王都凱旋〜2021.2.12 NOAH日本武道館大会試合雑感〜

◼️GHCジュニアヘビー級タッグ選手権試合
小川良成&HAYATAvs鈴木鼓太郎&日高郁人

小川良成が上手い!この一言に尽きますね。ロープワークにおけるドロップダウン(腹這い)は相手の足を掬うことを目的とした立派な技なのですが、ある種のお約束、演舞的になりがちなのをしっかりと技として成立させているのは凄く好感が持てます。ちゃんとした"意図"がなければ、踏みつけるし、場合によってはヘッドロックで捕獲する。誤解して欲しくないのは、こうした行いはプロレスのリアリティを保持するためにやっているわけではないということです。プロレスのレスリングとは全て合理性のあるものであり、小川良成のやっているレスリングこそが本来の純然たる意味でのプロ・レスリングなんですよね。一つ一つの局面の中で複数の手筋を並行疾走させつつ、時にフェイント、時にアドリブを交えながら、カチ合った"争点"をズラして、別の場所へとスイッチする。いやあ……今の小川良成は本当に素晴らしいものですよ。最後のフィニッシュもヘッドシザースホールドという、これまた味わい深い、丸め込みではない"押さえ込み"。倒れてからではなく、回転する途中の時点でしっかり相手の足を押さえてコントロールしているんですよね。脱帽です。ピン・フォールとはプロレスにおける最上位の決着であり、謂わば「生殺与奪」なのです。相手の体をしっかりとコントロールしての3カウントはそれほどの重みがありますし、何よりも技術面で相手より明確に上だという何よりの証明です。鈴木鼓太郎から直接取ったというのも色々と示唆的ですよね。そしてこのフィニッシュ……。見終わって気づいたことなのですが、今大会メインの武藤の選んだフィニッシャーを考えると、武藤vs小川良成という、レガシーなアメリカン・プロレス対決も見てみたいなと思ってしまいました。いやはや、小川良成は本当に最高ですよ。

◼️GHCジュニアヘビー級選手権試合
原田大輔vs吉岡世起

現NOAH Jr.の新たな名勝負数え歌です。10分58秒という短時間決着ながら、その中身は非常に濃厚かつスピーディー。特に吉岡のハイスピードなロープワークと蜂の一刺しに等しい鋭い打撃は一級品で、打撃と飛技をここまで高いレベルで融合させてる選手もそうはいないでしょう。王者・原田の懐の深さも素晴らしく、ハイジャック・バックブリーカーからのターンオーバーニーはゾッとしましたね。しかし吉岡の意地も凄まじいもので、原田の攻撃を上書きする形で切れ味の鋭い蹴り技を繰り出していきました。これこそが好勝負に転じた最大の理由で、打撃なら打撃、丸め込みなら丸め込みといった感じで、互いが互いに"同質"の攻撃をぶつけ合うことで短時間ながら一瞬でレッドゾーンに突入したことにあります。後半はやや受けに回った原田が押し切られた印象を受けましたが、逆にそれが初戴冠への野心を燃やす吉岡が勢いそのままに走り切った印象があって、逆転劇の応酬とは違った爽快感のある戴冠劇になりましたね。むしろここからが始まりで、この二人の攻防のさらなる進化、もとい深化を期待します。

◼️タッグマッチ
丸藤正道&秋山準vs清宮海斗&稲村愛輝

古豪vs新鋭ですね。NOAH黄金時代に現役世代が紛れ込んだような、タイムマシーン的な印象さえ受けてしまいました。そうでいながら展開されたのは立派な世代闘争で、とにかく秋山が強かったですね。ガタイがデカく、それでいながら頭が回り、ひたすらに冷酷で冷徹です。ほとんど受けに回らずに一方的に攻め立てる構図は、自身の商品価値というか、この試合におけるニーズをよく理解していますよね。対する清宮&稲村も血気盛んに応じつつ、最後は清宮のタイガースープレックスホールドでピン。まさに激勝であり、清宮の勝った後の充実しきった顔がたまらなかったです。試合後の秋山との会話。いやはや、敵に恵まれるのが潮崎豪なら、清宮は人脈に恵まれていて、見るもの聞くもの触れるもの全てが師匠というのは末恐ろしいものですよ。ただ少し残念だったのが、秋山との邂逅はOB訪問のような印象に終わったことで、もう少し継続して秋山vs清宮を見たかった……と思ってしまいました。まあまだチャンスはあるでしょうが。やったことそのものに価値があり、ここで二人が勝ったことが未来は明るいことの証明である。そんな試合でしたね。

