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救いについて|05.31

もう今日で5月もお終いだ。私の恐れていた6月がきてしまう。母との別れの月。

母の一回忌の日程も決まり、分かってはいたけれど誰も口にしなかった納骨も、ついに済ませる事になった。これで、母という存在の名残りは完全に無くなってしまう。お葬式の時真っ白な筒状の骨壺を手渡された時、それが母だなんて思えなかった。だけど本当にかたちとして母が消えてしまった、肉体が失われたのだと気付いた時からは、その白い筒が母そのものだった。毎日白い筒に話しかけ、手を合わせ、恐る恐る触れてみたりもした。そんな事をしても母を感じることなんて出来なかったけれど、私にとっては拠り所になってしまっていた、気づいたら。筒とのお別れはまるで2度目の喪失だ。


あの日からずっと救いを求めていた。大層なものではない、その日一日を凌げるだけの居場所とエネルギー。生きようと思って生きてきたというよりも、そうして一日一日をこつこつやり過ごしていたら、気づいたら生き続けていたという感じ。救いによって生かされたと感じたのは、初めてだ。


そもそも私にとって救いとは何だろう。思い浮かんだものを並べてみる。


芸術、家族、恋人、友だち、お花、朝焼け、温泉や岩盤浴、小さな公園、本、手帳、毎日続けている日記、紅茶、おばあちゃんの手料理、哲学、音楽、お店の人や近所の人とかわす挨拶、母について綴ること、長電話、ふかふかの布団、自分で施した化粧やネイル、ホワイトリリーの香り、夕暮れ時のスーパー、母から譲り受けたお財布や洋服、行き当たりばったりの旅行、素敵な人にかけてもらった言葉たち、歌、フルート、家出を兼ねたお散歩、行きつけのカフェのスフレケーキ、ベッドから見えるマンションの明かり、妹と半分こして食べるごはん、繊細なレース、夜行バス、バラ公園、家族で食べる餃子とピザ、母のために縫った風呂敷、ブル(犬)、ドライブ、日本酒、食後のデザート ………


こうした色々(きっとまだまだあるだろうけど)によって私は生かされている。この中のひとつを取ってみれば些細でちっぽけなものなのかもしれないけれど、そのどれもが私の生きる理由だし、充分すぎるほどの愛を感じさせてくれる。愛を感じる瞬間が沢山あることは私の誇りだ。

自分の事を愛せない時は幾度となく訪れる。というより、毎日がその気持ちとの戦いと言っても過言ではない。大波を自ら作り出してはそれに飲まれ必死にもがく自分を、哀れだ大袈裟だと蔑んでしまう。自分の全てが馬鹿馬鹿しくて情けなくなる。


そういう時は救いについて考える。私が愛するものたち。私が私を愛せなくとも、愛を届けたいと思う気持ちは消えないのだ。それが私の生きる理由になる。

自分のために生きられない瞬間があっても、それは決して不幸な事でも駄目な事でもない。

自分と真っ直ぐに対峙しているからこそ、疲弊してしまうのだし責めてしまうのだから。自分以外を責めて、正義を作り出してしまう事の方がずっと簡単なのに、自分の弱さと向き合う事を諦めない貴方の強さが素敵だ。自分自身にもそう言い聞かせている。


救いを求めて生きていたら、またきっと自分のために生きられるようになる。

大丈夫。自分が自分を愛せない時があってもいい、だからどうか、救いを求める事を諦めないで。それを弱さだと切り捨てないで。


いつか貴方の救いについて聴かせて欲しい。愛について語る事はきっと何よりもの救いになるはずだから。




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