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表現 / 性能 / コントロール②_Snøhettaの作品を訪ねて_Norway Lillehammer - Hjerkinn編

ノルウェーの建築事務所、Snøhettaにフォーカスした建築旅行。彼らの代表作でありデビュー作の新アレクサンドリア図書館を訪れ、イスラムの国エジプトからついにSnøhettaのお膝元である北欧ノルウェーに場所を移した。

僕は建築が好きでそれを職業にし、休暇中もこうして旅行しているわけですが、こうして長い文章を書いているうちにあることに気付き始めた。それは「たぶん空間そのものの興味だけじゃなく、その躯体がどうやって作られたのか、広大な周辺環境や長い歴史の流れの中で建築がどのように位置づけられるのかという点に興味があるんじゃないか」と。

ということで、訪れた建築単体の情報よりも周辺の地勢の分量の方が若干多くなってしまいがちですが、今回もどうぞお付き合いいただけたらと思います。

1. エジプトからノルウェー入国、中部地方へ移動

12月29日。予想より肌寒かったエジプト・アレクサンドリアからカイロ→コペンハーゲンを経由して、本格的な雪国ノルウェーに上陸した。とはいっても、ノルウェーは北大西洋暖流のせいもあって高緯度の割に温暖な国で気温もだいたい札幌と同じくらいで極寒という程ではない。特にオスロはフィヨルドに囲まれた深い入江の港町で身構えてなくても大丈夫なくらいの寒さで、港の波も湖のように穏やかだ(日中の最高気温はマイナスなんですが...)。

一晩オスロで宿を取り、次の日の早朝にレンタカー屋を出発して次の目的地リレハンメルとノルウェー中部のドブレフエル国立公園(正確にはその境界線に位置するヒエルキンという小さな集落)に向かう。

ノルウェーは緯度が高いため、冬期の日の出は9時頃で日の入りは15時頃と、かなり昼が短く夜が長い(実際思いっきり明るい時間は皆無で、ずっと夕暮れみたい薄明るい時間が続き、不思議な空気感だった)。運転している途中だったので、写真を撮ることができなかったが、氷河で削り取られ氷に閉ざされた湖と雪山が赤く染まる日の出の瞬間は目を疑うような美しさだったことをここで記しておきたい。

リレハンメルは1994年に冬季オリンピックが開催された町で、オリンピックが開催されたにも関わらず都市としての規模はかなり小さい。一般的にオスロやベルゲンなどの主要都市は以外のノルウェーの集落がはかなりコンパクトにまとまっている場合がほとんどだ。ちなみに、リレハンメルは街並みが整ってて可愛い雰囲気の町なので何も考えずボーっとするには最高の場所でオススメです。

画像25※北欧にも進出してるセブンイレブン。周囲の住宅に合わせてコンパクトにまとめたデザインはコンビニらしからぬ佇まい。


2. Lillehammer Art Museum and Lillehammer Cinema Expansion(リレハンメル美術館+映画館 増築)

Timeline : 1994 / Area : 2,700㎡
Timeline : 2013 - 2016 / Area : 1,700㎡

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2.1. 旧館

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旧館はかなり昔に建設され、昨今のシャープな造形が多いSnøhettaらしくないデザイン。外壁、軒天に細切りの木材を貼り付け、手の跡が残る曲線をメインエレメントに据えた造形が特徴的。この曲線はリレハンメルの周囲にある氷河で削り取られた山々の形状をモチーフにしたものらしい。曲線の作り方はどこかアアルトみたいな典型的な北欧デザインのようでもあるけれど、僕はフィンランド行ったことがないので果たしてこの仮説が正確かどうかは定かではない。
敷地は高低差があり、その傾斜に呼応するように木のファサードが4段階に雁行し、ズレを使って採光を行う考え方。展示のボリュームはリレハンメルの町の小ささに対応してか、かなりコンパクトで、メインの吹き抜けの展示室と、2階の展示室(3室続き)のみなので、展示自体は短時間で収まる。個人的に外壁のうねりが感じられる2階の展示室が一番過ごしやすいなと感じた。

