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AIと「人狼」ができる日はくるか?

「人狼知能」をご存知でしょうか。「人狼」は根強いファンをもつパーティーゲームですが、その人狼をプレイする人工知能(AI)のことです。人狼知能は、チェスAIや将棋AIに次ぐ「グランドチャレンジ」として構想され、プログラマたちが腕を競う「人狼知能大会」が毎年開催されています。

人狼知能プロジェクト:http://aiwolf.org/

人狼知能を扱う書籍としては、下記の2冊が出ています。

『人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能』(鳥海不二夫、片上大輔、大澤博隆、稲葉通将、篠田孝祐、狩野芳伸 著)森北出版、2015年

『人狼知能で学ぶAIプログラミング ~欺瞞・推理・会話で不完全情報ゲームを戦う人工知能の作り方~』(狩野芳伸、大槻恭士、園田亜斗夢、中田洋平、箕輪峻、鳥海不二夫 著、人狼知能プロジェクト 監修)マイナビ出版、2017年 http://aiwolf.org/archives/1503

人間がAIと違和感なく人狼をプレイできるようになる日はくるのでしょうか。研究者たちは、どのような道筋で「人狼知能」をつくろうとしているのでしょうか。以下は、当社刊『人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能』からの抜粋です。

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人狼知能の実現に向けて

著:鳥海不二夫、片上大輔、大澤博隆、稲葉通将、篠田孝祐、狩野芳伸

人狼知能研究・開発のロードマップ
人狼知能プロジェクトは、人狼ゲームをプレイする人工知能の構築を目指す。最終的には、人間と対面でプレイができる人工知能を実現して、人とAIがともにゲームを楽しめることが目標となる。そのためには、私たちが対面で人工知能と対戦をしたときに「違和感」をもたないような環境を構築する必要がある。では、そのような違和感のない人狼知能を実現するのに、今後必要な技術とは何だろうか。

図は、筆者らの思い描く人狼知能プロジェクトが進むべき道筋を示したロードマップである。

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図:人狼知能プロジェクトのロードマップ

現在の人狼知能は、身体をもたないソフトウェアプログラムとしてのエージェント(ソフトウェアエージェント)を想定している。そのため、当面は、人狼ゲームにおいてプレイヤーが行う情報処理としての「知能」の側面に焦点を当てた実装が中心になる。具体的には、ゲームにかかわる知識、判断をどのように行うのかをモデル化した「認知モデル」の実装が課題となる。そのために、人間のゲームのプレイデータの分析を行うことで「どのような手が有効か」や「対戦相手のどのような行動に注目すべきか」といった知識を獲得したり、エージェントの実装の支援となるゲームフレームやライブラリを開発したりする取り組みを進めたいと考えている。

また、「認知モデル」の前処理として、自然言語への対応が重要な課題として存在する。現時点では、汎用的な自然言語処理手法は確立していない。そのため、コンピュータで処理しやすい形式で発話を記述できる人狼知能プロトコルを設けることで対応している。だが、私たちが人狼ゲームをプレイする場合、発言内容に対する制約はなく、自由にやりとりが行われる。そのため、将来的にはエージェントは自然言語で会話ができるようになることが求められる。

さらに、対戦環境として、ヘッドマウントディスプレイなどを通してバーチャルなエージェントと対戦することも考えられるが、バーチャルな対戦は必ずしも「違和感のない」自然な対戦とは言えない。そのため、最終的な目標を達成するためには、現実の(リアルな)環境で動作するエージェント(リアルエージェント)をつくるという課題が存在し、そこでは人とロボットとのインタラクションにかかわるさまざまな技術が必要となる。

ただし、これらの課題はそれぞれが複雑に関係している。たとえば、自然言語が実現されることで可能となる情報処理もあり、リアルエージェントが実現されることで可能となる情報処理があるだろう。そのため、必ずしもここで述べた順序どおりに取り組まなければいけないわけではない。

人狼知能のための認知モデル
人狼知能実現のためには、それが人工知能として作成可能であるかどうかを検討する必要がある。具体的には、既存の人工知能技術を用いて人狼ゲームをプレイする人工知能を本当にプログラムできるのかを検討して、プログラムできるならばどのような要素技術を使えばよいのかを洗い出す必要がある。

