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パーソナルスペースの死守


昔から人と触れ合うのが苦手。
フォークダンスにしろ、体育のレクチャーにしろ
心がゾワ!とする。

大人になっても
主に音楽界やヒッピー界隈の方に多いハグの行為が結構無理で(酔ったらイケる事もある)握手は大丈夫。その場の空気を一心不乱に読みながらハグを返すが、いかに嫌な思いをさせずにハグを断るかが今の私の課題。
これは性別問わずに。だ。
最近、性的同意が私の携帯ではトピックに上がっているが
ハグも物理的にもパーソナルスペースにグイ!と入り込む行為だからちゃんと確認してほしいと思う。
「愛」や「喜び」、「共感」の名の下に
是非も問わず、私にとって苦手な行為だ。

身体が触れ合う事でなんのメリットがあるのか分からず、調べたら、いかにもらしいたくさんの精神的な面での理由が上がっていたけれども、そのメリットと引き換えにしたって私には不必要だ。

避けられないハグの最中は喉仏の方にドロリとした感情が詰まり、息がしにくい。
走馬灯のように5分前からやり直したイメージを想像してしまう。

そもそも私の友達はみんな物理的に適度な距離をとってくれるし、それで何か困る事もないし
写真を撮る時も肩を組んだり抱き合って仲の良さを表現したりしない。(決してそういった方々をディスっているわけではない)
控えめに右手でピースだ。


そもそもなぜこうなった、、、


私は、地黒だ。
地黒に加えて父は夜遅くまで仕事、母は喘息で1ヶ月単位で入退院を繰り返していたため、ほとんどネグレクト状態で家の中の衛生面は最悪、、、。
常に台所は食器が溜まっていて臭いし
何日か前の雑炊からはウジが湧き、
エコい洗剤が効かねーな。と思いながらカビだらけのお風呂場。
低学年の頃は掃除の方法が分からないし、エコグッズではいろんなところのカビ掃除は追いつかない。
農家の娘なのに、マヨかけご飯でしのいでいた、、、。(味付け海苔やツナがあったら最高。)

そしたら、なんだか自分自身が汚い存在だと思っていた。
色が黒い=「汚い」
という思い込みや、白い肌が美しいというような社会からの刷り込みが小さい私には重荷だった。



中学生〜高校生

さまざまなレイヤーが重なり続けて
コンプレックスとなり
 こじれにこじれながらも
家事もほとんど自分で出来るようになった中学生にもなると
エコい奴らを捨て去り、勝手に買ったハイターとダウニーを愛するようになった。
(洗濯物の生乾きの臭いがトラウマすぎてダウニーは3杯入れてた)
石鹸で髪を洗って仕上げに酸性系の謎の液体をかけていたんだけど
同時、ハーバルエッセンスとか、ティセラとかなういシャンプーを知って胸キュン。


地黒はどうしようもないけれども
家事もこなしてその当時の香りにもついていって事実上、衛生面では当時の私の価値観的には平均に行けていたと思う。

けれどもやはり、部活だとかのスポ根的な場面での一喜一憂の共感や触れ合いには慣れる事が出来ず、雰囲気を見ながら避けるところは避けるけれども、やはり避ける事はできないタイミングもあって心を殺してなりきった。

高校生になると徒歩30分の所に高校があるのにも関わらずに、衛生を保つのに労力が必要な家から出て寮に入った。
(シャンプーはアジエンス)
みんなが同じ食事、衛生面も同じ、洗濯物もさくさくとこなしてフラットさに凄く安心していたし、割と楽しかった。

当たり前の衛生感をクリアできているのだろうかと疑心暗鬼にもなる要素もなくて
絶対的な平等を感じて心底安心して生活が出来た。

その時の寮のメンバーとは今でもzoom飲みとか定期的にしていてくだらない話をお酒を飲みながらしている。

何故か高校の時はハグこそ苦手だったものの割と触れ合いは出来ていた。と、思う。

子供が産まれて

子供は凄く好き。
熱くなくて重くなかったらずっと抱っこ出来る。

私自身も凄く満たされる感覚もちゃんとある。

子供が産まれてからはエコい生活を心がけて
でも不衛生にもならないように労力をかけ、文明の恩恵を受けつつカバーしている。

そして、予想通り遊びに行かなくなったし
人と話をする機会がグッと減り
はじめての方とお話をする時は
歯に衣を着せすぎてバグるようになってしまった。
会話の上で人との距離感のとり方が雑で
心の中で
「ぁぁぁぁー!また会話の主導権を握ってしまったぁぁだぁぉ!!どうすりゃいいんだ!!」
と叫んでいる。

そして、
はて、、、
私もグイグイと土足で精神的な面でのパーソナルスペースに入っていないだろうか。
(いや、絶対入ってる)

私は、形こそ違えど私に同意なくハグをしてきた人と同じ事をしていないだろうか。

考えるだけ疲れてしまうけれども
精神面では相手のコンプレックスを刺激してしまうかもしれない。

人を傷つける事や、信頼関係が築けたと思っていたのが私だけだったと気がつくのが怖い。

あの、喉仏にドロっとした感情を与えてしまったのだとしたならばと考えるだけで山籠りに拍車がかかる。

自然はいい。
未熟で脳内が忙しい私をすっぽりと包んでくれて

否定も、肯定もせずに
ただあるだけだから。

人付き合いや
距離の取り方

最低限のマナーや
相互関係のバランスのとり方など

考えずともサラサラと出来る人も世の中にはたくさんいるはずなのに
どうも私はそのタイプでは無いみたいなので

相変わらず
心の中で1人ツッコミをしながら
世の中を慎重に渡っていく。

無自覚の差別や
パーソナルスペースに土足で入ったり
そんな事をしない人になりたいが
臆病になりすぎても場数の分母が減り
年相応の人付き合いが出来なさそうなので

ほどほどに。
ほどほどに。

生きるのは大変だ。
生きてる私たち
みんな偉い!


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