小説1 最終回
ご紹介する機会を失い、眠っていた題材がありまして、こちらで昇華しようと思い、キーボードを打っております。
つたない文章能力ではありますが、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
それでは、始めます。尚、出てくる人物などは架空です。
彼女は隣でニコッと笑った。目元をぬぐいながら。
僕は照れくさく笑う。
「何言ってるんですか、先輩。冗談はやめてくださいよー。」と、にこやかな顔を向けてくる。
僕は黙る。
この気持ちは冗談なんかじゃなく、ずっと言いたかった。ずっと言い出せなかった一言なのだから。
いたたまれなくなり、僕が口を開く。
「好きな君の隣で、好きな君の作った料理を食べた。それで、僕は満足なんだよ。こんなにもおいしく食べれた料理は、久々だ。」
彼女は黙っている。
「君がどんなことを想って、この料理を作ったかは知らない。だけど、ちゃんと作る相手のことを想わない限りは、君が満足する料理は作れないだろうね。僕は、君を好きだ。と想って、この料理を食べた。だから、こんなにもおいしく感じたんだろうね。」
「私は・・・。」彼女が口を開く。
「私はただ、おいしく作りたい。と思いました。何度作っても、自分が思うような味にならなくて、失敗した。って思っていました。足りないのは、私が何を想って料理を作るか、だった。ってことですね。」
「そうだね。」僕は重たい空気を受け入れながら、そう呟いた。
「質問、いいですか?」彼女が問いかける。
「ああ」溜息を交らせ、頷く。
「私のことを好き。って、本当ですか?」
「うん。ずっと想っていたことなんだ。言いたくてね。ただ、言えなくて。今日言えたけどね。」
「そうですか。」
「ああ」
重たい空気が漂う。
「返事は・・・」
「落ち着いてからで、いいよ。」僕は、いま彼女のことを気遣うことしかできない。返事は聞きたいが、料理のこと、僕の告白のことでいっぱいいっぱいだろうから。
「ともかく!この料理はおいしかった!それは、保証する!」
僕は明るい笑顔で、彼女に顔を向けた。
「はい。ありがとうございます。」彼女は、顔を隠すように頭を下げた。
「片づけはしておくので、今日は・・・。」彼女が促す。
「うん、わかった。今日はありがとう。」
玄関先で「見送りますか?」と彼女に言われたが、断った。
たぶん、これ以上一緒にいたら、僕は返事を聞きたがるだろうし、ずっと一緒にいたくなるだろうから。
帰り道、一息をつき「言っちゃったな。」と呟く。
後悔はない。いや、ないと言えば嘘になるだろう。
笑顔であいさつを交わしたり、彼女のドジっぷりを一緒に笑ったり、そういった関係を壊してしまったのかもしれないのだから。ただ、いつかは言わなきゃ。と思っていたこと。
握り拳をポケットの中で作り、空を少し見上げ、家路を歩く。
それからというもの、彼女は特に変わった様子もなく、挨拶をしてくる。
いつものようにおっちょこちょいをし、いつものように手助けをして、いつものように笑顔を向けてくる。
何一つ変わらない日常。
僕もそんな日常に、安心していた。
ピリリリリリピリリリリリリ
「んー。」頭の上でアラームが鳴っている。
「夢、か。」
何とも言えない感情が、僕を包んだ。
「夢か。」もう一度呟く。
出社の準備をして、僕はいつもの通り、会社に着く。
「おはようございます。」彼女が挨拶をしてくれた。
「おはようございます。」たどたどしく返事をした。
彼女が、みんなに。へと、クッキーを配る。
周りからは「おー!ありがとう!」「いいのー?ありがと♬」なんて歓声が飛ぶ。
「いつもお世話になってますからー。」いつもの彼女の笑顔を見れた。
「はい、先輩も。」
「ありがとう。」素直に受け取った。
渡されたのは、クッキーだけじゃなかった。
彼女のほうを見ると、会釈をされる。
小さな紙が挟まって「今日、お返事します。」と。
あの出来事から数日。僕からは何も言わなかった。待とう。と決めたから。
彼女は、周りに気付かれないように、僕との距離を少しとっていた。
まあ、だから、あんな夢を見ることになったのだけど。
だから、僕もまわりに悟られないようにした。
その甲斐あって、会社の人たちには何の疑いもかけられていないようだ。
噂話も入ってこない。当事者だから、という可能性はある。それでも、日常茶飯事、いろんな話が飛び交うし、当事者だろうとその話を耳にすることは、今までもたくさんあった。
それがない。ということは、やっぱりうまく隠せている証拠だった。
会社終わり、カフェに来た。
ここから始まったんだよな。そんなことを思いながら、彼女が座っている席へと歩く。
「お疲れ様。お待たせしました。」
「いえ、本読んでましたから、大丈夫です。」パタンと本を閉じ、バックの中へ。
アイスティ、ココアを頼んで、しばらく沈黙が続く。
注文の品が到着し、お互いに一口。
「返事。」彼女から切り出した。
「うん。」ドキンと緊張が走る。心拍数が急速に上がっている。痛い。
「私、先輩のおかげで、決心がつきました。」
「うん。」
「私、好きな人がいます。」
僕は何も言えなかった。
「先輩から告白されて、このままじゃダメだって思いました。料理のこともそうです。食べてくれる。というか、食べさせたい人のことを考えることができてなかったって。」
「私、その人に好きっていうことにしました。」
「先輩。」
僕は息を飲む。
「私の好きな人は、先輩じゃありません。ごめんなさい。」
「でも、先輩のおかげです。私を想ってくださって、告白してくださって、ありがとうございます。」
僕は、深い溜息を吐く。
「うん。わかった。うまくいくといいね。」これが僕の、精一杯の言葉だった。
月日は流れる。
相変わらず、彼女はおっちょこちょい。
相変わらず、カバーするのは僕。
いつか見た、夢のような光景。
街を散歩をしていると、ふと聞き覚えのある笑い声。
見知らぬ誰かと手を繋ぐその人は、僕が好きと言えたその人だった。
「うまくいったんだ。おめでとう。」誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
きっといいこと、あるよな。
そんなことを想いながら、握り拳をポケットの中で作り、家路を歩く。
終わり。