して、この建築はアルミパネルと花崗岩の外装材で躯体を保護しているおかげか、汚れが約20年経っても目立たずほとんど痛みが見受けられなかった。一般的に外装は内装に比べて厳しい仕様にならざるを得ないので、材料選びは慎重に行いたいところだ。アレクサンドリアのように海沿いの環境で、ましてや塩分を含んだ雨が頻繁に降るような場所では鋼材はすぐに錆びてしまうので躯体を守るために耐久性のある材料で被覆する考え方は有効なんだと頭でわかっていても、実際に見てみるのでは違うなと痛感した。加えて、この建築の特徴でもある斜め屋根は近くで見てみるとかなり深さのあるキャットウォークが用意されている(建物規模が馬鹿デカいせいで鳥瞰写真ではあまり気にならない)。このキャットウォークがあるおかげかメンテナンスがしやすそうで、実際に訪問した時にも清掃のおじさんがサクサク屋根に登ってホースで水を撒いていた。

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当初は周辺に対してオープンな配置計画にしてたけど、管理的にエントランスチケットを買ってチェックを受ける動線にするためにバリケードが張られてたのが残念。これが無ければもっと良い印象になったと思う。特にバリケードがソリッドだった場所はもともと水盤だった場所で、ゴミ溜まりになったり、勝手に中に入られたケースが後を絶たずトラブルになったんじゃないかと予想している。現地の人には失礼かもしれないが、エジプトの街の運用のされ方を見ると北欧のように性善説でみんなが善意で共同管理するカルチャーではないのでバリケードで封鎖されたのは当然かもしれない。加えて隣接する大学とのブリッジも閉鎖されていて、おそらく使われ方としてうまく行かなかったんだろう。

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アレクサンドリアは三日月のようにゆるく湾曲する海岸線の街で図書館を望める岬まで足を運んでみた。ここにはかつての古代世界七不思議の一つのアレクサンドリアの灯台が建っていたとされる場所で、今はカーイト・ベイの要塞(15世紀後半)が遺跡として残っている。
この岬から図書館を見ると、海岸線に立つ周囲の建物と突出して高さがあるわけでもなく、どちらかというと圧迫感のない形状だが、正円が斜めになっていることでアイコニックで静かな主張をしているように見える。

3.内部空間とディテール
3-1.プロポーション

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代表的な段々の空間といえばハーバードGSDの製図室(Gund Hall)が思い浮かべる人も多いと思う。Gund Hallは天井と床との距離が近いので屋根裏空間のような空間(作業するならむしろこういう篭った空間の方が集中できるとは思います)であるのに比べて、アレクサンドリア図書館は傾斜がかなり緩く平面も断面も巨大なため伸びやかな空間が広がっていた。建物のボリュームの半分以上が地下に埋まっているので外のコンパクトさに対して内部はかなり広く、奥行きを感じるつくりになっている。施工やコストの問題からPC柱梁を選択したのだろうと推測したが、整然と並ぶ柱の佇まいは古代エジプトの神殿を現代の空間に翻訳したものではないだろうか。

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実は屋根の勾配と段差の勾配が違うので、最下層に来ると上の階の抜け感に比べると天井が近く籠もった雰囲気に。こっちの方が人の出入りが少なく集中しやすい。壁が徹底的に円筒を斜めに回転させた表現にするために壁もやはり斜めだ(普通なら作りやすいようにあまり目立たない場所なら垂直にしてしまうところをやりきっているからこそ初期のアイディアの強さが実現してからも残るんだろうと思う)

3-2.光環境
梁スパン間の正方形グリッドは変形のこぎり屋根として採光のために開放し、RGBのRをカットする(プリズム的な?)窓と補正照明で均質な光空間にしている。海に向かって傾斜する構成にすることで偶然なのか意図的なのか北側採光となりのこぎり屋根として最適な方角に向けている。当然直接光が届かないので図書の閲覧や蔵書の保存に向いていて、曇や夕方でも暗さを感じることは一切なかった。

