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モノイダル圏による新しい「量子力学の数学的基礎」――【近刊紹介】『圏論的量子力学』(Chris Heunen、Jamie Vicary著)

2021年8月下旬発行予定の新刊書籍、『圏論的量子力学』のご紹介です。


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『量子力学の数学的基礎』といえば、20世紀の初めにフォン・ノイマンが著した書籍として有名です。そこでは、シュレーディンガーによって提唱された波動力学とハイゼンベルクらによって提唱された行列力学が、ヒルベルト空間の言葉で統一されました。それから100年近くが経った現在でも、量子論の数学的言語=ヒルベルト空間として認知されていて、盛んに研究がされています。

近年では実験技術の向上に伴って、量子テレポーテーションや量子計算といったテーマが注目を集めていますが、このような複雑な量子プロセスを考えるときには、単一の系の振る舞いを見るのではなく、複数の系が集まった複合系を扱う必要があります。その取り扱いにおいて、ヒルベルト空間よりも適したアプローチとして21世紀の初めに提唱されたのが、圏論に基づいた「圏論的量子力学(categorical quantum mechanics)」です。

本書では、圏論的量子力学の主役となるモノイダル圏の基礎理論から始めて、徐々に高度な数学的道具を導入しながら、量子測定や量子テレポーテーションといった量子論の概念を記述していきます。非常に抽象的な理論が構築されるため、古典的な振る舞いをするものと量子的な振る舞いをするものを、同じ枠組みで扱うことができます。たとえば、量子テレポーテーションと同じ枠組みを別の圏に適用すれば、ワンタイムパッド暗号が得られます。いままでになかった目線で量子論を理解することができる、画期的な一冊です。

森北出版では、今年1月に『圏論的量子力学入門』(ボブ・クック、アレクス・キッシンジャー 著)という書籍を発行しました(noteの記事はこちら)。本書『圏論的量子力学』は、それと同様の題材を相補的な切り口で解説したものになります。原著者による序文でも、次のように述べられています。

ボブ・クックに触発されなかったら,本書は存在しなかっただろう.本書の執筆に着手してから発刊までの間に,クックとアレクス・キッシンジャーは,異なる読者層を対象とするが同じような題材を扱う書籍(『圏論的量子力学入門』)を書いた.
――『圏論的量子力学』「序」より

『圏論的量子力学入門』では、モノイダル圏の内容は表に出ず、あくまで「箱」と「線」からなる図式で理論が作られていました。そのため、圏論の知識がなくとも読み進めることができます。対して『圏論的量子力学』では、最初から最後までモノイダル圏の理論として解説が進みます。そのため、数学の理論としてしっかりと学ぶことができます。同じテーマをまったく異なる目線から学ぶことで、さらに理解が深まるものと期待しています。

ぜひ一度、手に取ってみてください。


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圏論的量子力学
https://www.morikita.co.jp/books/mid/015721

原著:Chris Heunen(エジンバラ大) Jamie Vicary(ケンブリッジ大)
訳:川辺治之(日本ユニシス株式会社総合技術研究所)


【目次】

はじめに

第0章 基礎知識
 0.1 圏論
 0.2 ヒルベルト空間
 0.3 量子情報

第1章 モノイダル圏
 1.1 モノイダル構造
 1.2 組み替え同型写像と対称同型写像
 1.3 コヒーレンス

第2章 線形構造
 2.1 スカラー
 2.2 重ね合わせ
 2.3 ダガー
 2.4 測定

第3章 双対対象
 3.1 双対対象
 3.2 テレポーテーション
 3.3 線形構造との相互作用
 3.4 旋回性

第4章 モノイドとコモノイド
 4.1 モノイドとコモノイド
 4.2 一様複写と一様削除
 4.3 積

第5章 フロベニウス構造
 5.1 フロベニウス構造
 5.2 正規形
 5.3 フロベニウス則の妥当性
 5.4 分類
 5.5 位相
 5.6 加群

第6章 相補性
 6.1 相補的構造
 6.2 ドイチェ–ジョザのアルゴリズム
 6.3 双代数
 6.4 量子ビットゲート
 6.5 ZX計算

第7章 完全正値性
 7.1 完全正写像
 7.2 完全正写像の圏
 7.3 古典的構造
 7.4 量子構造
 7.5 デコヒーレンス
 7.6 線形構造との相互作用

第8章 モノイダル2圏
 8.1 モノイダル2圏
 8.2 2ヒルベルト空間
 8.3 量子手続き

参考文献
索引


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