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訪問したタイミングが年の瀬で、夕暮れのような明るさのお昼ということもあったのかもしれないけど、1階のカフェやスタッフの人もすごく人当たりが良くて、日本の公共施設にはないのんびりとした落ち着きがある。

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2.2. 新館

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増築された新館は美術館が収蔵するコレクションの常設展示とワークショップ用アトリエ、小さな街の映画館を含んだ複合施設として計画されている。映画館は1964年にErling Viksjøが設計したものを改修し(砂利洗い出しの外装も保存されている)、そのボリュームの上にキューブがドスンと乗っかった構成となっている。そしてその2階のボリュームがこれでもかという程にツルツルのミラーフィニッシュで、可愛らしい街並みの中で異彩を放っている(周辺住民から反対運動は起きなかったのだろうか?)。

画像24※旧館と新館をつなぐブリッジ部分。旧映画館の2階が展示空間にコンバージョンされている

ウェブサイトで見た時からどうやって施工したのか、どうしてこんなデザインになったのか不思議でしょうがなかったが、どうやらこれはSnøhettaがアイディアを出したのではなく、Bård Breivikという彫刻家とのコラボレーションの産物らしい(確かにこの美術館と同じようなAnish Kapoorを思わせるミラーフィニッシュの彫刻をいくつか制作している)。このBård Breivikという彫刻家は、旧館と新館の間にある石庭のランドスケープでもコラボしていて、Snøhettaとかなり長い付き合いのある作家のようだ。ちなみにこの新館のファサード、道路に面しているわけでもなく、住宅街に向けて建っているのがなかなかシュール。なんでも流体金属のような模様は流れ星がテーマだそうな(初期計画案のレンダリングでは竣工したパターンと異なる水紋が当て込まれていた)。

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旧館との渡り廊下からのぞいてみるとミラー仕上げは面側3面のみで、裏側は角を少し巻き込んだ程度でフェイクだったのが残念(確かに見えるところだけ作ればいいのはわかってるけど)。よく観察してみるとコーナー1部材、面は2部材、合計10部材の分割であることがわかる。あらかじめ工場でモールディングして現場運び込みをしたのだろう。(SnøhettaパートナーのKjetil Trædal ThorsenのFacebookを見たら施行中の写真があった)https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1067250913296848&set=a.729515480403728&type=3&sfns=mo

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突き付けで目地を極限まで見せない外装材を寒冷地で使用する(熱による収縮と膨張の影響をモロに受ける)のはリスキーじゃないのか?そして、このパネルをどうやって取り付けたのか?いわゆるカットパネルの金物の納まりでは到底施工できなさそうだ。かといって剥落の危険性を考えると接着剤でもない。可能性があるとしたら、このキューブの内装施工前に裏の鉄骨に下地金物を溶接もしくはパネル側に溶接固定したスタッドボルトを持ち出して留めているのか?下地金物はステンレスミラーにどうやって取り付け?溶接してからもう一度研磨してミラー仕上げ?歪まない?等々...施工に関する謎は尽きない...。

画像18※メタルキューブの内部は無採光の展示空間

画像19※一般部の展示空間

画像20※地域住民も利用するワークショップ・アトリエスペース

ド派手なインパクトを放つファサードに対して、内部は旧館に比べてかなりベーシックな展示空間で、確かに整ってはいるが癖がなさすぎて退屈に感じてしまう。1階のワークショップスペースは使いやすそうだったが、ただそれだけな印象。

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あと一つ気になったのは防火設備の扱い方について。少なくとも日本では防火扉や防火シャッターは洗練された空間に仕方なく付けざるを得ない、いわゆるネガティブな要素だ。だから設計者はどうやって目立たないようにするか、周囲の仕上材と同化させて隠蔽させる納まりに日々苦心していると思う。でもリレハンメル美術館では防火区画を形成する防火シャッターをあっけらかんとドアの上部に取り付けていて、「別に隠す気なんてありませんよー」くらいのスタンスだった。これはかなりカルチャーショックというか、ちょっと複雑な気持ちになる。