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建築設計において自然光を快適に取り入れる天井のデザインは昔からのテーマであり、空調などの必要だけどどうしても邪魔になってしまうような設備要素をPC梁の間にサンドしてイージーメンテナンスとしながらスッキリ納めている。(他に思い当たる類似の著名な事例としてはカーンのキンベル美術館、フォスターのスタンステッド空港、ピアノのメニルコレクション等か)

どうしても採光を確保して天井を開放させるデザインにすると設備が必然的に床壁に納まるが、図書館でかつ巨大ワンルームとして使用されるため、ダブルブリッドの梁の間に設備を残したのは英断だと思う。前者の方針にしてしまうとどうしても、この建築の場合、不均一な温熱環境になってしまうだろう。(側面のPC壁の足元で排気、天井から給気、スラブの縁先に空調のディフューザーを設置していた。設備機器はやはり古臭く野暮ったいが、現在ならもっと存在感なく納められる機器があるだろう)

一般的なエジプトの住宅や飲食店は日中はどんなに暗くても照明をつけようとしない文化みたいで(もしかしたら電力供給の問題もあるかもしれない)、夜であっても最低限の照明でしのごうとする。そういう土壌に対して、この図書館は完全なオープンな計画ではないのに光に満ちた空間を実現させているという点でかなり特異な位置付けなのだろうと感じた。

3-3.音環境
図書館には静かな環境で閲覧や調査研究をしたいニーズがあるので音環境もまた光環境と同様に気を配る要素になる。エジプトの都市ならではの過剰なまでの喧騒も穴あきPCパネル壁や雑壁に取り付く有孔銅板、そしてPC柱の型枠にリブを付けることで対応してるためか、全くと言って良いほど気にならなかった。(主に間仕切壁の仕上に使われていた銅板?有孔ボードは使ってみたい質感なんだけど、これ日本で扱われているのかちょっとわからない。今度取扱いがあるメーカーを探してみたい)

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4.図書館としての運営
収蔵能力は最大800万冊を想定しているらしい(京大図書館以上、東大図書館以下程度の蔵書数)が、今のところそこまで本を収集できていないのか蔵書数は200万冊に留まっている。アイルランドのトリニティカレッジみたいに、高い本棚をドヤァと見せる要素にせず、あくまでも使いやすい本棚の寸法でありながら、ズレたスラブから覗く本棚で蔵書数の多さを見せるスタイルだ。

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計画当初から図書のデジタルアーカイブ化を積極的に取り入れようとしてて、それがPC端末とサーバールームの配置計画にも反映されている。加えて古代文明の史料も同様でデジタルミュージアムが小規模ながら併設されている。インターネットが十分に普及していなかった時代に建設された図書館が、未来の拡張性を見込んで空間を十分に確保することはなかなかできそうでできることではない。世界に誇る図書館を目指すだけあって、海外からの見学者を積極的に受け入れ、英語・仏語・アラビア語の3言語のパブリックツアーを1日に数回開催している。(インターネットから予約もできるけど、当日飛び込みで参加でも全く問題ない)

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図書館機能に付随して、この街を形作ってきた古代エジプト、古代ギリシャ、古代ローマ帝国、オスマントルコ、近代エジプトに関する文化・歴史(勿論伝説の古代アレクサンドリア図書館の貴重史料も含まれる)を伝える展示空間には貴重な発掘品や文献資料、復元模型が数多く展示されていたけれども、どちらかというとメインの図書館に対してサブのプログラムとして扱われていて、階高も開架書庫のそれに合わせざるを得ず、結果的にみみっちい空間になってしまっていたのが残念だった。

