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門司港で好きになる事を好きになった話

生きていると、何もうまくいかないときがある。その時は、何か別のことに熱中して気持ちにホイミをかけていたのだが、それもできない状況が最近来た。自分の趣味も課題も義務も人間関係も、うまくいってないと感じる。それらすべてに共通するしこりがそこにはあった。そんな折、そのしこりを何とか取り除きたいと思った僕は、1人旅に出ることにした。

その行き先が門司港だ。元々、子供のころに何回か来たことはあったのだが、そうはいっても物心つくかつかないかの子供のころの記憶なのであまり覚えていない。だから、旅をするなら行ったことのない場所を好む自分にはうってつけの場所だった。大学の講義をスマホで最小限の音量で垂れ流しながら、電車を乗り継ぐこと約二時間。異郷の地へとたどり着いた。

着いてすぐ目に入ったのは、門司港駅だった。駅舎全体は大正レトロの雰囲気を残しながらも電車の行先表示板は最新のLEDというちょっとしたあべこべ感、何に対してもワクワク感を持てなかった自分が、気が付くと胸躍っていた。そこで記念に撮った一枚が下の写真である。そこで、自分がこういう“ずれ”、“odd things”に対して好感を抱ける変わった人間であることに気づいた。

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しばらく門司港周辺を、海風を浴びながら闊歩した後に小さなカフェに入り、そこでミルクセーキを頼んだ。このドリンクに興味を持ったのは、今やっている朝ドラ“エール”がきっかけだ。あの舞台も大正時代、門司港の雰囲気も大正時代。注文したい気が引き起こされたのはまぁ必然といえば必然か。いざ口にした瞬間、砕けた小さな氷が舌に当たり、甘ったるいのみものという偏見を持っていた自分に小さくパンチをした。何て飲みやすい!もうそのまま一気飲みしてしまいたい!

そうしてしまえば、楽しい時間が一瞬で過ぎてしまうじゃないか。自分にブレーキをかけ、ゆっくりと飲み干した。手元に星野源のエッセイ“いのちの車窓から”があったおかげだ。この随筆を読むことに集中したおかげで、内容もしっかり理解することができ、さらにはミルクセーキの甘さをいつまでも感じることができた。

この空間が好き、何もかもほうり出して明後日には終わってしまう自分だけの旅、でも終わりまでは力を入れずに好きなことができる。それが一人旅の醍醐味だ。

好きなことは何ですかと聞かれて、私はジャンルしか考えていなかったことに気づかされる。音楽が好きです、スポーツが好きです、ありきたりなジャンルを好きといっている自分がなんともつまらないと感じていたし、これくらい広い風呂敷を掲げれば共通項も見つけやすいし人ととりあえず話ができるなとも思っていた。

でも、星野源さんのエッセイを読んだおかげで“スキ”を正しく見ようと思った。

駅舎と行き先表示板のあべこべ感、ミルクセーキ、星野源さんの文章。ここまで書いたものは具体的すぎる、でも自分が誰かに語りたい、共感したくなる好きなことだ。誰かと話を合わすためにぼかしていた好きなこと、だれかに自分を知ってもらうために語りたい好きなこと。どちらも同じ性質を持っていながら裏に潜まれた熱意は段違いだ。

好きだという熱意を誰かに伝えれば伝えるほど、自分にのっぺり広がるしこりもほぐれる。そう確信した。

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