3.【番外編】 LillehammerからHjerkinnへの移動と吹雪の山小屋滞在記

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3.1.冬の峠道チャレンジ

実はオスロに到着した前日(土曜日)は既に17時を回っていたせいで店舗でSIMカードをゲットできていなかった。その翌日の日曜日は街中の店舗が閉まってしまう日なので、結局携帯電話の通信ができない状態で運転をすることに...。Lillehammer からHjekinnまでの道のりは本来E6の幹線道路を使うべきだったのに、ナビが地元民もやめとけというようなヤバい峠道をサジェストしてしまい、死にかけることになるとはLillehammerを出発する時には思いもしなかった。本来なら3時間で到着できる距離のはずなのに結果的に6時間以上かかるハメになる。ちなみに後でGoogleMapでも検索してみたが、ナビと同じ危険な道をサジェストしてきたので、可能なら予め地元民にラフな道のりを聞くことをおすすめします。真っ暗な冬の慣れない山道を運転することで受けるストレスと疲労は想像以上で、途中異常な眠気に命の危機を感じ路駐して睡眠をとることも数回。(一度、ハザード点灯させて路肩に駐車して寝ていたら、心配した地元民のおじさんに声を掛けられるなどのハプニングもあった笑)

宿泊するAirbnbはあくまでも素泊まりなので、食料が必要だということに気付き急遽山道の途中にあるスーパーに立ち寄り、食料だけでなく追加で購入したリサイクルのウールのソックスがこの後かなり役立ちました。さすがノルウェー、鮭や鯖の缶詰の品揃えが充実している。特にトマト煮の鯖缶が非常に食べやすい。なんでも朝食でパンに乗せるのが一般的な食べ方だそうだ。あとサーモンと玉ねぎのマリネ瓶詰も非常に美味で、これらは多分日本人の味覚にも合うので是非とも日本で売って欲しい。

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移動に関して僕のリサーチ不足というかスケール感が狂っていたのか、OsloからHjerkinnまでの距離は東京-水戸くらいのノリだと思っていたが、実際には石巻くらいまでの距離(国立公園を迂回する峠道だったのでそれ以上の距離?)があったのは誤算だった。途中、見知らぬノルウェーの森と霧を潜り、夕日で赤に染め上げられた雪山と氷に閉ざされた湖を望み、森林限界峠の雪原を走り抜け、夢のような光景を目にしつつも、深い暗闇に怯え、命の危険を感じた道のりでもあった。

そんなこんなでやっとこ到着した宿は、北国にずっと昔からある大きめの山小屋の様な佇まい。この宿には猫3匹、犬3匹がホストと一緒に暮らしており、人はないけど賑やか。この家は、人工的な雑音であふれる騒がしい東京、イスタンブール、アレクサンドリアと比べものならないくらい静かで、薪暖炉の前で動物に囲まれ何も音のない時間をゆっくり過ごすのって贅沢だなぁとしみじみ...。

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(ノルウェーの住宅は薪暖炉が標準装備されていてスーパーにも当たり前のように薪が売られている。近年オスロは大気汚染が深刻化し、それを背景に環境保護を政策に掲げる政党が台頭しつつあるらしい。実はこの国、一般的なエコなイメージのある北欧とはちょっと違うのかもしれない。)

このAirbnbで滞在している間、宿のホストと別棟のペンションを借りているベルゲンから来た一組の家族連れと暖炉を囲んで談笑する機会が多くあり、冬山のアドバイスをいくつかもらったのでその内容を書き起こすと