◼️GHCナショナル選手権試合
拳王vs船木誠勝

拳王のUWF探訪も大詰めに入り、武道館で最強最悪の敵とでも言うべき船木誠勝が立ちはだかりました。このタイトルマッチの色はかつての新日を彷彿とさせるような格闘路線でありつつも、NOAHマットで行われていることに意味があり、これをセミファイナルでやれるあたりに今のNOAHの懐の深さがあります。

スタンドでの打撃戦は拳王に分がありましたね。日拳特有のノーモーション突きを応用した張り手、体幹のブレていない軌道の読みにくいミドルキックと、序盤は2度に渡って船木のボディを抉りました。対する船木も顔色一つ変えず、スタンドに付き合わずに即座に組技に移行してグラウンドで拳王に圧力をかけていったのは百戦錬磨ですよね。相手の得意な土壌にわざわざ付き合う必要はなく、むしろそれを潰していくのが本来の意味での戦いです。立てば拳王、寝れば船木という構図は分かりやすいながらも、わりと致命的なポジションを取られていたのもあって拳王はかなり苦しい戦いを強いられました。

特に無言で馬乗りになり、等間隔で打つ拷問のような掌底には背筋が冷えましたね。油断すれば目に指を入れてきそうな怖さがありましたし、そこから隙あらば一瞬の腕ひしぎで躊躇なく極めにいくのも素晴らしかったです。そしてしっかりと相手の脳天を穿つハイブリッドブラスターから、間を置かずに前哨戦で絞め落とした戦慄の裸絞め。ロープブレイクしてもすぐに離さずに意識を落としにかかったあたりに船木の怖さを感じます。最後は掌底合戦になり、前拳降ろし打ちの要領で放った拳王の張り手から、そのまま雄叫びを上げての一瞬のハイ、やや間を置いて船木の張り手を誘発させて背後を取り、さらに切り返そうと肘を出した船木の腕を捉えてのドラゴンスープレックスホールド。かつてKENTAを仕留めた技であり、金剛興行で覇王を仕留めたのもこの拘りの技です。やや唐突に移りつつも、本来の技の一撃性がしっかりと担保された試合であり、拳王にとっては辛勝でありながらも、有言実行の武道館帰還を証明する試合となりました。そして次なる目標はプロレス業界のNo.1。それは打倒新日であり、格闘技のバックボーンのある拳王が語るからこそ説得力があるのです。プロレスリングNOAHの猛追は2021年も止まらないでしょう。

◼️GHCヘビー級選手権試合
潮崎豪vs武藤敬司

武道館大会のメインに相応しい大一番かつ、世代を跨いだ歴史的な一戦です。武藤敬司のネームバリューは凄まじく、それをアテにしての挑戦かという揶揄もありましたが、三沢の永遠の恋人かつライバルである武藤敬司だからこそ、NOAHのこの舞台に立つ資格があるとも言えます。三沢vs武藤は夢の対決ではあるのですが、知らない人のイメージする夢の対決とは少し違ってて、あくまで個人的な印象なのですが、実現しないからこそ夢といった感じでファンは語っていた印象があったんですよね。それが変則的な形とはいえ、2021年の令和時代で実現する。潮崎豪は王座戦というフォーマットに完全特化しているレスラーであり、この適応ぶりはちょっと異常なレベルなんですよね。もちろん、ベルトの無い潮崎に魅力が無いわけではないのですが、GHC王座の防衛戦というフォーマットでの潮崎は他の追随を許しませんし、ここまで王座戦が似合うレスラーも他にいません。そう考えると武藤敬司ブランドという個人商店を丸々提げて来ることで、ようやく相対できるというのが潮崎のヤバさなのですよ。

