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誰かの蛍になりたい

ネット歴25年以上30年未満。インターネット老人会どころかパソコン通信、草の根BBS時代から通信にどっぷり漬かり、相当量のテキストを電子の海に放流してきた。そのうちの一部はもしかしたらストレージサービスの片隅に埋れているかもしれないが、基本的にはガラス壜に詰めた手紙だと思って探さないことにしている。そもそも、ビジュアル系バンドの歌詞のようだった己の文章を直視できる気がしない。
今でこそなんでも検索できる&アーカイブ化がデフォルトであるが、当時はオンラインで書き込まれたテキストは時間とともに消えてゆくか、探すのにとんでもなく苦労するのが常だった。ゆえに強烈だった言葉は記録ではなく記憶に残り続け、不定期に姿を表しては眼の前をささやかに照らす灯火になる。

「あなたの才能はあなたしか頼るものがいないのだ」という匿名のコメント、

「会ったこともないけれど僕はあなたに生きていてほしい」という淡々とした励まし、

「現実的に考えたら不自然だけど想像すると美しいよね」という感想。

みな、顔も名前も知らない誰かが私のテキストに対して述べてくれた言葉だ。SNSですらないからもうどこにも現存していないし、発した当人もそのことなど覚えていないと思う。けれどそれでいい。知らない誰かが打算も駆け引きもなくただ呟いたことだからこそ、私の暗がりは澄んで、ほのかに明るくなるのだ。

同じように、私が書き流した言葉が、誰かの道を淡く照らす蛍ほどにでも瞬いてくれるなら。
データとして残らなくてもいい。誰かに書き立ててほしいわけでもない。ふと目の前に光を感じる、そんな一瞬を誰かの時間に残せるならば、書いた自分すら忘却するほどの膨大なテキストにも私自身にも、生まれてきた意味があるのかもしれない。

そしてその瞬間、私のテキストは誰かへの手助けではなく、私こそをもっとも救う一条の光となる。


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