料理本リレー(の、長すぎた投稿)

 Instagram(@moritonagisa)に載せようとしたら「こんな長いテキスト載せられるか!」と拒否された(3000字近くある。当たり前だね)原稿です。よろしければ。

 わたしはとても「料理本の関係者」とは名乗れない、一介の雑駁な書き手であり元編集者ですが、これまでの人生と料理本との関わりを振り返ると、ざっくり2期に分かれるような期がする。

 写真1枚めが、第1期ぶんの3冊。

画像1

①『デザートはあなた』森瑤子 角川文庫(親本は1991年朝日新聞社刊)

 引っ張り出すのがいきなり料理本でなかったりするとおり、長く、料理本とそこで展開される世界とわたしの人生は無縁だと思っていた。それが「紀元前」。20代半ばくらい、時代でいうと90年代後半まで。

 18歳で実家を出てひとり暮らしを始めてから、何かしらの料理を作って食べてはいたわけだけど、正直なところ、何を食べていたかあんまり記憶がない。関心が薄かったのだ。料理本は、なんとなく食べたいと思ったものを作るための工程と配合を知るための方程式を知るための書きつけに過ぎず、そこに展開する世界と自分の生活や人生はまったく別物だと思っていた。

 ただ、食べることになんの関心もなかったかというと、そういうわけではなくて、おいしいものはそれなりに好きだった。ことに、小説やエッセイに出てくる料理にはすごく惹かれて、読んで見よう見まねで作ってみたりしたこともあった。

 1冊目の『デザートはあなた』は、その意味で、わたしにとってはほぼ料理本。プレイボーイ(死語)だけど実は女性と付き合うより彼女のために料理をするのが好きな男性編集者が、毎回、華麗な(ときには質素なときもある)料理を披露する連作短編集。いまのご時世からするとキャラクター設定もタイトルも微妙かもしれないが、登場する料理は絶品揃い。とくに、女性たちの中でもっとも彼が愛する人に別れを告げられる場面で主人公が作る、スモークサーモンのオムレツ。オムレツの作り方をこれ以上にわかりやすく記したレシピを、わたしは知らない。

 この本を熟読したおかげで、肉じゃがの調味料の配分は知らないのにウオッカの香りを纏わせたレモンクリームスパゲティを作ったり、丸鷄を大鍋に入れて中華粥を炊いたりする(そのために大鍋まで買った)ような、バランスを欠いた人間になっていた。

②『アメリカをたべるパイ』猿谷要・文 石原まり・料理 雄鶏社 1999年

 子どもの頃に読んだ『ハックルベリー・フィンの冒険』や『あしながおじさん』、ドラマ「大草原の小さな家」の原作である『この楽しき日々』、『赤毛のアン』(カナダだけど)、それに、長じてから読んだ数々のアメリカ文学に登場するデザートといえば、パイ。ルバーブパイ、バーボンファッジパイ、キーライムパイ、チェリーのターンオーバー、ブルーベリーコブラーなどなど、長らく想像するほかなかったお菓子の実体やレシピが網羅されている。パイの素材やレシピが成立した文化的背景を解説するテキストは、アメリカ史研究の第一人者である東京大学の猿谷要先生。

 余談だが、雄鶏社から出版されていたこの本を含む「いいもの見つけた」シリーズは傑作揃い。どこかで再販してくれないだろうか。

③『non・noお料理百科 おかず415&基礎コツ1000』集英社1986

 自分で買って今も持っている料理本で、もっとも古いのはこれ。たぶん「non・no」の料理ページの連載をまとめたもので、このリレーでも何人かの方が姉妹本の『お菓子百科』とともに挙げていたので、80年代に少女期を送った人のバイブルだったのではないか。 

 「おかずと基礎コツ」を掲げながら、指導するのは石鍋裕さんだったり有元葉子さんだったり入江麻木さんだったり上野万梨子さんだったり城戸崎愛さんだったりするので、日常的というよりかなりゴージャスな内容。写真もスタイリングもレシピの書き方も伝統に則っていて、料理本がライフスタイル本に進化する前のクラシックな定型を見ることができる。

 そして、写真2枚めは「紀元後」の3冊。いつ、何が紀元になったのかは今となっては思い出せないが、20代の終わりに思春期(思秋期?)めいた時期があって、自分の生活を見直そうという気持ちが起こったからかもしれない。

 そしてその頃、80年代から料理本文化を育んでこられた方々のクリエイティブが徐々に世に出るようになり、料理がライフスタイルと結びつきカルチャーとして拡大する時代が到来し、遅まきながらわたしもその世界に触れるようになった。その頃から現在までの3冊。

画像2

④「ERiO」NHK出版(写真のvol.10は1998年刊)

 料理が自分の生活と結びついてきた頃に読んでいた雑誌。取り上げられるのはフランス料理だったり中華料理だったりイタリア料理だったりしても、『デザートはあなた』の頃とは違って、これは自分の生活の中に採り入れられるスタイルだと思える、絶妙に親近感のある語り口やヴィジュアル。これはもちろん、80年代から営々と続けられてきた、料理や料理本の作り手の方々の不断の努力と表現の洗練によるものだと思う。

⑤『だれか来る日のメニュー』行正り香 文化出版局 1998年

 そして、2000年代から本当にたくさんの料理本を買って読む(読んで楽しい本、というのも選ぶ基準のひとつ)ようになったのだが、その中からどれかを選ぶとしたら、とさんざん悩んで残った一冊。長く抱いていた、献立についての杓子定規な考えは必要なかったんだよ、要は自分なりに食べたいものを自分でコーディネートすればいいんだよということを教えてもらった。

 ジェノヴァ、スパニッシュ、アメリカン、ジャパニーズ、チャイニーズ、プロヴァンス……ヴィジュアルも構成もどこか音楽的で(実際、各献立に合わせたCDが紹介されている)、肩の力の抜けた楽しい本。どのメニューも繰り返し作った。

⑥『ケンタロウ1003レシピ』ケンタロウ 講談社 2010年

 そして、もっとも身近な本。何しろ1003レシピである。素材別、料理種別に索引がついていて、「あの料理の分量はどうだったっけ?」「ちょっとキャベツを消費したいんだけど」と、何かにつけて開く。

 わたしにとってはcookpad以上のcookpad。使いすぎてカバーが破れました。本当に、いつもありがとう。

 そして、写真3枚めに「手前味噌」枠も。

画像3

⑦『長尾智子の毎日を変える料理』長尾智子 柴田書店 2012年

 手前味噌というか(この本の制作にわたしは関わっていないので)、バイブルとして台所に置いてある本。震災後、何となく薄暗い気持ちを引きずっていた頃、どこかの台所から漂ってきたいい匂いに引かれるように手に取ったら、そこに書かれていたのはシンプルで親しみやすいレシピと、料理することとの向き合い方だった。

 タイトルには「毎日を変える」とあるが、実際に表現されているのは、変わらない日常を寿ぐ料理であり、心とからだを平常にキープするための哲学。長尾さんは料理家である以上に、思想家なのである。

⑧『食べ方帖』長尾智子 文化出版局 2017年

 その長尾さんの本に参加させていただけたのは、本当に光栄なことだった。編集はごく拙いのですが、これもまた日常に寄り添うメニューが満載なので、ぜひいまこそ台所の書棚に加えていただければ。

おまけ。

画像4

『浪花のおふくろの味 うまいもん』土井信子 集英社be文庫 2002年

Keep smiling😊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?