・ドブレフエル国立公園はかつて鉱山だったそうで、鉱夫のための空気穴が開けられている場所が点在しているので落ちないように気をつけること
・国立公園の中ではジャコウウシが歩いているらしい。ただし怒って興奮して襲われる危険性があるので近くで見つけても触っちゃダメ
・オスロと違ってすごく寒いので防寒具をガチで装備すべき(あとでホストに防寒具一式を貸してもらいました)
・僕の目的地が宿からだと少し遠いので、車で近くの駐車場まで近づいてからトレッキングをするとベスト
・山の斜面はとても滑りやすいので登山道の氷の上は歩いちゃダメ
・風が強く凍傷になるので顔を覆えるフェイスマスクで防寒した方が良い

などなどの内容をワインをすすりながら教わり、翌日の登山に備えて就寝。

3.2. 12月31日:冬山への1stトライ

朝起きると強い風と湿った雪が降っていた。とりあえず登れるだけ登ってみようと、東京からずっと着ていた防寒着で外へ出てみる。近くの駐車場まで車を寄せて山を登ろうとした途端、風と雪が一気に強くなり、一歩も前に踏み出せない。ツルツルの氷の上で踏ん張るので精一杯で、1mも進めない状況が30分程続く。前日にアドバイスされた「風が強い」の言葉が指すレベルはそこまで大したことがないと思って舐めてかかってたら、まさかの台風並みの風速20m/sだった。比較的滑りにくい雪のエリアに足をぶっ刺しながら固定しながらゆっくり登っていくも、目的地までの道のりの5%ほどの地点で斜面から足を滑らせて5m滑り落ちる。時折テレビで放送される、登山者の滑落死亡事故ニュースが頭の中をよぎり、命の危険性と装備見直しの必要を感じて宿に引き返した。

3.3. 12月31日:2ndトライ

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同日お昼過ぎに少し風が落ち着いたタイミングで、今度はホストに山の装備(上下の防寒着、登山ブーツ、ヘルメットとファーの帽子、ライト)を借りて挑む。午後3時、山を登り始めた途端に風がまた強くなりはじめる。それでもまだイケると思い登り続けたが、日没後ということもあり周囲が一気に暗くなり、ガスが発生してきた(午後3時以降は日が落ちてしまうのでトライできるタイミングが限られている)。そして、さらに悪いことに僕が目指している対象物と思わしき物影が一向に見当たらない。20分後、対象らしきものを発見してテンションが上がるが、ポンプ小屋みたいな全く別の建物で落胆する。そうこうするうちに、どんどん吹雪が強くなり、当初想定していたルートをロストしかけているし、これ以上散策を続けたら本当に命の保証ができないと感じまたもや下山する。宿に戻ってルートを確認してみると、吹雪の中を命がけで到達して折り返した場所が目的地までの中間地点だったらしく言葉を失う他なかった...。

※注:僕がHjerkinnを訪れたタイミングがたまたま悪かっただけなので、普段はここまで困難な道程では無いはずです。

画像3※下山する途中一瞬だけ雲が切れた日没後の山

その夜、滞在している山小屋で新年を迎えた。ノルウェーでは新年を打ち上げ花火で祝うそうなのだが、他の国ほどド派手で盛大に祝わない。Hjerkinnでは動物を飼っている家も多く、動物を脅かさないために花火は打ち上げても数発。静かな年明けだった。

3.4. 1月1日:休息日

この日は前日を超える強さの吹雪が一日中続き家から出られない。周囲の幹線道路も閉鎖され、ノルウェー全土で悪天候のニュースばかり。外に出られないので、何も考えずNetflixでNatinal Geographicやプレミアリーグを見て、たまに読書と動物たちと一緒に昼寝して過ごす。

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3.5. 1月2日:3rdトライ

この日は昨日までの吹雪が嘘のようにパキッとした晴天。風も全く吹いていないし、これなら登れそうだ。今回は道に迷わないように宿のホストが案内してくれる。氷の上に雪が積もっている山を登るので足が埋まらないようにカンジキを借りることにした。(別オプションとしてノルディックスキーを借りることもできたが、僕はあいにくアルペンスキーの経験しかなく、踵が自由で細長いスキーは使ったことがなかったので、歩きやすそうなカンジキを選んだ。)

