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セルフジャッジ論考

しばらく研究関連のエントリーに偏りがちでしたが、今回はフライングディスクに関するエントリーです。先日、日本サッカー協会(JFA)から「アルティメットの試合における"セルフジャッジ"について詳しく知りたい」というオファーを頂きまして、そのご説明と意見交換に行ってまいりました。このエントリーでは、その意見交換の内容とセルフジャッジに関する考察についてまとめたいと思います。

19世紀のサッカーと21世紀のアルティメットの共通点

19世紀のサッカーの試合では、対戦する両チームから選手兼審判を1人ずつ任命し、彼らのジャッジによって試合が進められていました。しかし、競技規模が拡大するにつれて完全に第三者としての審判を望む声が大きくなり、現在のような審判3人体制となったそうです。

アルティメットは元来よりセルフジャッジ制を採用してきましたが、アメリカに目を向けると、プロリーグ(AUDL、MLU)では審判制が採用されているほか、北米選手権では「オブザーバー」という審判に似たスタッフが置かれています。また、世界連盟主催の国際大会には「ゲームアドバイザー」という、これまた審判に似たスタッフが置かれるようになりました。審判(レフェリー)、オブザーバー、ゲームアドバイザーの立ち位置を整理すると以下のようになります。

このように、近年プレイに関する最終判断を選手ではない第三者(オブザーバー、レフェリー)や最終判断のサポートを行う第三者(ゲームアドバイザー)を配置する流れが出てきており、アルティメットも19世紀のサッカーと同様に「ジャッジのあり方」の過渡期を迎えているのではないでしょうか。ちなみに、2019年に行われた世界フライングディスク連盟(WFDF)の調査では、「トップレベルの大会ではどこまでセルフジャッジを尊重するのが良いか?」という問いに対して以下のような回答結果が出ています。

b. ゲームアドバイザーを配置する 50.5%
c. オブザーバーを配置する    20.5%
a. 選手以外の第三者は配置しない 17.7%
e. レフェリーを配置する       0.8%

この結果から、2019年時点では「選手が最終判断権を持つのが良い」と考えている競技者が7割以上(b+c)いるということがわかります。ただし、この調査の回答者全数の6割以上を27歳以下の回答者が占めているということに留意が必要です。

※調査結果が掲載されているページを探したのですが削除されているようでした。なぜでしょう…。

セルフジャッジをめぐる論点

アルティメットの試合におけるセルフジャッジを議論する際の論点として、私は"アルティメットの商業スポーツ化"が重要であると考えています。なぜなら、上述の調査で多くのアルティメット競技者の支持を得ているゲームアドバイザーが誕生した背景に、アルティメットの商業スポーツ化があるからです。

WFDFはアルティメットのオリンピック種目入りを目指していますが、そのために乗り越えなければならない壁として、"観客への体験価値の向上"があります。アルティメットはセルフジャッジであるがゆえ、反則に対してジャッジが下るまで試合を中断して当事者同士で話し合いをしなければなりません。その中断時間が長くなることに対して、国際オリンピック委員会(IOC)が懸念を示したそうです。反則が起こるたびに試合を数分間中断してしまったら観客としては退屈になるのも理解できますし、それをIOCが嫌がるのも納得できます。

このような課題を解決するため、WFDFでは様々な検討がなされたそうです。他の競技と同様にレフェリーを配置すれば、この問題は瞬時に解決できますし、とても簡単です。しかし、アルティメットの根幹、競技としての価値は"スピリット・オブ・ザ・ゲームに基づくセルフジャッジ"です。かくして観客にとっての面白さ(商業的価値)と競技そのものの価値とを天秤にかけた結果導き出された答えが"ゲームアドバイザー"なのです。

ゲームアドバイザーは選手のジャッジをサポートする役割を持っていますが、あくまで最終判断権は選手にあるため、セルフジャッジは担保されます。その一方で、第三者として話し合いに参加して円滑なジャッジを促したり、時間管理を行ったりすることで試合の円滑化に貢献します。つまり、ゲームアドバイザーはセルフジャッジをサポートする観客の体験価値を損なわないように試合を円滑に進行するという2つの役割を担っているのです。

説明が長くなりましたが、ゲームアドバイザーの誕生の背景にはアルティメットの商業スポーツ化があり、セルフジャッジとアルティメットの商業スポーツ化は切っても切れない関係にあるわけです。今後、商業スポーツ化に大きく舵を切っていくとなれば、きっとコートサイドに"プレイに関する最終判断権を持った誰か"が立つことになるでしょう。このように、競技の"文化"や"美学"の域に留まらず、"資本主義"という視点からの議論も重要性を持つという点は、アルティメットにおけるセルフジャッジの興味深さの1つではないでしょうか。

アルティメットが向かう先

JFAのある方からは、「19世紀のサッカーのように審判制が採用されることなく、現状のまま、ゲームアドバイザーという仕組みを活用しながら競技の発展とセルフジャッジを両立してほしい。そこから我々が学ぶことがたくさんあると思う。」とのお言葉を頂きました。私も、アルティメットはこれからもセルフジャッジのスポーツであり続けてほしいと思っています。アルティメットの競技の価値はセルフジャッジと、その基盤にあるスピリット・オブ・ザ・ゲームです。これは他の競技には無い特性であり、近年スポーツ界で何かと話題になっているフェアプレイの文脈で大きな優位性をもたらしています。

しかしながら、ゲームアドバイザーではなくオブザーバーの方が良いと考えている競技者も一定数います。また、噂に聞くところではヨーロッパではゲームアドバイザー肯定派と反対派が目に見えて対立しているようで、まだまだ議論の余地がありそうです。残念ながら私には世界のアルティメットを動かす力はありませんが、世界ランキングの上位に位置する国の競技関係者として、これからも日本のアルティメット界でセルフジャッジに関する議論を積み重ねていきたいと思います。

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