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侵略的外来種

在来種
在来種(ざいらいしゅ、native species)とは、ある地域に古くから存在する生物種(下位区分である亜種、品種なども含む)やその系統を指す。
外来種
外来種とは、もともとその地域にいなかったのに、人為的に他の地域から入ってきた生物のこと。アレロパシーが強い植物など、その一部は生態系や経済に重大な影響を与えることがあり、環境問題のひとつとして扱われる。 類義語に移入種、帰化種、侵入種、外来生物がある。 


友人の所属している団体が主催する自然観察会が
今帰仁村にある乙羽岳というところで行われた。

どうしても参加したくて

こういった時、娘は使えるなと思いながら
割と強制的に連れ出した。

わたくし今帰仁生まれ。割と自然育ちだけど

シダは知れど
どんなシダなのか、見分け方などは知らないし
大きい葉っぱの木ならオオバギみたいな奴らとか
クワ系の植物などとカテゴライズして
詳しい事がまるで分からない。
知識を得る事で
見慣れた身の回りの自然のポテンシャルを引き出すきっかけになるんじゃないかと期待した。

上開地さんというガイドの方が案内してくれたのだが
お昼のバッタと夜のバッタの見分け方や
鱗粉を傷つけない蝶の持ち方など
昆虫の説明で娘は釘付けになり楽しんでいて、結構引っ込み思案な娘が前のめりになっており母としての任務も全うしており一石二鳥。
(保護者としての責務がちゃんと出来てるのか常に不安、、、。)

身近にあるボヤっとしていた植物に少し輪郭ができて
今まで見えてなかったものも見えてきた。

そして
植物のお話、特に、外来種と在来種について
お話してくれた。

琉球王朝時代に外国から土留めなど有用ではないかと持ってきた植物。

園芸種が人間の管理から離れて
野生化してしまった植物。

戦後の焼け野原で薪が足りず
成長の早いという理由で種を撒かれた植物

外来種の危険性が認知されていなかった時代に緑化計画として「良かれと思って」植えられて暴走してる植物。

靴底や資材などにくっつき、遥々とやってきてしまった植物

全て外来種らしい。
沖縄ではお馴染みの
相思樹(そうしじゅ)や月桃もデイゴも外来種。
(昔はムーチーは月桃ではなく同じショウガ科のアオノクマタケランを使っていたらしいけど
南部の方から徐々にと月桃にと変わっていったらしい。)

亞人の工房に来た方は

「ここは緑がたくさんで良いですね」

などと、言うけれども
その緑の質はどのように構成されているのか
人間にとってだけではないのかと、どうもそれを考えないといけないらしい。

実際にセンダン草や
80年代に緑地化目的で植栽されたアメリカハマグルマがビッシリだ。
名前は妖艶で香りも良いが夜香木もたんまりと生えてる。

緑は手を加えず守れるものだと過信していた。

でも、それでは取り返せない事になる。
守るために攻めないといけないらしい。

私は今まで
木を見て森を見ずな人間だったのかと気付かされて能天気だった自分に嫌気がさした。


そもそも何故外来種はいけないのか

外来種の中でも
例えば園芸種で植えた場所で広がらず生涯を全うしたり、人間の管理下の中で広がらないものはまだ良いかもしれない。

けれど、人間の管理からどんどんと離れてしまい、在来種の植物の場所をどんどん奪っていって侵略してしまうと、侵略的外来種となる。

その本来あった在来種の植物を食べていた昆虫が居なくなり、その昆虫を食べていた小動物がいなくなるのだ。
本来の沖縄の生態系が奪われてしまう。
植物の多様性が無くなり、一つの植物一色になってしまうのだ。

我が家では自然観察会に行った後から
「外来種」という言葉が
日々のキーワードになり
娘(小3)は外来種である「シロアゴガエル」を見つけたら、しっとりと殺すようになった。

在来種であるオキナワアオガエルとシロアゴガエルの卵はそっくりだけれど産卵時期が違う。
(オキナワアオガエルは冬、シロアゴガエルは夏)
この時期だとシロアゴガエルの卵なので
貯水タンク周辺にある卵は全て肥料にする。

そしてカジカガエルやヒメアマガエルのオタマ達は贔屓して餌付けしながらカエルになるのを見届ける。

今日も、アメリカハマグルマを除草したあとに日当たりが好きなチガヤやコシダを定植してみた。
根を張るといいのだが。。。

「緑が綺麗ですね」
と人間からの視点だけではなく、動植物も住みやすい環境をつくっていきたい。

緑の質を変えるためには里山に住む人間の知識と視点をアップデートしなくてはならない。

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