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展示したい物が多すぎて、本来展示空間として計画されていなかった廊下にも展示物が侵食しているのは結構謎で、多分これはあとから出展者が出したいと言って後付けで対応したものかも知れない。そのせいか消火器やバックヤードに至る関係者専用扉の横に絵画が掛けられていることも...。正直こちらの空間はかなり割り切っていたんだろうし、発注者もそこまで力をかけるべきじゃないと理解していたんじゃないかと思う。

5.クオリティ・コントロール
僕がアレクサンドリア図書館に対して一番特筆したいのはこのチャプターだ。正直なところ、この建築は日本のゼネコンに施工を依頼した方がもっと端正な作りになって緊張感のある空間になっていたかもしれない。しかし、設立したての事務所がエジプトみたいなある意味適当なお国柄の土地でここまでのクオリティコントロールを成し遂げたのは驚異的だと思う。いくら国家プロジェクトであるとはいえ、エジプトはドバイのようにオイルマネーでなんでもかんでも高級仕様にできる経済情勢ではないことは明らかで、落とせる仕様は落とし、勝負する場所は勝負してクオリティとコストのバランス、空間のメリハリを重視しているように読み取れた。そういう意味でこの建築もすべてがパーフェクトなわけではないし、付属の空間は思い切って捨てるとはいかないまでも、どこに注力すべきかヒエラルキーが明確に整理されている。

画像20※写真はがたがたなコンセントの取付部分

ここで感じたのは、実現するフェーズにおいてもコストや追加機能の要求に耐えうるシンプルなコンセプトと形態が求められるということ。僕が実務に関わり始めてからずっと考えている「表現と性能の一致」は学生時代に先生から口酸っぱく叩き込まれた「一つの操作で複数の効果を生み出しなさい」という言葉と大いにリンクする。実務では一つの操作で一つの見せ場しか作れないこともよくある事で、そういう足し算的操作を積み重ねても結局コスト調整の段階でバサバサそれらのデザインは切り捨てられる運命にある。だからこそ、不可分な複数の機能を少ない操作で統合し実現することが改めて重要であると感じたのだ。

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運営の良さに触れたが、Snohettaのブランディングデザイン部門はこのプロジェクトのフィードバックから生まれたのではないかと推測している。運営の視点が抜けた建築設計の観点だけで建てられた建築は大体うまく使われないことが多く、その点Snohettaは建築・インテリア・ランドスケープ・ブランディング・グラフィック・プロダクトを事務所内で並列に扱うことでこのようなバランスの良い作品を生み出せているのではないだろうか。建築の人間はしばしば何でもデザイン出来ると勘違いしがちなところがあり、やはり餅は餅屋とは言わないが、専門部隊と密にコミュニケーション取って詳細を詰めていった方が結果的に上手くいくことを見せつけられたような気持ちになった。

大味な建築と言われてしまえばそれまでだが、100%コントロールし切れない環境や厳しい予算的条件下で、効果的な優先順位の立て方、全ての要素に全力投球しなくても保てる空間体験の質が、この作品の良さだと個人的に認識している。たとえ詰め切れなかったハードのディスアドバンテージが存在してたとしても、運営のデザインでカバーし初めて利用する人にも日常的に利用する人にもストレスをかけない、無理のない施設に昇華しているように感じられた。陳腐なほど頻繁に(特に大学の入門授業で)使われる「建築は総合芸術だ」と、どこぞの誰かが発した格言は、こういう作品にこそ向けられるべきなのだろう。

(ノルウェー編に続く)

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※Snøhettaのプロジェクトページ
https://snohetta.com/projects/5-bibliotheca-alexandrina  
※Bibliotheca Alexandrinaの公式サイト
https://www.bibalex.org/en/default
※データシートPDF(平面図なども掲載)
https://www.bibalex.org/Attachments/Publications/Files/1_NewBibliothecaAlexandrina.pdf
※ガイドツアーの案内・予約(無料)https://www.bibalex.org/en/Page/Guided_Tours

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建築デザイン系ハンドメイド備忘録
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