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自分の色

幼いころから絵を描くことが好きだった。
自由帳に隙間なく絵を描いてきた。飽き性で影響受けやすい性格のわたしだが、描くことだけはずっと好きで続いている。人より少し得意なこと。そう思ってた。食べるのも忘れるくらい夢中になるとか、そんなことはない。ただ、人よりも少し好きで、得意なだけ。自分の個性だなんて思っていなかった。ましてや趣味でもない、ストレス発散でもない。だって今では描くたびに自分の下手さに頭を抱えているから。

インスタグラムのおかげで絵を描くことが以前よりも身近になった。すぐに人に見てもらえるうえに、一度ハッシュタグで#イラストなんて調べてみるとすぐにいろんな人の絵を見ることができる(Twitterでもできたのだが、あまり見たことがなかった)。一度、以前コミックエッセイをインスタで描いていたとき、改めて描く楽しさ、見てもらえる面白さを実感した。プロでもないわたしの拙い絵に「かわいい」「すき」という感謝極まりないお言葉をくださる方々もいて、自分の色が出せていたような気がした。そこにわたしは存在していたのだと思う。でも、コミックエッセイを辞め、改めて絵を描こうとしたとき、その"評価"を何よりも気にするようになっていた。投稿する度に「どれくらいいいねをもらえるだろうか」「このイラストは好きかな」そんなことを考えていた。そして、他のアカウントの方たちのイラストを見て、嫉妬し羨望した。なんでこんな風に描けるんだろう。どうしたらこんなアイデアが出てくるんだろう。そんな風に考えるようになって、絵に対して"楽しい"ものと感じなくなってしまった。

楽しかったものが楽しくなくなってきた。そんな自分にさえ変化を感じていなかった。眉間にシワを寄せながら背中を丸め、絵を描くわたしに母が言った。
「前みたいに笑って描かへんの?」
口をぽかんと開けているわたしに母は続けた。
「前のときは楽しそうに描いてたやん?にこにこしてた。見てて楽しいんやなぁって思ってたけど、今はこわい顔してたから」
こわい顔。自分が楽しむために書いていた絵を、自分で苦しめていたことに気付かされた。人の評価を気にしてばかりで、まず最初に見る自分が楽しんでいなかった。"楽しむ"って強い。

見てもらえたらそりゃ嬉しい。
嬉しい言葉をもらえたら幸せな気持ちになる。
そのためにも、自分を楽しませることが大切なんだ。そう気づいたから、もっと絵を描くことを続けていこう。
そして今はまだわからない自分の色をいつか実感できたらいいな。

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25歳。京都で働きたい。
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