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ちなみにホストはノルディックスキーで同伴し、犬3匹も一緒についてきた。犬達は運動不足解消を兼ねてリードを付けず雪原を走り回っていて、犬笛を吹くとこっちに戻ってくる。雪の上では歩きやすいとはいえ、付け慣れないカンジキで歩くため、普通の徒歩に比べてすぐにバテる。息を切らしながら登りはじめて30分程、山の傾斜がゆるくなったところで僕がずっと目指していた四角い黒い塊が見え始める...。

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4. Tverrfjellhytta,
Norwegian Wild Reindeer Pavilion
(Snøhetta Viewpoint)
ノルウェー野生トナカイセンターパビリオン

Timeline : 2009 – 2011 / Area : 90㎡

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4.1. 敷地の地勢

ドブレフエル国立公園は野生トナカイの群れが生息するヨーロッパ中最後のエリアで、他にもジャコウウシやホッキョクギツネなどの寒冷地ならではの生態系が残る場所でもある。この国立公園の大半は緩やかな山岳地帯で、Snøhettaのオフィスネームの由来でもあるノルウェー最高峰Mt.Snøhettaもその山々の中にそびえている。このパビリオンは野生トナカイ財団によって野生生物を観察するための教育施設として運営されている。とはいっても、ドブレフエルは完全な未開の地というわけでもなく、過去には大規模な狩猟が行われていたり、石の採掘が行われていたり、軍事基地で平場が整備されていたり(今は放棄されている)、人の営みの歴史も刻まれ、多くの北欧神話が生まれた地でもある。ちなみにノルウェー国内では野生生物の狩猟に関して伝統文化存続と生態系保護の観点で議論が未だに活発に行われているそうだ。

”こうした自然と文化の環境に加えて、ドブレフエル山地もノルウェー人の心象に重大な意味を持っている。国の伝説、神話、詩歌(イブセン)、そして音楽(グリーグ)などは、この力に溢れた場所がもつ神秘的かつ不朽の性質を賛嘆している。ノルウェーの憲法の創設者たちはドブレフエルが崩壊するまで合意と忠節を誓った。”
a+u 2011.03号より

しかし、僕が訪れた真冬のドブレフエルは、こうした文化的な背景を吹き飛ばすくらいの荒涼としてなにもない完全なタブラ・ラサだった。森林限界が原因なのかそれとも硬い岩の地盤が原因なのかどうかわからないが、このパビリオンの周囲には一切樹木が生えず、風避けになるものが一切ない。岩肌に痛々しい氷の塊が張り付き、風速十数メートルの強風が常に谷から吹き上げてくる非常に厳しい環境だった。

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ノルウェーの山間部にある施設は冬期に閉鎖されることが多く、野生トナカイセンターパビリオンも6月1日から10月中旬まで夏期のみ利用できます。(南西部にあるピーター・ズントーが最近設計のAllmannajuvet Zinc Mine Museumも冬期は閉鎖されるので要注意。)事前に冬期は内部に入れないという事情を理解していた上で、僕はこのパビリオンを訪れたわけですが、それでも結果的には冬の姿を見れてすごく満足している。なぜなら、雪国の建築は冬が一番その建築らしい姿を見せてくれるから。それは南国の建築においても同様なんだろうと思う。

