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昼も暗かったから明るくなるまで寝るしかなかった。~後編~

前編だよ↓↓

軽快に走るポップの背中を感じながら単車の後ろに座り、私は興奮を抑えることが出来ずに寝る前に必死に考えていたことを口にした。

「あれから考えてたんだけどな。何で冷たい水に濡れている女性の方が色っぽく感じて、お風呂上がりの女性には癒しを感じるのだろうか」

信号待ちの単車の後ろから、ポップに話しかけている。停車していると、ジリジリとアスファルトの熱がマフラーの音と一緒に上がってくる。上を見ればハッキリ見える青と白が暑さを教えてくれている。遠くのクラクションの音すら歪んで聞こえる。

「その答えも俺は知ってる」

策士は何でも知っている、単車に跨がり盛夏を吹っ飛ばしながらも物知りが過ぎる。私は答えを待っていた。単車は青でゆっくり走り出す。熱風なのに思考も飛ばしてくれるような風を創り出す真夏の単車は私にとって、うだつの上がらない現実を吹き飛ばしてくれているようでいて爽快でありがたかった。

何回目かの信号でポップは教えてくれた。

「女性が冷たくして震えて筋肉までも緊張していたら、どう感じる?」

「抱き締めてあげたいな」

「じゃ、女性が温かくて全身リラックスして筋肉までも弛緩してさらに良い香りがしてたらどう感じる?」

「抱き締めて欲しいな」

天才だと思った。そうか、これが外向け内向けの男女の相関関係かと思った。どちらにしてもやっぱり女性は素敵だ。どちら側にも同じ「水」という道具の性質の変化を利用するだけで男である私を優しく操ってくれる。姿形の見え方は同じなのに私には見えない部分を変化させることで、冷たくても温かくとも私を幸せにしてくれる。私は単車の後ろに乗りながら彼女が欲しいなと初めて本気で思っていた。そして、このままでは単車に跨がった妄想族の特攻隊長としてやられっぱなしでとても悔しいので、現実世界とは想定外が起きたときこそ一番輝くということを教えてあげた。

「いいか。一つ聞いてくれ。今から水に濡れた女性を見るだろ?その女性はプールの塩素で髪もゴワゴワになるんだ。帰る前に櫛を入れて丁寧に髪を乾かそうとするが、なぜか夏を疎かにして誤魔化してしまっている気になってしまって、夏に申し訳ない気分になってきてしまうんだ。だから女性は半乾きのまま諦めて洋服だけ着て帰ろうとする。その女性がノーブラなのかは分からない。俺だってノーブラが理想だけどな。ただ、俺が今から話すこの場合に至っては、下着は着けていた方が圧倒的に好ましくなる。必須だ。そして、それを知っているような女性だとしよう。首にタオルを巻いててもいいよ。下はショートパンツにサンダルが良いかも知れない。想像したか?」

「悪くないどころか、むしろ出会いたいね」

ポップは私の想像に追い付いてきた。そして私は取って置きのプレゼントをしてあげた。

「そこで帰ろうとした瞬間に予期せぬ夕立が来たらどうなる?傘なんて持ってないさ。心は濡れる準備をしてないんだ。さっきまであんなにプールで濡れていたのにね。気付いた時には手遅れだ。でもね、その女性はそれすら納得するんだ。それも誰にも葛藤を見せないように一瞬でな。濡れて悲しい素振りを微塵も見せずに、さらに誰にも見せたことのない笑顔になって雨に感謝してしまい、雨を纏うように雨に打たれるだけ打たれるんだ。そしてその女性はゴワゴワの髪を気にするよりも、着ていた洋服をお臍の辺りまで捲りながら力一杯絞っていたらどう思う?」

「好きだ」

「だろ?一瞬で好きに変化しちゃうんだ。こいつはお前にも説明出来ないだろ」

「お前は天才か」

天才に天才と言われながら悪い気がせずに、私達は夕立を願いながら目的地に到着した。

さんざん膨らました妄想を実行に移せないのが私達の可愛いところだ。本物の女性達を目の前にすると見るどころか見れない。想像の何倍もキレイな声を上げて楽しそうに遊ぶ女性の存在を空気だけで感じ、声も掛けられず、そばにいるのに女性から向けられてもいない視線が気になってしまい、ぎこちない会話とぎこちない動きに終始してしまう。黒のゴーグルの中でさえ目線を逸らしてしまう。それが分かっているから目一杯の妄想をして楽しんできただけだった。