人狼ゲームをプレイするエージェントをプログラムすることが可能かを検討するにあたり、まずは、人狼ゲームをプレイする人の思考や推論の仕方がどのような手順になっているのかを分析してみよう。人狼ゲームのプレイヤーの行動を分析する方法には、コミュニケーションの内容に着目して分析する方法や、心理状態に着目して分析する方法などが考えられるが、本書では、プレイヤーの行動をプログラムすることを前提としているため、人狼ゲームをプレイする人間が実際にどのように情報を処理して知識を活用して思考しているのかに着目し、プレイヤーの行動を認知モデルとして捉え直す。ただし、認知モデルとは情報処理の流れを抽象化して実装が可能か検証するためのものであるため、それを実際に人工知能として実現するには具体的な思考ルーチンを設計してそれに合わせた技術を準備する必要がある。認知モデルを構築することで、その情報処理のプロセスが可視化され必要な情報処理が明確になるとともに、その情報処理における仮説の検証や再設計をやりやすくなるという利点がある。

このような認知モデルの構築は、人狼知能実現の前準備として必須だろう。人狼知能のための認知モデルについては、第4章で詳しく説明する。

人間どうしによるプレイの解析
認知モデルにもとづいて人狼知能を設計することによって、人工知能による人狼ゲームのプレイが可能であると判断できれば、次に問題となるのは、単にプレイするだけでなく、いかにうまくプレイするかということだろう。そのために、人狼とはどのようなゲームであり、どのような行動が可能でどの行動を選択することが有利なのかなどを明らかにする必要がある。

これには、人間どうしによる人狼ゲームのプレイが参考になる。幸いなことに、人狼にはBBS型とよばれるWeb上で行われるゲームが多数存在し、そのプレイの記録はログとして残されている。

これらゲームログを分析することで、たとえば人狼ゲームは運ゲー(※)にすぎないのか、それとも経験によって学ぶことができるゲームなのかを明らかにすることができる。さらに、人狼知能を作成するうえで参考になるような情報を得ることもできるだろう。たとえば、どの役職についたプレイヤーが勝利に貢献しているかを明らかにすることで、人狼知能にとっての戦略構築の指針になると期待される。これについては、第5章で詳しく説明する。

※じゃんけんのように運だけで決まってしまうゲーム。

人狼知能の構築
人狼知能のための認知モデルをつくりゲームの分析を十分に行えば、人間とまともに対戦ができる人狼知能がすぐに実現できるかと言えば、必ずしもそんなことはない。どのような手法やモデルが適しているのかを検討し、人間のデータと照らし合わせることで、人間らしいプレイができているかどうかを確認する必要がある。さらに、他の人狼知能とゲームをプレイさせ、協調的なプレイができるのか、他の人狼知能の嘘を見抜くことができるのか、といったことを確認する必要がある。

このように、人狼ゲームをうまくプレイする人工知能を実現するには、一体の人工知能を作成するだけでは不十分である。多くの人狼知能を開発し、未知の人狼知能とも協調できるのか、嘘を見抜けるのかを確認しなければならない。そのためには、試さなくてはならないことが膨大にあり、1人の開発者にはとても手に負えない。多くの開発者が参加し、お互いの人狼知能を競わせることが、より高度な人狼知能の実現への近道となる。そこで、筆者らはグランドチャレンジの考えにもとづき、人狼知能どうしを競わせる場として、人狼知能大会の開催を行っている。このような大会を継続し、徐々に難しい問題を取り込んでいくことによって、目指すべき人狼知能に近づけていく予定である。人狼知能大会については第6章にて詳しく説明する。

人狼知能エージェントの構築
人狼ゲームは、単に思考ができる人工知能がいればプレイできるというものではない。最終的に人間と自然な形で人狼をプレイさせるのであれば、人工知能を搭載したゲームをプレイする代理人、すなわちエージェントを構築する必要がある。

人狼知能エージェント実現に必要な技術には、以下のようなものがあるだろう。

・画像認識(話者特定、表情からの類推)
人間が視覚から得た情報を、エージェントが人間と同様に理解するためには、画像認識の技術が必要である。「誰がしゃべっているのかを判断する」といった基本的な課題は、近年の認識技術の向上やマルチモーダルな情報処理により、ある程度実現の可能性がみえている。より複雑な視覚情報の活用には、さらに、他のプレイヤーの目線やしぐさからそのプレイヤーの発言の信頼度を判定することなどが必要になるだろう。単に嘘をついているかどうかを「判断する(見抜く)」だけではなく、「このプレイヤーはこの発言に興味ない」というような、繊細な人間がもつ「勘」に相当する判断を画像から取得することを目指すならば、解くべき問題は多い。

・音声対話処理
対面で人間と対戦を行う場合には、自分以外のプレイヤーが話している内容を聞き取ったうえで、それが自分に向けられた発話かどうかを判断する必要がある。とくに、同時に複数のプレイヤーが発言した際は、言葉を情報へと変換しながら、それが誰から誰に向けられた発話であるのかなども同時に判別する必要がある。これらの技術は、音声対話技術の発展によって今後実現されていくと考えられる。

