バンプのメロディ、高田の鼓動。

高校二年の時、同じクラスの裕子ちゃんに恋をした。その子はクラスで一番、いや学年で、いや学校で一番の美人だったと思われる。方や俺はというと
「ちょっと仕込んだオットセイの方が上手いのでは?」
という位に下手クソな野球部補欠のジャガイモ野郎だった。無論、バリバリの童貞。
どれ位の童貞かというと、もし月刊「チェリーボーイ」なる雑誌が発行されたとすれば巻頭グラビア、2万字インタビュー、さらには

「好きな子に意地悪しちゃいそう第一位」
「枕にキスの練習してそう第一位」
「母親にはやたら強気そう第一位」
「透けるワイシャツに鋭い視線第一位」
「プールの授業の時、眼球忙しそう第一位」
「女ってのはさぁ、などと言う事だけは経験豊富そう第一位」
「札束風呂のパワーストーン購入考えてそう第一位」
「唇と乳首の色は同じ、とか信じてそう第一位」
「ティッシュの減りの早さへの弁解として親には年中鼻炎と嘘ついてそう第一位」
「さりげないないボディタッチの筈が結果変態扱いされそう第一位」

等々、読者投票各部門総ナメに間違いであろう逸材だった。そんな俺が学校一番の美人、裕子ちゃんに恋をした。まだ一度も喋った事はないもの、裕子ちゃんの事を考える度、教室で笑顔を見る度、ドキドキした。最早ドキドキを超えてドンドンしていた。「胸が高鳴る」とはこういう事か。
まるで心の中にある巨大な和太鼓をフンドシ一丁の筋肉隆々の眉太の男が力強く叩いている。そんな感じだ。その姿は当時、全盛だった格闘技「PRIDE」の総括本部長を務めた高田延彦そのものだった。裕子ちゃんが近くにいるだけで訪れるその高鳴りは、叫び声を上げたくなる程の衝動を伴い、俺の顔面を真っ赤にさせた。
「ヤバイ、このままじゃ好きなのがバレちゃう。」
そう思った俺は高鳴りをどうにか手懐ける術として、心の中の高田延彦に語り掛けるようになった。
「高田さん。落ち着こう。冷静にならなきゃ勝てるファイトも勝てないぜ。はい深呼吸、深呼吸。」
などと唱える事で、返事もなく中々言うことも聞いてくれない高田延彦ではあったが、少しの気休めにはなった。どうにか裕子ちゃんを振り向かせる術はないだろうか。丸坊主のジャガイモは必死で考え、とりあえず眉毛を整えた。脇毛が凍る程に制汗剤を噴射した。ニキビ予防のクリームを夜な夜な塗りたくった。だが所詮、ジャガイモはジャガイモ。表示が「収穫後」から「出荷前」に変わるだけだった。

思い悩む最中、友人づてに裕子ちゃんがバンプオブチキンの大ファンであるという情報をキャッチした。これはチャンス!!とばかりに即座にバンプオブチキンのCDをTSUTAYAで購入し、聴き狂った。その結果、全曲を歌える事はおろか、メンバーの誕生日、趣味等まで網羅するのバンプマスターになった。最早バンプの五人目のメンバーと言っても過言ではない。しかし、なんせ童貞オブ童貞。その武器を手にしてもなお全く話しかけられずにいた。しかしある夜、ついに思いつく。
「俺に直接話しかける度胸はない。
だが、向こうから話しかけてもらうように仕向ける事は出来るのではないか!これしかない!!」作戦は

教室で裕子ちゃんの後ろを通りかかる

→その際小さな声でバンプの歌を口ずさむ

→その曲はメジャー曲ではなく玄人好みの楽曲

→これによって大ファンである裕子ちゃんは驚く

→裕子ちゃん思わす振り向く

→そこにはジャガイモ顔の俺、しかしバンプの素晴らしいメロディの魔法で新ジャガ位までに洗練されて見える

→裕子ちゃん俺に話しかける

→豊富な知識を駆使し、さらにファン同士という連帯感を使い仲良くなる

→結婚

→マイホーム購入

→妻(裕子)に内緒で台所用品全てにバンプオブキッチンという印を入れるサプライズを敢行

→妻(裕子)感涙。

という流れである。完璧だ。完璧過ぎる。アーネスト・ホーストからミスターパーフェクトの称号を頂きたい位だ。ただし、作戦の初動ともなる歌が下手くそであってはまるで意味がない。逆にバンプ愛を疑われてしまいかねない。


この日から猛特訓が始まった。全てを上手く歌う必要はない、勝負は通り過ぎる一瞬なのだ。なので必然的に

「守るべきものがあればリトルゥブレイバァ~、守るべき人がいればリトルゥブレイバァ~」

という「リトルブレイバー」という曲のサビのみを何度も何度も風呂場で練習する事になった。
夢中の余り長風呂になり、それを毎日続けた。結果

「ねぇ!!あんたの歌声居間まで聞こえてうるさい!しかもブレイバー、ブレイバー、夜な夜な耳元にブレイバーがやってきて寝れないんだけど!サブリミナル半端ないの!もうやめてよ!」

と姉から怒りと懇願が混じった抗議を受けたが、知った事ではない。姉など眠らずとも良い。こちとら上手く事が進めば、我が一族に美人の裕子ちゃんの血が入り、引き継がれるジャガイモ顔の呪いを解けるかもしれないのだ。一族の為だ。姉よ、わかってくれ。そんな事を思いながら練習を続けた。そしてついに決行の日がやって来る。
昼休み裕子ちゃんは椅子に座って本を読んでいる。ちょうど教室に人は少なく、チャンスだ。
高田延彦が小刻みに鼓動を刻む。意を決して俺は歩きだす。何か用事があるような顔で、さりげなく。裕子ちゃんの背中が近づく。そしてついに

