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はじまり [1994年3月] (001)
「ヒツジ飼いにならないかい」
ぼくがカミサンにそう云ったのは、1994年3月のことだ。
北の地は、まだ歩道の片隅に黒い塊となった雪が少々残っていたものの、日増しに暖かくなってきていた。その日も春を迎える細かな雨が、明るい空から降り注いでいた。
「ナニソレ?」
確かに「ナニソレ?」と、言いたくなるのも無理はない。久しぶりの互いの休日、二人は実家のある小樽に遊びに来て、雨の中、連れ出さ
出発直前 — 東京 [1995年3月] (002)
「ガキッ」
歯が欠けた。
正確には、詰めモノの金属がガムを噛んでいて突然壊れたのである。場所は東京渋谷、センター街の交差点。ニュージーランドに向けて出発する二日前のことだ。
「ヒツジ飼いにならないかい」と言い出してから一年経っていた。ぼくらはお金を貯め、英会話を習い、ニュージーランドの資料を集めた。仕事はもちろん辞めた。ぼくは辞めさせられたのかしれない。
「ニュージーランドに行くつも
APRIL — Auckland [1995年4月-1] (003)
オークランドの秋は、イースターから始まる。
明け方、窓を激しく打ち付けた雨は、何事もなかったかのように晴れ上がっていた。それにしても雨の降る日が多く、朝晩はセーターの一枚も欲しくなるほど肌寒い。そのクセ、昼間は真っ青な空からジリジリとした強力な陽射しが降り注ぐ。気分的には爽快であるが、三十代間近のカミサンは、
「日焼けして、シミになっちゃう」
と嘆き、大量の日焼け止めクリームを毎朝せっせ
APRIL — Auckland [1995年4月-2] (004)
さて、イースター休日も三日目。
この日も休日のため、ここのバス路線は全て運休。その代わり、乗り合いワゴンタクシーがバスと同じ路線を走っている。乗り降りはバス停でする。乗るとき行き先を告げ、降りるとき声をかける。「次はグレンフィールド前」などのアナウンスは、普通のバスでもないので、当然このミニバスにもない。なので、降りるときが肝心である。降りるべき場所、特にひとつ前のバス停をしっかり覚えてない
APRIL — Auckland [1995年4月-3] (005)
海からオークランドを眺めてみると、
「やっぱり、だいとしなんだなぁ」
と改めてわかる。ニュージーランドの約三分の一の人々がこの街で暮らしている。といっても百万弱。札幌(百八十万人・1996年当時)より少ない。レベッカに日本の人口を教えると顔をしかめる。誰もがする反応だ。きっと想像がつかないのだろう。
「オークランドの交通事情は最悪。これはこの国の大問題なのよ」
ワイヘケ島でシーカヤック
MAY — Auckland [1995年5月-1] (006)
秋雨の降る日が増えはじめる。
椿の蕾がふっくらと膨らみ、楓や白樺の葉が色付きだした。
「秋だよねぇ」
と、かみさんが小首を傾げながら呟く。
それもそのはず、どうにもピンとこないのだ。それはここが南半球の所為だけではないだろう。ここの樹木は白樺やプラタナスに交じって、ニカウパームのような南方(北方?)系のモノや、松などの針葉樹が乱立し、リンゴやオレンジ、レモンがたわわに実っている。それは