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WSBKの不確実な未来

 ミサノのレースウィークの金曜にMSMA(Motorcycle Sport Manufacturers Association、モーターサイクルスポーツ製造者協会)の会合が開かれており、その会合において2027年からWSBKとEWCを統合、年10戦をスプリント、3戦を耐久レースの複合選手権にするというアイデアが出たそうです。これだけ聞くと実に突拍子もない話なのですが、実は現在ドルナスポーツが主催しているWSBKを、EWCを主催しているディスカバリースポーツに売却する話がかなりの所まで進んでいるらしく、それに絡んで出てきた話だそうです。ドルナスポーツがWSBKを主催するようになって今年で12年目ですが、ドルナはWSBに対する興味を既に失っており、先日ドルナを傘下に収めたリバティメディアもWSBKには全く関心が無いと言われています。WSBKはこの先どうなっていくのでしょうか。今回はこのWSBK売却の噂に関する話題と将来のレギュレーション改定について取り上げたいと思います。

WSBK主催者の変遷

 WSBKの主催者は過去にも何度か代わっています。1988年にWSBKが創設された当時の主催者は、WSBKの生みの親でもあるスティーブ・マクラフリンが興したスポーツマーケティングカンパニーでしたが、この会社は資金難によりわずか1年で破綻してしまいます。これに代わる興行主として名乗りを上げたのが日本の広告代理店電通と、イタリアの元レーシングドライバー、マウリツィオ・フラミニが率いるFGスポーツでした。当時どちらが主催者になるかでかなり揉めたようですが、最終的にテレビ放映権を電通が、それ以外をFGスポーツが担当する共同運営に決着しました。この共同運営は1992年まで続きますが、電通が契約を更新しなかったため1993年からFGスポーツの単独運営になります。以後、2012年までの20年間、マウリツィオ・フラミニは弟パオロと共にWSBKを文字通り支配していくことになります。フラミニ兄弟の施策には賛否ありますが、WSBKを大きく成長させた事は大きな功績だと言えるでしょう。

 安泰であるかに見えたフラミニ兄弟の支配でしたが、その終焉は彼らの手の届かぬ所から始まっていました。2007年、FGスポーツはインフロントスポーツ&メディアの傘下となり、翌年名称をインフロントモータースポーツに改称しますが、2011年、インフロントスポーツ&メディアを民間投資会社ブリッジポイントが買収します。当時のブリッジポイントはMotoGPを主催するドルナスポーツの大株主であり、この買収によりMotoGPとWSBKの主催者が同一資本の傘下に収まる事になりました。新たな大株主であるブリッジポイントの意向により、WSBKの運営はMotoGPと共にドルナスポーツに委ねられる事になります。2012年にブリッジポイントはフラミニ兄弟が所有していた残りの株式を全て買い取り、フラミニ兄弟はWSBKの運営から退く事になります。翌2013年よりドルナによる運営が始まり、現在に至っています。

WSBKへの興味を失ったドルナ

 現在WSBKをドルナが主催しているのは前述の通り、前の大株主であったブリッジポイントの意向によるものですが、その後のドルナのWSBKの運営を振り返ると、年を追う毎に積極的ではなくなっているように思えます。これはMotoGPとWSBKの開催数を比べれば一目瞭然です。以下は2001年以降のMotoGPとWSBKの開催数をグラフ化したものです。

MotoGPとWSBKの開催数の推移
青と灰が予定数で緑と橙が実際の開催数

 今年のMotoGPは当初年間22大会を予定、2大会が中止または来年に延期されたので20大会ですが、WSBKは12大会しか開催されません。過去の開催数を遡ると、コロナ禍で開催数が大幅に削減された2020年を除けばMotoGPは右肩上がりに開催数を増やしており特にコロナ禍明け以降顕著ですが、WSBKは増えるどころか以前より減少しています。ドルナが主催するようになってから年14大会が計画されたのは2016年のみ(2013年のカレンダーは前年のうちにインフロントが作成)、2022年からは12大会しか行われていません。さらに、今年は欧州以外の開催地がオーストラリアのみ、残る11大会は全て欧州で行われますが、これではもはや世界選手権とは呼べないのではないかとの批判も出ています。アルゼンチンがカレンダーから外れたのは相手国側の事情のせいでもあるとはいえ、これについてもドルナのやる気の無さが現れているように思えてなりません。

