小説1その④
ご紹介する機会を失い、眠っていた題材がありまして、こちらで昇華しようと思い、キーボードを打っております。
つたない文章能力ではありますが、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
それでは、始めます。尚、出てくる人物などは架空です。
食事を作ってもらう当日。
眠れなかった。
とまではいかないが、妙に落ち着かなかった。
それはそうだ。いくら後輩とはいえ、惹かれている人が作る料理を食べるんだ。嬉しくないわけがない。他社を相手にする商談の時よりも、緊張する。
「いつもより、早く起きたな。」僕は布団の中で時計を見て、一言呟いた。
今頃、向こうはあたふたしているのかもしれない。
会社で、あれだけおっちょこちょいなんだ。今日は手料理を食べさせる。緊張もしているだろう。いつも以上にドジ踏んでなきゃいいけど。
そんな想像をしながら、もう少しだけ布団の中で過ごした。
「さて、そろそろ出かけるか。」
なんだかんだ考えたけど、一番ラフな格好で、いつも通りのコーディネイトで待ち合わせ場所まで向かう。
「あー、そういえば、彼女の私服、見たことなかったな。」なんだか恥ずかしくなってきた。いや、この気持ちは嬉しいんだろう。いつも会社の仲だけなのだから。
待ち合わせのカフェに着き、アイスティーを頼み、彼女を待つ。
待っている時間は、少し長く感じる。スマートフォンを取り出し、ネットのニュースを閲覧。何かをしていないと、落ち着かない。
内容は、全く入ってこなかった。
「お待たせしました。」
顔をあげると、彼女がいた。
「おお。」
少しだけヒールのあるパンプス、桜色のスカート、肩からはキャミソールが見える、Tシャツ、リボンのついたアウターを着ている。
かわいい。
「へへ、ありがとうございます。では、行きましょうか。」小さなバックを両手で抱え、カフェをあとにする。
「あ、待って。」僕もいそいそと、カフェを出た。
どうやら思っていたことが、口に出ていたらしい。
彼女の後ろを歩きながら、きょろきょろと辺りを見る。ここらへんにスーパーあったかな?
何も持っていないみたいだし、買い物にも付き合う予定でいた。
「ねぇ、今日は何を作ってくれるんだい?」
「それは秘密です。」彼女が笑顔で答える。
てくてく歩く彼女の後姿。
少し駆け足をして、彼女の隣で歩いた。身長の差で、少し下を向かないといけないが、彼女の横顔は・・・。
微笑んでしまった。あー、僕は惹かれているんだ。と再確認。
「さ、ここですよ。」
「あれ?スーパーは?」
「何言ってるんですか?もう買ってあります!準備万端なんですから!」
少し大きめのマンション。ここに一人暮らし。まあ、女の子だからセキュリティーもしっかりしているのだろう。そんなことを考える。
「準備大変だったでしょ?買い物とかいえば、付き合ったのに。」
「いいんです!今日は先輩、お客様。みたいなものなんですから。」
「お客様か。」なんだかその響きは、寂しく感じた。
「さあ、くつろいでいてくださいね。私、頑張ってきますから!」
部屋に案内され、ソファーに座らされる。
今まで女の子の部屋に入ったことは、何回もある。
ただ、くつろぐというのはなかなか難しい。そりゃそうだ。緊張もする。
パステルカラーの壁紙、ぬいぐるみもあり、いくつか本もある。シンプルな部屋。と言えばいいのだけど、そこはやっぱり女の子の部屋なんだ。という気持ちにさせてくれる。
きょろきょろしながらいると、
「変なものはないですからね!」と言いながら、彼女がマグカップを持ってきた。
「これどうぞ。」お茶を持ってきてくれたようだ。
「先輩、私の料理、まずかったら言ってくださいね。ちゃんと勉強したいので。」
「ああ、任せて。」言葉少なに答える。
ペコッと頭を下げ、彼女はキッチンへと向かっていった。
なんだか落ち着いているようだ。
会社とは違った一面を見て、僕は少し照れた。
冷蔵庫を開ける音、水を流す音、何かを切っている音、扉一枚隔てて彼女が料理をしている。
首を振る。まだ告白さえもしてないのに、こういう状況に置かれ、にやけてしまっているから。
「せんぱーい。」彼女が呼ぶ。
「お。おーなんだー。」返事をする。
「お茶、足りてますかー?」
「あ、あー。」既に飲みきっている。
扉が開く。
エプロンをつけ、ペットボトルを持つ彼女が立っていた。
「あー、ないじゃないですかー。ほしかったら、言ってくださいね!」
「あ、うん。ごめんな。」
「いいですよ。」彼女が空のカップにお茶を注ぐ。
「ここに置いておきますからね。好きに飲んでください。」
「あ、あー。」
彼女はまた、キッチンへと姿を消した。
空返事の僕。どうやら、見惚れてしまっていたみたいだ。
手をぎゅっと握りしめる。
心臓が激しく、鼓動している。
彼女を見るたび、想いを告げたくなる。
僕は・・・すでに決めていたのかもしれない。
今日という日に、踏み出そうと。
次回へ続く。