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創作(逆噴射)

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逆噴射小説大賞応募作
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記事一覧

心を鬼とせよ

 八華拳道場、修行の庭。まさに今、卒業試験が行われていた。一人の弟子の門出に立ちふさがる、四人の師範代。
「わかりません……っ!」弟子は音を上げるが、「心を鬼とせよ。それでわかる」見守る師匠が許さない。

 連打の熱血漢。技の美丈夫。石頭の料理人。鶴紋様の脚使い。弟子は苦悩する。
「ムリだ。どの方にも、殺気など……見えない!」
「うーん」師匠は腕組みを解く。「君やっぱ優しいのがなあ。いいやもう、合

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禁視域

 絵画理論では、物の中身まで描写する。赤目のうさぎがいるのは?その奥の血の色が透けて見えるからで、出血している訳ではない。人の視覚が表面だと思っているものは、すでに多層だ。その様子を写し取れないと、良い絵にならない。

 3DCGでは、表面より内側は作られない。ペットゲームに出てくるうさぎの、毛皮を剥いだりする?うさぎの体内には、ただ虚無が入っている。概念化された身体機能や、物理演算の為の数値は持

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ドナー

 店は炭火の煙で満ちている。天井の隅に埋まったTVは、野蛮な電脳格闘の様子を中継し続けた。ある男が、無関心に試合展開を追う。焼き鳥を串ごと噛む。ピッチャーが底を尽き、勝手に交換される。

 電脳格闘の選手は、頭をHMG(ヘッドマウントギア)で完全に覆っている。今、交互にカメラが切り取るのは、両コーナーの正面映像。鮮烈な『新幹線先頭車両形』のギアが、現世界チャンプ。対して没個性な『手榴弾形』をかぶっ

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咒械砦・合同サバト祭

 ぎちぎちに詰まった団地の裂け目から、コウモリでできた黒い風が立ち昇る。世界は急にまぶしい。僕は窓から黄色いコンテナを引っ張り上げ、ヤク乳を一ビン飲み干した。同じヒモに洗濯の済んだ白衣や靴下を引っかけて、サカキのステッキを振る。ヒモは向かいの雨どいに噛み付きに行った。他の部屋でも一斉に、おんなじ朝を迎えている。

 ホットサンドを焼いてくれたサラマンダーを使い魔ケージに入れ、半袖と正装のキルトを履

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百人の残雪

 時は月夜。所は城内最上部、天守閣屋根裏。金糸の陣羽織でひげを蓄えた異人が、奢侈な扇子をはためかせ、車座になった一同へ呼びかける。
「大儀、大儀なり。よくぞ集まった。この弓削残雪の盾となる影武者どもよ」

 まばらな燭台の明かりの中、じっと異人の言を待つのは厳めしい髷の男、厳めしい髷の男、厳めしい髷の男……不可思議千万にも、八十余名がおおむね同じ人相である。一体どうしたことか。

「みな内々に承知

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お掃除屋さんの休日

 乳臭えガキの頃から、てめえの短足が気に食わなかった。おまけにある日、左の方の小指が電動草刈り機にはねられちまいやがる。なんだって俺ばかしこんな目にあう?まだ殺しのケツも拭けねえ青瓢箪だよ、メソメソ泣き暮らしてたね。歩きにくいんで右足も切り揃えた頃には、ま、なんとか折り合い付けてくしかねえかって思えたんだ。
 だからよ、朝起きて腰から下が別人になってたら、それなりにショックだぜ。イチモツはいつだっ

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ローグ・マッピング

 宙、相食らう林と館。人工と自然が互いを足掛けに、僅かばかりの未踏へ版図を広げんとする。樹木はある一定隷属者であったし、建築はある一定自動化されていた。その表を這う生身や機体が、異物を外敵かつ資源とし、異種には温床ともなれば障壁ともなった。だがいずれもが、黄道より注ぐという光や重力なるもの、凡そ天地四方の基を忘却の繁茂に覆われて久しい。森よ、街よ。晴れて迷宮。

 大蜘蛛を駆る一群が、丸く肥えた枝

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青のヴァイラス

 飲み会の帰り道だった。三杯目あたりから高校時代の存在しない恋話しか口にしなくなり、普段の堅物っぷりが絶無になっていたYの様子がいよいよおかしい。

「制服の……男子……女子……うう」

 駅前の学生グループを嗅ごうとしているので二人がかりで止める。引っ張った鞄のひもがゆるんだ拍子に、Yは頭から倒れた。
「あっ、ごめん。大丈夫?」「立てよお~。そんなもんかよお、おめー」
 MはMでだいぶキていた。

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ソル・セル・サル

 細胞売りの民が好む無機質な天幕の内に、男は汎用鞭毛と先方の等身大外骨格との取引をしばらく悩んだが、まあ決めあぐねる間は代々の値段で据え置くがよかろうとし、保存液入れ換え作業の為に立った。そこからの出来事が覚束ない。

 悪酔いに似た感覚が引くにつけ、異状は明白。換気扇の光。首元に痒み。
「起きてるだろう」細胞売りは観念して顔を上げた。胴体が速乾性の何かで固められている。
「黒目を見せ、息は止める

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実用!魔導大戦グリモワール

「いとも鋭き…神意の……剣」祭服を纏う男は重厚な書物をめくり、憂いを帯びて目を細める。
「鉄の葉衣。命脈を保つ」片や黒マントに蛇腹の経典を巻き付けた胡乱な男に、殺気が滲んでいた。

 二者は詠唱を止め…不穏に輝く頁を…破り捨てた!
 祭服がありったけの筋力で投擲!「最新百科辞典の極薄は斬れ味バツグンよ!死ねーッ」硬化した紙片はギロチンめいて飛来!
 黒マントは流線型の張り子障壁を形成…全て受け流す

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コンビニの列も守れねえやつら

 レジは3台で、棚の隙間は4列あった。
 俺が真ん中へ進むと、ババアと鉢合わせした。

「あのねえ、アタシャ5分以上待ってたよ。お前さんどうだい?待たんだろよ」「一緒だって。前のオッサンがモタついてたのが悪い」
「あのーっ……」後ろの女が挙手していた。「大変すみませんが、その、お手洗に行きたくて……モメるなら、私を先に」

 俺はどんどんイラついてくる。
「あーっわかったよ、お前も入れてジャンケン

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横領騎士

 色素の薄い女がいた。

 死体は語らず、口は半開きのまま。女も口を半開きのままに、じっと佇む。
 乏しい草を、乗用恐鳥がついばんで減らす。植物柄のブラウスが唯一、果てしのない荒れ野を背に生い茂っていた。
 痩せて、ともすれば若い男のようだが、女はそのどちらでもない。対して、死体の方は若い男であった。胴には深い穴四つ。致命傷で間違いない。腰から抜いたやっとこで、死因の銃弾を抉り取り、女は観察する。

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