 2013年からドルナがWSBKを主催するのが決まった時はMotoGPとの開催日の重複が回避されるようになるのではないかと期待されましたが、実際にはそれほど改善された印象はありません。2013年以降も欧州とアジア・オセアニアなど時差によって双方の視聴に支障が無い場合を除いて年に1、2戦は重複していました。今年も第2戦カタルニアがポルトガルGPと、第8戦マニクールがサンマリノGPと同日開催です。中止になったカザフスタンGPも当初の予定では第4戦ミサノと同日開催でした。同じプロモーターが主催しているにもかかわらず、ここまで日程が重複するのは酷すぎます。開催日の重複はMotoGP側にも影響はあるものの、集客力はMotoGPの方がずっと大きいためWSBKが割りを食う格好になるのではないでしょうか。開催数の減少、MotoGPとの日程重複が改善されないことはドルナのWSBKに対する興味の無さの現れだと言えるでしょう。

 ドルナがWSBKを手放したがっているのはその収益の低さによるものだと言われています。だったら集客を増やす努力をすれば良いのですが、ドルナがWSBKの主催者になったのも当時の大株主ブリッジポイントの意向に従ってのことであり、必ずしも自ら好き好んで主催者になったわけではありません。元々MotoGPとWSBKは競合関係にあり、ドルナのCEO、カルメロ・エスペレータとフラミニ兄弟は事あるごとに激しく対立していました。ドルナにとってWSBKはかつての商売敵で愛着などあろうはずもなく、MotoGPこそが最優先事項なのでMotoGPの人気が食われかねない事はやりたくないのかもしれません。

 このような扱いが続くのであればさっさと売却してもらった方が良いでしょう。リバティメディアがドルナを買収した際にエスペレータはドルナの独立性は維持されると言っていましたが、ドルナにとってリバティメディアがWSBKの運営に興味が無いのはむしろ渡りに船だったのではないでしょうか。

 6月28日現在、エスペレータはWSBKの売却など真っ赤な嘘だとこの噂を否定していますが、火の無い所に煙は立たぬとも言います。果たして嘘をついているのは誰でしょうか。

WSBKとEWCを統合できるのか?

 仮にWSBKとEWCが同じディスカバリースポーツの主催となったとしても、WSBKとEWCを統合するというのはかなり無理のある話です。恐らく、同じ市販車ベースの改造車両で行うロードレースという共通点があり、車両レギュレーションも似通っているのでこのような話を思いついたのかもしれません。

 車両レギュレーションを完全に統一するのは無理がありますが、共通化を進めることはできるでしょう。エンジンや車体の改造範囲を可能な限り共通化すれば最小限の変更でスプリントと耐久、両方のレースを走れる車両にすることができます。ですが、選手権の統合ができるかどうかは別問題です。

 そもそも、スプリントレースと耐久レースは似て非なる競技です。一人で走り切るスプリントと複数ライダーが交代で走る耐久レースを同じ選手権で行うというのは無理がありすぎます。

 スプリントと耐久の複合選手権には4輪のGTワールドチャレンジがありますが、こちらはスプリントレースでもドライバー交代が義務付けられています。4輪のレースであればスプリントでもレース中のピットイン前提のレースが珍しくありませんが、2輪のスプリントレースでピットインはありえません。もし同様のルールにするのであれば、もはやそれはWSBKとは呼べない全く別の競技です。そんな事をしよう物ならチーム、ファン、各方面からの反発は必至でしょう。

 無理にでも統合させるのであれば、スプリントは今のWSBKの形式を継続し、現在のEWCチームは耐久レースにのみ参戦を義務付け、WSBKチームは全戦参戦する形でしょうか。それでも、併催するクラスのレースをどうするのか、ポイントシステムをどうするのか、タイヤをどうするのか、エンジンの使用制限をどうするのかなど問題は山積みです。また、EWCは64年、WSBKには36年の歴史があり、互いの選手権にはそれぞれの異なる文化があります。歴史のある選手権を無理に統合する意味があるとは思えません。

統合よりも共存共栄を目指すべき

 恐らくこのアイデアは思いつきの域を出ない、あまり深く考えられた物ではないでしょう。とはいえ、WSBKとEWCの主催者が同じになれば日程の重複は解消されるでしょうし、車両レギュレーションも全く同じにはできないまでも共通化が進むことでWSBKとEWCの間でライダーやチームのスポット参戦を互いに行いやすくなるでしょう。EWCのYARTは過去に何度かWSBKにスポット参戦しています。WSBKのライダーがEWCにスポット参戦するのみならず、EWCライダー・チームのWSBKへのスポット参戦も活発になるかもしれません。WSBKとEWCは競合関係の選手権ではなく、相互に補完し合う、共存共栄の関係になれるのではないでしょうか。

SSP300に代わる新カテゴリー

 2025年を最後にスーパースポーツ300(SSP300)クラスを廃止し、2026年からは新しいエントリークラスが導入されることが発表されています。WSBKのエントリークラスとしてSSP300クラスが導入されたのは2017年のことでしたが、SSP300クラスでは過去2回の死亡事故が起きており、安全性が問題視されてきました。また、SSP300クラスには2023年までの7シーズンで6人の王者がいますが、上位クラスで活躍できているのは現在Moto2に参戦しているマヌエル・ゴンザレスとSSPに参戦しているエイドリアン・ウェルタスだけです。他にもこのクラス出身のライダーが上位カテゴリーではあまり活躍できておらず、エントリークラスとしての役割が果たせていないことも問題視されています。