4.2. 躯体・デザインプロセス

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四方ロの字でフレーミングされた鉄板外装パネルは錆で被覆されているが、調べてみるとこれは工場で加工されたコールテン鋼ではなく周辺の岩盤で産出される鉄をモチーフとした未加工の粗鋼らしい(本当か?)。
外装の鉄とコントラストを成す造作家具のベンチと長手の外壁を兼ねる流線的な木の塊は氷河で削り出されたフィヨルドの山々をモチーフに造形されている。10インチ角のマツ材をCNCで削り出して有機的な形状を作り出しているが、一つ一つの材の固定方法は意外にも昔ながらの木造船の工法を転用し、木釘で固定したのちに松根タール仕上げで腐食しないように保護する方式。ノルウェー南西部ハダンゲルフィヨルドに工場を構え、木造船を得意とする造船会社Djupvaagがこの木造作を請け負ったそうだ。確かに船の先端の造形とかこういう形をしていたような...。
Djupvaagも造船会社といえどもこれまでは伝統的に手で作れる造形を主としてきていたが、今回のプロジェクトをきっかけに5軸CNC切削機械を導入して新しい事業を展開したとのことらしい。

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Snøhetta社内のデザインプロセスでは基本的にRhinoでモデリング→粉体積層の3Dプリンタで検証を繰り返し、当時導入したばかりのKUKAのロボットアームの切削で大きい模型を制作していたそうだ。設計事務所に属しているとレーザーカッターや3Dプリンタの導入事例は数多く耳にするけれど、ロボットアームで制作の検証ができる環境を整えられているのは相当羨ましいかぎりだ。

Djupvaagの工場で切削した松材を組み立てした後は、有機的な木の塊をトレーラーで一気に搬入し、外装の鉄のフレームに前からスライドさせるように挿入・取付を行なっている。基本設計段階の3Dモデル上では木と鉄はほぼクリアランス無しの嵌合した表現だったはずだけれども、搬入のクリアランスと雨掛りを考慮して、木とボックスの取り合い部分に水切り的な酸化鉄の幕板が設けられていた。製作途中の写真を見るとわかるように、外装と家具を兼ねているこの木の塊(正確には一部中空なんですが)は、断熱されていない。そういう熱環境の維持の問題と管理の問題で総合的に判断すると、冬期はこの施設を閉鎖させざるを得なくなったんだろう。

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エントランスは木製建具で(!)、枠も框も通常よりも随分太く、ガラスが入っていなければノルウェーの伝統住宅に使われててもおかしくないプロポーションだ。確かに街を歩いていても、日本なら鋼製建具で対応してしまう建具も積極的に木製建具を使用している印象だ。おそらくノルウェー全体で木材を活用する気運が高いのだろう。とはいっても(このパビリオンは該当しないけど)消防の対応はどうなっているんだろう...?
このパビリオンにステンレスやスチールのフラッシュ扉がついてもそれはそれでちょっと違う気もするし、コストコントロールで採用された可能性もあるし一概にこの木製建具が変だとも言えない。ドアハンドルはオスロオペラハウスで開発したオリジナルデザインのレバーハンドルを使用していた(結構華奢な握り心地だった)。

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Snøhetta山に向かうガラスのファサードはほぼ全面に着氷しててすごく寒々しい表情を見せていた。周囲に風避けになるものが一切無いので、冬の間は閉鎖されるくらいかなり厳しい仕様が求められているだろう。訪問した時で気温が-5-8℃、体感温度で-15–20℃くらい?耐風圧と温度変形を考慮すると、普通ならもっと太い見附60-80mmくらいのバックマリオンがフルハイトで出てきてもおかしくないのに、カットT のような床面から約1000mm程度のバックマリオンで支持し、上半分以上はシール納まりで、こんなミニマルなガラスの納まりをこの環境でやってしまうのは驚異的だ。箱の縁(床壁天井)は四方すべてテーパーが掛かっていることもあり、枠の存在を一切感じないガラスの面だけが現れる表現になっている。