「守るべきものがあればリトルゥブレイバァ~、守るべき人がいればリトルゥブレイバァ~」

練習の成果を存分に発揮したメロディが口からこぼれる。

そして裕子ちゃん、振り向く。

「ねぇねぇ、それ、バンプのリトルブレイバーでしょ?もしかしてパンプ好きなの?」

「釣れたァああああ!!」
と叫びリールを巻きまくる内心とは裏腹に

「ああ、そうだよ。裕子ちゃんも好きなの?」

と冷静に切り返し、その後、バンプの引き出しを全て開け、少しの時間ではあるが二人きりで話すことが出来た。そしてその日をキッカケに徐々に仲良くなり「仲のいい友達」という所まで辿りついた。裕子ちゃんは大人しいながらも明るい性格で、彼女が俺に笑顔を向けてくれる度、あたたかい気持ちになった。緊張はほぐれた。でも好きになればなる程に高鳴りは激しくなる一方だった。
心の中の高田延彦は休み無しで彼女が視界にいる限り、俺の真ん中で黙って和太鼓を叩き続けていた。


そんな中、ついに裕子ちゃんとメールアドレスを交換する事が出来た。その夜、嬉々と携帯を握りながら踊った。昨日までは野球付けの野蛮な猿と家族だけで構成されていたアドレス帳が一気に華やかになり、ベッドで横になりながら嬉々と裕子ちゃんのメールアドレスを眺めた。そこには

empty_heart

という単語が記されていた。
いくらアホなジャガイモでもheartは心という意味だと知っていた。さて「empty 」これはどういう意味だろう。部屋で超一流忍者の如く、すっかり気配を消していた英和辞典を開いた。そこには

empty →からっぽ、空虚な

と記してあった。一人部屋の中で愕然とした。
裕子ちゃんの心は空っぽだったんだ。。。あの笑顔は空っぽのハートを隠していたんだ。。。高田延彦が刻む太鼓が鼓動が少しずつ鳴り始めた。

ドンドコドンドコドンドコ。

埋めてあげないと。。。
裕子ちゃんのハートを。。
誰か。。。誰か!!
え?俺か?いやどうやって。
友達として?か、彼氏として?

ドドンコドン!ドドンドコドンッ!ドンドコ!

いらいや、そんなの無理だ!
せっかく仲良くなれたのにこの関係を壊すなんて。

ドドンコドン!ドドンドコドンッ!ドンドコ!ドンドン!


もしフられても気まずくならないような告白はないだろうか。。。
ってか成功する可能性なんかあんのかよ。。
でも。。

ドドンコドン!ドドンドコドン!!ドンドコ!ドンドンッッ!!!
ドンドンッ!!

いや、俺には無理だ。。。
どーせ俺なんて。。。
だけど、俺、俺、俺!!!

ドドンコドン!ドドンドコドン!!ドンドコ!ドンドンッッ!!!
ドンドンッ!!ドンドンドンドンドンドンッ!!!!!

渾身の乱れ打ちの後、一瞬、鼓動が止んだ。その瞬間、高田延彦が和太鼓に背を向け俺を真っ直ぐに見つめ、初めて口を開いた。

「振り絞る勇気、出てこいやぁぁぁあ!!」

その声とその目は、男たるものはどうあるべきか、を雄弁に語っているように思えた。
決めた。
俺、告白する。
好きな気持ちを隠して友達でいるなんてズルい事はやっぱりダメだ。
決意をしたら迷わないうちに、が鉄則。
早速、次の日の放課後、裕子ちゃんを呼び出した。
これから起こる事を推測して、すでに彼女は俯いていた。その時点で何と無く答えは出ているような気がしていたけれど、俺は力一杯の告白した。
全ての想いを伝え切った後、裕子ちゃんは瞳を潤ませて言った。
「滝原君、ありがとう。だけどごめんね。あたし、今は人を好きになれない病気なの。」
帰り道、少し遠回りをして帰った。夏の夕方、吹く風が心地良かった。心の中の和太鼓は姿を消し、高田延彦はその大きな体に似つかわしくない小さなでんでん太鼓をフリフリと力なく振っていた。遠くで犬が吠えていた。
それから俺は
「病気か。病気ならしょうがない。。。。」
と言い聞かせ失恋の痛手から立ち直ろうとしていた。


しかし告白の翌週、まさかのニュースが飛び込む。
「裕子ちゃん、一組のタカヒロと付き合ったらしいぞ!」
耳を疑った。そして、この国の医療の進歩の早さに目を張った。だが後日、彼氏と二人でいる裕子ちゃんの、今迄見たことが無いほどの笑顔を見た時、ただただ、俺がヤブ医者だったんだ、と気付いた。セカンドオピニオンという言葉が一般化する前の話である。学校という狭い世界での恋愛話はすぐにひろまってしまうもので、俺の失恋を聞きつけた友達が数人やってきて励ましの言葉をかけてくれた。
俺はどの言葉も
「うるせー!!俺の気持ちが分かるのは渥美清だけだ!寅さーん!!」
となどと喚き、まともに聞き入れなかった。そんな中、一人の女子が
「おい!滝原!いつまでも凹んでんなよっ!だせーぞ!」
と後ろから背中を叩いた。その子は運動部の女の子でおしとやかな裕子ちゃんとは真逆なボーイッシュな女子だった。
「うるせーな、あっちいけよ!」
と叫んだ。その子はニコニコしながら去っていった。叩かれた背中がやけにじんじんとしていた。
ショートカットもけっこう良いんだな、と思った。
心の中で、高田延彦がバチを掴んだ気配がした。

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