 これらの問題はエンジンが非力で車両間の性能差が極めて小さい事に起因すると言われています。このような車輌でのレースでは先行車両のスリップストリームに極端に依存することになり、過度な接近戦が繰り広げられますが、そのため安全性が低くなっているという批判が絶えません。また、そのようなレースで勝ち上がるためのスキルやテクニックは他のクラスでは必ずしも重要なものではありません。

 これらの問題のため、SSP300を廃止して新しいエントリークラスに置き換えるべきだという議論が以前からあり、今回の発表はこれを受けてのものです。まだ詳細は明かされていませんが、カワサキNinja650、アプリリアRS660、ヤマハYZF-R7等、排気量650cc〜750ccの2気筒〜3気筒車両で争うレースになるようです。

WSBKの排気量が見直される?

 2027年からMotoGPのレギュレーションが変更されることに合わせて、WSBKのレギュレーションも変更されると言われています。これには、4気筒1000ccという排気量区分を見直し、最大排気量を拡大することが含まれているようです。実現すれば、2008年の2気筒車両の最大排気量が1200ccに拡大された時、あるいは2003年の気筒数にかかわらず最大排気量が1000ccに統一された時以来の大規模な変更です。

 近年、1000ccスーパースポーツ車両の売れ行きは芳しく無く、このカテゴリー自体が存続の危機にあると言っても過言ではありません。ヤマハはYZF-R1の新型開発を中止、YZF-R1の新型が発売されない事を表明しています。カワサキにはフルモデルチェンジの噂がありましたが、その計画自体がキャンセルされたと言われています。スズキは新型を開発している事をMotoGPプロジェクトリーダーだった佐原氏が公言していますが、現行モデルはすでに生産を終了しており、このまま廃盤になるという噂もあります。

 このような状況になったのは年々厳しくなり続けている排ガス規制が原因で、見込める販売台数では排ガス対応に必要な開発費が回収できないためだと言われています。排気量の拡大が検討されているのは、この排ガス規制に対応するには排気量が大きい方が容易で開発費を抑制できるためで、アプリリアがRSV4の排気量を拡大したのもそのためだと言われています。国内でも、かつて隆盛を極めた250ccや400ccの4気筒車両がつい最近まで絶滅状態だったのも同じ理由です。そして、先日ホンダは50cc以下の原付の製造を終了することを発表しました。これも、排気量が小さいと排ガス規制に対応するのが難しいからです。

 EWCでは2023年から最大排気量1200ccの車両カテゴリーとしてSST(スーパーストック)1100が新設されており、1099ccのアプリリアRSV4の参戦が認められています。車両カテゴリー名称はSST1100ですが最大排気量は1200ccなので、1103ccのドゥカティ・パニガーレV4(S)も申請すれば参戦できるでしょう。SST1100はSST1000と同じSSTクラスのチャンピオンシップを争うのですが、排気量が大きい分性能調整が課せられており、RSV4は最低重量が6kg重く設定されています。

 WSBKでは来年から導入される燃料流量制限によって性能の均衡を図りやすくなり、排気量の異なる車両の間でも互角のレースが可能になると言われています。将来、最大排気量が拡大されればWSBK参戦車両の開発費が抑制されることになるのでヤマハやカワサキの新型発売に道が開かれるかもしれません。YZF-R1の新型は発売されなくてもそれに代わるYZF-R11が、ZX-10R/RRに代わってZX-11R/RRがWSBK参戦車両として登場するかもしれません。

 ドルナはWSBKを主催するようになって以来、何度かレギュレーションを改定してきました。2015年の改造範囲大幅縮小、2018年のレブリミット規制とコンセッションルールの導入はコストダウンが主目的でしたが、副次的にはスーパーバイクのパフォーマンスを抑制し、MotoGPとのラップタイムの接近を阻む目的もあったと考えられます。噂されている通りWSBKの運営がドルナからディスカバリーに移ったとしてもこの流れは大きく変わらないでしょう。FIMのホルヘ・ビエガス会長はMotoGPを2輪ロードレースの頂点であり続けさせるという考えにおいてエスペレータと同調しているからです。なので、最大排気量が拡大されたとしても、車両価格の上限を下げたり、改造範囲を抑制するなどしてスーパーバイクの性能が上がりすぎないようにするはずです。それでもまだスーパーバイクが速くなりすぎるのなら、最終的には燃料流量制限を厳しくするでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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