こうなることは私達には当然だった。私達は世間に馴染んでいない。そして、自分から馴染もうともしていない。それを理解していた。それでも、それなりに誤魔化して世間を楽しむことが出来ていた。

私は流れるプールで世間の流れに身を任せながら浮かび、真っ黒なゴーグルをつけて空を見ていた。青は黒に変わって耳に浸かる水の音で外界からの音は遮断され、私以外の人達が楽しい時間に流されていて、周りの人達が創り出した楽しい時間に合わせるだけで無力に流されて浮いただけの存在のまま、この流れを変えることも出来ず、そして何も感じずに歳を重ねて終わるのだろうなと浮かびながら寂寥感に襲われていた。

「飛び込むから見ててくんない?」

ポップは10mの飛び込み台を指差した。空の青は青のままで白の飛び込み台は映えていた。このプールで一番目立つ飛び込み台だ。どうして飛び込みたくなったのかは私は知らないが、ポップにはポップの事情がありそうだった。

私は飛び込み台の正面から上を見上げていた。実際に10mの高さを目の前にすると、飛び込めなくなりリタイアして、降りる人もかなりの人数がいた。

監視員が大きく長く笛を吹く、皆の注目が一番上にいるポップに集まっていた。監視員の手が上がり、ポップは勢いよく飛び込んだ。どっかの女性の歓声が上がっていた。

「どうだった?」

私は、誰でも聞きそうなことを聞いて後悔していたが聞きたかった。

「スッキリした」

どうしてか分からないが、その返答が少しだけ嬉しかったのを覚えている。私達は家族連れがシートを敷いて座り込みお弁当を食べているエリアで、どの家族も幸せな空気に包まれているなかで男二人で休憩していた。

どこまでも浮いている気がしていた。

スッキリしたポップが話しかけてきた。

「弁当な、俺作って来たんだよ。食べるか?」

頭の中を整理するのにいっぱいいっぱいだった。なぜ私に手作り弁当なのだろうか。だが、動揺している素振りは見せたくなかった。

「ああ。いいの?食べるよ」

私は、黙々とポップが作ってきたというお弁当のおにぎりを食べていた。頭の中はワケが分からなかった。どうして友人の手作り弁当を食べているのか知りたかった。私が何も聞かないのでポップが切り出してきた。

「俺な、調理師の免許取ろうと思ってる。食べるの好きだし、食べて貰うのも好きだから。専門学校行くわ」

そうか。次に進むのかと。突然現実を提示された。

「玉子焼き、甘くしたから食べてみてよ。甘いやつが好きだって言ってただろ」

昨日の会話も全て伏線か。このイケメン策士が。私の好きな味付けを用意して一人先に進むことを許せというのか。まだ見ぬ彼女にも手料理を作って貰ってもいないのに、他人が私のために作った玉子焼きを初めて食べた。味なんか全然分からなかった。たぶん甘かったのだろうと思うけど、しょっぱいと感じることも出来たと思う。理想の玉子焼きがどんなのかなんて分からなかった。何で妄想の理想の彼女は、こんな場面に頭の中に出てこないのかも分からなかった。そして、どういう対応をポップに見せるのが一番正しいのかが分からなかった。ただ、先に進むと伝えた友人を祝えないのは何よりも嫌だと一瞬で悟っていた。

「お前のこの初めての弁当が、俺にとっても親以外の人から貰った初めての弁当だ。彼女よりも先にお前だ。とんでもないよ。一生言ってやるからな。玉子焼き美味しかったよ。ご馳走さまでした。調理師になったらまた食わせろよ」

進む友人を前にして、私は今後どこに向かってどうやって進むのか全く見えていなかったが、友人の決断は喜べた。当時の私に真っ黒な世界が明るくなる要素は何一つもなかった。どこかこの私の気持ちが渦巻いて空高くまで上がって全てをキレイにする夕立を期待する希望を抱くしかなかった。出来ればキレイな女性と一緒に虹が出て欲しかった。

無職の私が読書に救いを求めるには充分過ぎた出来事だったのかも知れない。ぼんやり道が明るくなるには、ここからさらに数年かかる。

なんのはなしです夏



自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。