横領騎士 その0

 居酒屋。カウンターに男が一人。お座敷には泥酔客がちらほら。と、風鈴が鳴る。長のれんをかき分けて、女が入り込んできた。髪は長く退紅色で、ブーツの靴底はずっしりと湿った音を立てている。どうやらカウンターへ。ゴマ塩頭のバーテンはジョッキを拭くのに専念していた。


「大将、なんかコーヒー。それに落花生を」

 女はなりだけはシャープだが、顔はあばたが噴いて見れたもんじゃない。しかもかなりトボケた感じ。バーテンは内心ガッカリしつつも訊き返した。
「おう?銘柄は」

「コーヒーなんていくらもないでしょ。どこ行ったってそう。そして珈琲屋はもっとない。あるのでいいですよ」
「察しのいいことだな。ま、うちも例外じゃあないよ。……姉ちゃんは何の趣味でこんな片田舎へ?ツバメでも捕まえに来たのか?」

「えっへへ。蹴り殺しますよ」
「うひょお、おっかねえや。違うってかい?」


「あー、観光ですね。あちこちを」
「いいご身分だな。ふうん、男じゃねえんだろ。するってえと、本当に殺しかなんかで飯食ってるとかなのかね……」

「うそうそ。殺しはやらないんですよ。分が悪いんで。本当トサカに来たらね、治療費を取って歯を抜きます」
「ほう?そりゃ、…………なんだ、ありかねんな」

 女はカウンターにやっとこを置いた。ごとりと置いた。いつ抜いたかな、とバーテンは思った。女はやっぱり腑抜けたツラをしている。表情がよくわからない。バーテンは緊張してきた。

「あ!」
「な、なんだ」
「あんまり塩をかけないで。味がかすみます」
「おう。そうか、そりゃすまん。繊細だな。ほらよ」

 落花生の皿から少し塩を落としてやって、バーテンは注文されたものを渡した。女はボリボリとやって、冴えないコーヒーをすすった。

「そうそう大将。このへんで殺しがありませんでした?」
「いや、とんとねえかな。あ……いやあった。こないだ、強盗殺人がな。牧場のとこのが、カミさん一人遺してよ。不幸な事件だったと思うぜ」
 バーテンは最後の一言をことさらに強調した。ついつい、カウンターの隅で肘を突いているコートの男にも目が行った。


「それですよ。実際は市長が消したんですよね?」
「バッおめ……ッ!」


「笑えんジョークだ」
 男は半身で拳銃を抜いていたし、言葉より早く発砲も終えている。物言わぬ死体になった女と、後始末の面倒を、バーテンは想像した。おかしなことに、カウンター上のやっとこはまたもや移動している。女の手の中に。バーテンは床へ伏せた。

 男は市長の犬であり、銃の腕も申し分ない。こういう馬鹿は年に数度湧く。男は入り浸って、時たまクソの詰まった頭を吹っ飛ばすのが役目だ。だが……女はいつまでも革張りの椅子から落ちる気配がない。ちと飲みすぎたか。くたばるまで撃ち込むまでだ。男はボルサリーノ帽を押さえたまま、さらに二三発撃った。目と銃身は外さず、無感情にぐびりと飲む。泥酔客たちのいびきはやんでいたが、あえて身を起こす者もなかった。


「やわなピーナツだ」女は呟き、皿を滑らせた。

 空になった皿に、アツアツの銃弾が盛られている。男は椅子から転げ落ちた。女はツカツカと寄って、頬を張った。財布を抜いた。カウンターに投げやった。


「じゃ、ひと仕事済んだらまた来ます。そいつは迷惑料と、先払いってことでよろしく」
 女は気絶した男の襟首を引きずって行く。バーテンはその金がもらっていいものか、丸一日思案した。

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