ドナー

 店は炭火の煙で満ちている。天井の隅に埋まったTVは、野蛮な電脳格闘の様子を中継し続けた。ある男が、無関心に試合展開を追う。焼き鳥を串ごと噛む。ピッチャーが底を尽き、勝手に交換される。

 電脳格闘の選手は、頭をHMG(ヘッドマウントギア)で完全に覆っている。今、交互にカメラが切り取るのは、両コーナーの正面映像。鮮烈な『新幹線先頭車両形』のギアが、現世界チャンプ。対して没個性な『手榴弾形』をかぶった二人が、挑戦者タッグだ。試合開始。連戦後のチャンプに、挑戦者陣営が仕掛けた。たちまち、二台のミシンのように規則正しいジャブが空間を埋め尽くす。
 しかしチャンプの姿は既になく、彼らの拳はただ空を切った。唐突に、飛び越すばかりの勢いのかかとが、挑戦者一人の後ろ首を打ち据え、ものの一撃で沈めた。スイングするカメラが、ようやく着地間際のチャンプの姿を捉える。残る挑戦者一人は防戦一方になり、華やかなボディブローで吹き飛んだ。予定を大幅に早めて、試合終了。

 店内が湧いた。TVのあちらで、チャンプが毎度の決めポーズを取る。「AI様だろ」観戦男がぼやく。同時に、画面はチャンプと寸分違わぬポーズをした広報マスコットが奪い、チャンプの契約AIの革新性を謳うコマーシャルに突入した。機械学習の厚みが云々、コンボの構築手法が云々。素顔の王座防衛インタビューは左上へと縮小され、ザラついてとても見られない。店では浮かれた客が、備え付けのギアをリロードしまくり、早速チャンプの勝利を追体験し始めた。それは選手目線で味わう爽快さまで計算ずくだ。
 電脳格闘は、AIが決める。チャンプの肉体を褒め称えるものは、どこにもない。男もまた。節くれだった手が、ジョッキの持ち手を割らんばかりに握り締めた。

【続く】

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