序盤のグラウンドから武藤劇場の幕開けと思いきや、ここをしっかりと対応して凌いだ潮崎は素晴らしいですね。あまりそうしたイメージは無かったのですが、伊達にGHCで長期政権を築いてはおらず、また武藤敬司にいいように転がされるほどの若さのあるチャンピオンでもありません。対する武藤も、ムタではなく武藤の姿ではやや珍しいアキレス腱固めを多用して潮崎の足へと照準を絞ります。アキレス腱固めはアントニオ猪木が最も得意な技(本人談)であり、新日本プロレスの道場技でもある、新日を感じるルーツのある技なのですよね。そうした香りを纏いつつ、足4の字固めを温存して尚且つそれを予告させる、上手いやり方だと思いました。そして往年の得意技であるローリングソバットや浴びせ蹴りを出しつつ、自分は変わらず「武藤敬司」だということを武道館へと知らしめます。キレは多少鈍っていたとしても、そこから想起するのは武藤敬司の伝説であり、自身が過去の人間であることに対する躊躇が一切ないんですよね。この辺りの割り切り方はまさに怪物的で、使えるものはなんでも使うという強かさも感じました。

対する潮崎も、武藤カラーの試合に対する物怖じは一切なく、今までの防衛戦のように受けに回らず、攻めの姿勢を崩しませんでした。これは今の王座戦モードの潮崎のさらに"先"を感じましたし、相手はレジェンドとはいえ、実質対抗戦のような意識があったのかもしれません。まさかの花道ダッシュからの逆水平という、武藤の見せ場を奪ったのは印象深いシーンでした。その後の手拍子は盛り上げの意だけではない、うずくまった武藤への「煽り」を感じましたし、前半でここは一番心に残りましたね。

しかしながら狡猾かつ老獪な武藤は低空ドロップキックにドラゴンスクリューという黄金パターンでジワジワと潮崎を切り崩しにかかります。執拗なアキレス腱固めからの、伝統技である足4の字固め。武藤vs高田は、もはや説明不要のプロレス近代史に入りますし、今の潮崎が負けるとしたらギブアップ負けは一つの盲点なんですよね。また前哨戦で実際に勝ちをもぎとった技でもあるので、緊張感が一気に走りました。そして人工関節以降、精度と威力の増したシャイニングウィザード。21世期を代表するプロレス技でありながら、この技の面白い所って一撃必倒の価値が尊ばれるプロレス技の中で、珍しく連発が許されている技で、その感覚が当時とても新鮮に映ったのを覚えています。しかしこれで潮崎がやられる印象もなく、持ち前の怪力を活かしてのゴーフラッシャー、リミットブレイクと畳みかけます。そしてムーンサルトはかわされ、そこから武藤必勝パターンの前後からのシャイニングウィザード、照準を合わせてのトドメのシャイニング。しかしギリギリで返す潮崎。武藤ペースの足音を感じながらも、当初武藤が拒否したマラソンマッチの雰囲気も漂ってくるという……。双方ともに手詰まりになったことで、ここからは互いにとって未知の世界であることがひしひしと伝わってきました。

武藤が狙ったエメラルド・フロウジョン。一度目は失敗に終わりますが、気合を入れ直して再度敢行。これはちょっとした愚痴なのですが、昨今は技の失敗に対する目が異様に厳しく、失敗した瞬間に夢から覚めたような妙な空気になるんですよね。その後の行動をリカバリーとする風潮も自分はあまり好きではありません。そうした失敗すら、気合を入れ直して敢行することで、持ち上がらなかった疲労感の"リアル"をしっかりとプロレスに落とし込む。プロレスとはショーではなく戦いであり、戦いである以上、多少のつまづきは逆にリアリティラインの補強になるのですよ。そして武藤のエメラルドは、かつて本人に放った技であり、追悼で放った一発でもある、二人を繋ぐ絆の技です。それでいながら、NOAHに対しての究極の掟破りでもあるという……。挑発ではなく、潮崎を倒せる技としての信頼を感じましたし、何よりそれすら自分のメモリアルに組み込もうとする貪欲ささえ感じました。

圧巻なのはここからです。ムーンサルトプレスの敢行未遂。以前のnoteで実は予想はしていたのですが、とはいえ実際目の当たりにした時の興奮たるや凄まじく、書いたことすらすっかり忘れてTVの前で騒ぎ立てておりました。現地も同じだったようで、コロナ禍であることを忘れてのどよめきが武道館中に響いていましたね。そしてコーナーへと登りますが、トップロープに片足を掛けた時点で思い留まり、逡巡する武藤敬司。この武藤敬司の「葛藤」を一つのシーンとして完成させたことには脱帽です。結局ムーンサルトは未遂に終わり、武藤敬司はコーナーを降りますが、このシーンは一瞬武藤敗北を予期させました。

