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【今を生きる】と【今いる場所を守る】の身体位置の違いから見る、ありたい姿

今を生きる

このように生きることが良いとされ、多くの人が【今を生きる】ということを、様々な面で実践しようとしているものと思います。或いは、実践するものではない、ということも言えますが、【今を生きる】ということは、意識的であるかどうかは別にしても、経験を通して至る無意識的なポジショニングでもあります。

ここでは、【今を生きる】ための考え方や、捉え方、実践の方法を書くのではなく、その状態がどういうものであるのかということについて、【今いる場所を守る】という立ち位置と比較しながら考えてみたいと思います。

今を生きるためには、

自分の感覚に目を向け、外から入ってくる情報が自分にとって、どのようなものなのかということについて、自分の価値観自体をも振り返りながら、今目の前にあるものに対して相対することになります。(地点Aとする)

今いる場所を守るということは、

今いる場所(地点A)の真上ではなく、地点Aの外に自分がいて、地点Aの様々な立場や条件を守るという軸(価値基準)が生まれ、自分自身の美意識や、価値観が外にあることを意味します。しかも地点Aは今までの出来事からなる場所であるので、基本的には地点Bから過去を向いていることになります。

地点Bは未来が後ろにある

今ある場所を守るためだけに行動をし過ぎると、未来が見えにくくなります。それは、もちろん結果的なものではありますが、それは何故かと言うと、自分自身の夢や、目指したい世界を実現するための価値観や美意識ではなく、今ある場所をどのように守るのかという地点Bの自分から見て過去にあるものを軸に置くからです。

一見、今という言葉で括られていると同じようなもののように感じられるかもしれませんが、視座を変えると、意味は全くことなります。

今、自分がどうありたいのか

美意識や価値観の中で、どのような世界を構築したくて、自分はどのようなあり方でその世界に向かっていけばいいのかということを考えると、一つの役割が一本の線上にある積み重ね型ではないことに気づきます。その時々の課題を解決するためのプロジェクト毎に、自分の最適なポジションが常に入れ替わっていくようになります。プロジェクト毎に自分がチームに参画し、そのチームが創るわくわくする未来のために、どのように自分の力を最大限引き出すのか、引き出すためにはどのような役割を担えばいいのかという、役割自体が手法化していくことに気づきます。

ありたい姿を見出し続けるために

私たちが大切にすべきなのは、自分のポジションがどうあるかではなく、自分の心が溢れんばかりのワクワクでいられるという状態を継続することであり、自分がどのように生きていきたいのか、どうのような姿でありたいのかについて、考え続け、考え続けられる材料を積み上げるために行動し続ける事だと思います。

マインドフルネスが流行ることも、侘び寂びの価値観の中で、自分を脚色しているあらゆるものをそぎ落としていく中で、美しさを見出すことも、生け花の世界において1輪のお花に周囲に浮かぶ空間を引き立てようと試みることも、自分の周囲にある重荷をそぎ落とし、自分が未来に臨むありたい姿を見出し続けるためのことだろうと思います。

情報が溢れんばかりに垂れ流されているからこそ、美しいものを感じる心を育てながらも、その美しいと感じる心の状態で、世の中や、その未来についての姿を描いていくことが重要だと考え、お花という形で美意識を表現していくために、私の場合はお花たちと向き合っています。


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