基礎は鉄のボリュームに対してオフセットされ地面から若干浮いている表現としている。こういう地面との接続部分は往々にして不自然な見え方になってしまうのだが、なぜかこの場合はボリュームを大地と対比する異物のオブジェクトとして扱いつつも、不自然なランドスケープになっていない。そもそも設計する以前に計画敷地が具体的に規定されず、まず当該計画地周辺の中でどこにボリュームを置くのがベストなのかを探るところから設計に取り掛かっているらしい。そこでインハウス・ランドスケープアーキテクトチームの出番なのだろう。実際、ポンと何気なくボリュームが置かれているが、配置された場所は山の斜面の傾斜が切り替わる絶妙なポイントで、かつドブレフエルの山々の遠景が一気に広がる場所をピンポイントに選んでいる。そして、ここに至るまでのトレッキングロードのアプローチもピーター・メルクリの「彫刻の家」のようにボリュームの現れ方も含めて緻密に設計されている。

4.3. パビリオンから学んだこと

前回の新アレクサンドリア図書館のテキストでも触れた、「性能と表現の一致」という点に関しては、周辺環境から推定される性能が計画初期から重要視されていて、実現した作品を改めて見返しても、もうこれ以上削りようがないレベルまで行きついていたようだった。現代的なコンピューテーショナルデザインを用いながらも、陳腐な装飾に陥らずに構造的で古びず力強い雰囲気をまとっている。

なんなら、プログラムだったり人との繋がり云々を謳う都市の建築に対して、後ろから蹴りを入れているんじゃないかってくらい圧倒的に自律した建築だ。「僕らはここまでやりきったけど、君はここに建築が作ることができるかい?」そう問いかけられてるんじゃないかと感じさせるほどだ。
一般的に建築が建ちようがない環境で、ここまで自律的で吹っ切れた建築を体感してしまうと、僕らも都会の狭小地や法規なんぞの制約なんかでビビってはいられない。

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そして、困難の末にパビリオンにたどり着いた今なら、ドヴレフエルが崩壊するまで忠誠を誓ったノルウェー憲法の創設者達の心象が理解できるような気がする。山自体はそこまで高くはないが、周囲の雄大な景色は神々しく、実際にそこに神が宿っているのではないかと思わせる何かがある。耳に届く音は風の音だけ、山に登っている間は話す相手もいないので自分との対話だけ。そんな都会生活とは全く違う環境下に身を置くからこそ、身体感覚が研ぎ澄まされていくのだろう。こういう過程・経験を経て行き着く建築というのは、少なくとも過剰な情報や雑音にまみれている日本ではなかなか実現しないだろうなと感じた。都市の中で建築を考えるとどうしても、文化的なアプローチから経済波及を戦略として組み込んだり、スペースの効率化だったり、アクセシビリティ等、人間中心の利便性が主な目的になりがちだ。その一方で、地面という絶対的な存在への意識が希薄化し、そもそも人間も自然の中で生かされていることを忘れているように感じてしまう。野生トナカイセンターパビリオンの場合、内部空間が単純な機能で済んでいるからこそ、大地との関係性に振り切ってフォーカスできたのかもしれない。

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今回の散策では野生のジャコウウシやトナカイは見ることができなかったが、山を下る帰り道に野生のユキウサギが一匹、目の前を走り去っていった。近くに集落があるとはいえ、ここはまだ自然の中で、我々もまた自然に生かされているという至極当たり前の事実に気付かされる。今度ここに来る時は、気候が穏やかな夏にもっと長い滞在をできるようしたいなと思った。

(オスロ編に続く)


※野生トナカイセンターパビリオンの公式サイト
https://www.visitnorway.com/listings/viewpoint-sn%C3%98hetta/181161/
※Snohettaのプロジェクトページ
https://snohetta.com/projects/2-tverrfjellhytta-norwegian-wild-reindeer-pavilion
https://snohetta.com/projects/145-lillehammer-art-museum-and-lillehammer-cinema-expansion
https://snohetta.com/projects/44-lillehammer-art-museum
https://snohetta.com/projects/59-roros-tweed-collaboration
※Lillehammer Art Museumの公式サイト
https://lillehammerartmuseum.com/1202/?lang=en


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