・自然言語処理(意味理解)
人狼ゲームをプレイするには、音声対話技術によって得られた言語情報の内容を理解する必要がある。自然言語のままでエージェントの情報処理ができれば理想的だが、そのような言語処理技術はまだ存在しない。そこで当面は、発言内容を限定したうえで、言語情報を人狼知能プロトコルに変換することで機械的な処理を行うのが現実的だと考えられる。この人狼知能プロトコルによりコミュニケーションの範囲は限定されることになるが、今後人狼知能プロトコルの発言の自由度を高める方向で拡張することで、ある程度の表現は可能だと考えている。人狼知能で使われる自然言語処理については、7.2節で詳しく述べる。

・推論・行動決定
人狼をプレイする際には、「誰が人狼か」、「次にどう行動すべきか」など、得られた情報から、直接知りえないゲームの本当の状態を推定したうえで、次に行うべき行動を決定する。人狼ゲームは、将棋や囲碁のような完全情報ゲームではないため、状況をゲーム木で表現して盤面評価や探索の高速化を競うなどといったことはできない。状況の定義の仕方によってはモンテカルロ木探索とみなしてエージェントの行動を決定することは不可能ではないかもしれないが、人狼ゲームにおいてはむしろ、他者との関係性をどのように捉え評価するのかという、社会的な推論や行動決定に関する研究開発が中心になると考えられる。

自然言語処理(発話生成)
人狼ゲームにおいては自分がどのような行動をとるかの意思表示が重要である。その際、行動のパターンが決まっていれば、それに応じて決められた発話を利用することで、とりあえずの発話生成は可能である。しかし、将来的な目標である、楽しませる人狼ゲームや魅せる人狼ゲームを実現するためには、単に情報を文字に置き換えただけの決められた発話を行うのではなく、微妙なニュアンスや感情を含めた発話を行う言語情報を生成する技術が求められるだろう。

・音声出力
つくられた発話を音声として出力する技術も必要となる。人間とのコミュニケーションのための音声技術には、単なる言語情報を音に置き換えるだけではなく、発話意図に応じた抑揚や間の取り方などが求められる。これは、音声合成技術の発展によって実現していくだろう。

・表情作成(リアルなプレイのために)
人狼知能エージェントは、単に強いことだけを求められているわけではない。楽しませる、あるいは魅せる人狼を実現するためには、たとえ弱くなったとしても「それっぽい」表情やしぐさを行う必要がある。より自然な行動を行うことによって、プレイしている側や見ている側が怪しさを感じ、人狼を当てることができるようになる、といったことが期待される。隠そうしている秘密を暴くことは快感である。プレイヤーや観客にそのようなカタルシスを提供するためには、リアルな表情やしぐさの作成が必要不可欠である。

エージェント技術の開発については第7章で詳しく説明する。

これらの技術はいずれも人狼知能エージェントに実現には欠かせないが、現在は記号化されたゲーム環境内での推論・行動決定について主に研究開発が進められている。今後、自然言語処理→音声認識→表情理解・作成という順番で技術が実現されていくと期待される。

出典:『人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能』第3章

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『人狼知能:だます・見破る・説得する人工知能』

◆AIの次なるチャレンジは「人狼」だ!◆
コンピュータを相手に人狼ゲームを楽しめる日はくるのか……?
「人狼知能大会」等で注目されるプロジェクト発の解説書。

村人にまぎれた人狼は誰か? 誰が嘘をついているのか? 自分の嘘がバレないようにどう取り繕うか? 「だます」「見破る」「説得する」といった、人間ならではのコミュニケーションが戦略の鍵を握る人狼ゲーム。将棋・囲碁・早押しクイズなどとはまったく異なる、「社会的知性」を要求するこのゲームに、いま人工知能の研究者が着目しています。人狼をプレイするAIシステム(=人狼知能)はどのように実現でき、そして、どのように実社会で活かせるのでしょうか。

本書では、人狼ゲームを研究する意義・方法だけでなく、詳細な分析を通して見えてくる「そもそも人狼とはどのようなゲームなのか」についても詳しく説明。人狼ゲームの愛好家のあなたにも、きっと新しい発見があるはずです。また、認知モデル構築・自然言語処理・エージェントロボットの開発など、多岐にわたる研究プロジェクトの全貌を紹介していきます。

【目次】
第1章 人狼知能とは何か?
第2章 人狼ゲーム概説
第3章 人狼知能の実現に向けて
第4章 人狼知能のための認知モデル
第5章 人間どうしによるプレイの解析
第6章 集合知による人狼知能の構築~人狼知能大会
第7章 人狼知能エージェントの構築
第8章 人狼知能が拓く未来

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