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呪いをかけたのは本当は誰だったのか 2/小西明日翔「春の呪い」

まさかの実写ドラマ化、というニュースを見て、前半だけ公開して後半をアップしていなかったことに気が付いた。

上記の続き、ネタバレ満載の2です。未読の方にはお勧めしません。



最後まで読み通すと、この物語の根底には複数の呪いが流れていることがわかる。

春の呪い

文字通り春からの呪い。呪いというよりは羨望や嫉妬に近いかもしれない。
為すすべもなくこの世を去らざるを得なかった春の最大の不幸は、19歳で迎えた死よりも、夏美と冬吾の関係を察知した女の勘にある。
特に春という人物造型は、愛されて生きてきた者の典型に近い。そんな人物が、愛した相手に愛されていると信じたまま死ねなかった無念さは、生きている者の想像以上なのだと思う。
個人的に好きなキャラクターではないのだが、死を間近にして愛を奪われた春の孤独や未練を思うと、ただただ気の毒でならない。残りの寿命を使って夏美に呪いを残したとしても、それくらいでは浮かばれない。


家族からの、夏美と冬吾に向けられた呪い

後述する「自分にかけた呪い」ともリンクする。
冬吾は大財閥の分家の末息子、夏美と春は、父親が没落した財閥の血を引いている。冬吾と春の縁談も、家柄ありきでもたらされたものだ。
良家の者としての人物描写は冬吾の母親がステレオタイプかつ強烈だが、夏美の父親も大概である。長女を愛せないなら手放せばいいのにそうしないのは、彼も自分への呪いに縛られているからなのだろう。
ただ、親が、あるいは家が望むように生きよ、という姿勢は、親としてはある意味正しい圧力のかけ方であると思う。押し付けられる側はたまったものではないが、理想の男性や女性を求められるホラー的展開ではなくてまだ良かった。

そんな中、夏美の継母が意外に良心的というか、ニュートラルかつ気負いのない存在で良い。
現在の両親は結婚生活を続けようとしているから譲歩するし合わせられる、と夏美が語る一幕は、彼女が継母と一定の距離を置きつつも人間としてある程度評価していることがうかがえる。
物語終盤、自分なりに姉妹を愛そうとしていた彼女の本心が明らかになる場面は、胸に響いた。


彼らが自分にかけた呪い

一読して私がもっとも強く感じたのがこれだった。
夏美なら、長女である、親から好かれていない、妹のために生きたい(生きなければならない)。
冬吾なら、良家の生まれである、親の敷いたレールを歩かねばならない、あらゆる選択に自由がない。

どれも生育環境による制限のように見えて、実は自分が自身にかけた呪いだというのが正しいのではないかと思う。

物語中、夏美と冬吾が相手の境遇に対し「自由を得ることができる、その力がある」と指摘しあう場面がある。
自分がきつく縛られていると思っていても、外から見ると案外そんなことはない。
つまり、彼らは自分で自分を呪っていることを、そう言われるまで気づけなかったのだ。
こうして春の死をきっかけに少しずつ、彼らが自ら課した鎖がほどけていく。

私は、この物語のテーマを「自分にかけた呪いからの解放と救済」だと感じている。
誰かに助けてもらうのではない。自分で自分の呪いを解く、というところにこそ救済がある。
春にはこの先もずっと呪われたままかもしれない。その思いは一生消えないものであるのだろう。けれど少なくとも、自分がかけていた呪いとは決別できた。それが唯一にして最大の救いではなかろうか。

呪いは自らの内より出でて、内から自分を食い尽くす。
食い尽くされる前に逃れられた彼らの前途に、新たな呪いが生まれないことを祈りたい。

もし自分が死んだらな余談

余談だがとある友人男性にこのマンガを読ませたところ、「冬吾ではなく夏美を連れていくという春の情念がいかにも女だ」という感想をいただいた。
曰く、女は彼氏ではなく彼氏の浮気相手を呪うらしい。

そうかなあ。
私なら相手を連れていくけども。
だって自分が欲しいのは彼氏であって浮気相手じゃないもん。
それに、どうせなら叶わない現世より未知数の来世に賭けると思うんだ。


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