リック・フレアーはデッドリードライブで落とされることを見せ場としてコーナーに上がっていて、最後の引退試合で逆にダイビングボディアタックを決めましたが、今回の武藤敬司のムーンサルト未遂はこれの逆バージョンのような印象を受けましたね(実際はフレアーは落とされるために上がっていたわけではなく、アックスハンドルやボディアタックと結構技を繰り出していたのですが)あと逆説的に言えば、出さないことで武藤のムーンサルトプレスはより神格化されたというか、齢58歳にして誰も到達したことない完成の境地に至ったとさえ思います。それはさながら、刀を振るい、剣術を極めた武士がやがて刀を抜かないことが武の真髄だと悟るかのように。プロレスを作品として捉える武藤敬司にとって、このムーンサルトは究極の完成品でしょうね。

使っていた技を使えない。一見するとマイナスのイメージがありながら、どうしようもない時の経過という残酷性が際立ってくる。それでいながら、出す気がなくただ上がったわけではなく、シーンとしては間違いなく「出せば勝てていた」場面なのです。それだけに武藤の口惜しさを感じるという、この二人の試合ならではの名シーンでしたね。しかしそんな気も束の間、隙を狙っての串刺しの豪腕ラリアット。そして雪崩式でのゴーフラッシャーを狙いましたが、足を滑らせて武藤は脳天から転落。一瞬ヒヤッとしましたが、逆により死闘を感じてしまったのはプヲタの悪い性ですね……。

ローリングエルボー、ランニング式のエルボーという三沢殺法から、小橋を彷彿とさせるショートレンジ豪腕ラリアット!しかしそれでも肩を上げる武藤敬司。

ならばと潮崎は先程は不発、武藤は未遂に終わった、今宵三度目のムーンサルト。決まるとしたらここかなと思ったのですが、流石にこの技で負けるわけにはいかない武藤敬司はカウント2で返します。対角線から走り込んでの豪腕ラリアットは仁王立ちで耐える武藤。思えばですが、武藤って不思議とラリアットで負けるイメージ無いんですよね。食らってもピンピンしてるというか、かつて小島聡との連戦で嫌というほど受けたノウハウがあったのかもしれないです。しかし潮崎にも意地があり、ならばとロープに飛んで走り込んだ所で、武藤敬司の一瞬のフランケン・シュタイナー!起死回生の奥の手であり、かつて13年前の2008年に、リベンジに燃える中邑真輔を葬った絶技です。当時の武藤敬司は45歳で、あの時ですら、まだ出せるとは思わなかったとファンに言わしめた隠し技。しかしながら58歳でも出すという衝撃たるや凄まじく、チョークに近いコブラクローを付随させ、3カウントが決まった瞬間のLOVEポーズ。GHCヘビー奪取と同時に、武藤敬司の"作品"となりました。いやあ……この武藤一色に塗り替えられる様こそが、もっとも恐れていた光景ではあったのですざ、いざ実際に30分近い激闘で巻かれてしまってはグウの音も出ませんね。3カウントを取られた直後の潮崎の「怒」の感情も凄まじく、形としては傷のつかない丸め込みながら、最終的に全てを持っていかれたが故の悔しさ。ただ、裏を返せば、今の潮崎を止められるのは武藤敬司以外いなかったのかもしれません。

11年振りの武道館大会で武藤敬司が勝利するという「攻め」の姿勢もさることながら、次期挑戦者は清宮海斗で、誰もが予想した武藤敬司超えを、このタイミングでぶつけてくるとは思いませんでした。今のNOAHの凄いところって出し惜しみが一切ないんですよね。そして武藤の年齢もあって、即時陥落もあり得るという緊張感。あやはや、面白くなって参りました。仮想三沢超えとなる丸藤の挑戦も見てみたくはありますし、武藤の防衛ロードは面白そうですよね。

それにしても、58歳のプロレスリングマスターという響きだけ聞けば、まるで仙人のようなイメージがあるのですが、その実びっくりするほどに俗っぽい、世俗から離れるどころか、平気で俗情と結託する……。武藤敬司は天才でありながら、どうしようもない俗物です。58歳の狂い咲き。令和の世に再び蘇るストップ・ザ・武藤の物語。2021年のNOAHにはワクワクしかありません。長くなりましたが今回はここまで。