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書評.無意識との会話


この本を読んで学んだことについて書きます。


1.本の概要

直感、感性、感覚。
これらの言葉に説明し尽せない何かを感じませんか?
直感、感性、感覚。
このもやもやした感じ。論理では、意識では、語り得ないような、言葉にならない何かを含むこの感じ。

論理的で結論を急ぐ討論(ディベート)ではなく、場当たり的で、わかり合うことを大事にするダイアローグ(対話)から、無意識と対話の関係に目を向け、近代以降の文明が選択してきた、合理主義、論理至上主義、科学的価値観、分析的価値観、正しい物事は観測できるはずという価値観に疑問を投げかる。

人間の本質に迫ると同時に、何を基準にどこに立脚すればいいのかという指針を見失いがちな現代人に、重要なヒントを与えてくれるのではないか、という観点から慶應義塾大学 大学院 教授のお二人、前野隆司さんと保井俊之さんの対談方式となっている本です。


2.この本から得た学びや気づき

この本を読んで面白かったのは、古層に潜るという考え方です。
新しい文明や文化がやってくると、古いものとぶつかって、負けた古い文化は古層に潜る、それは完全に消滅してしまうのではなくて、グッと下に潜って意識の湖底に沈んでいく。そしてそれは人間の記憶の底に「感じ」として残っている。

焚火を囲むと懐かしく感じるのはその為であると述べられていて、

近代合理主義が支配的となり、車座(多くの人が輪状に内に向かい合って座ること)で火を囲んだ太古の記憶は滅んでいてもそれは、記憶の古層には残っていて、「そういえばそんな時間もあったよね」「楽しかったな」という、懐かしい「感じ」が残っている。と書かれていました。

確かに焚火を囲むと、どこか懐かしいような、
なんとも言い難いけど、ホッとするような「感じ」が確かにあるなあと思います。
もしかすると人は、無意識の深い所の古層に眠らした記憶を引き継いでいて、それが時折なんともいえない「感じ」として表層に出てきていると考えると面白いなと思いました。

そんな古層に潜り、意識から無意識の世界へアクセスし、論理でがんじがらめとなっているマインドをとき放つことによって、近代合理主義的な思考を脱し、想像性、イノベーションを得やすくするというのがダイアローグだといいます。

最初にダイアローグの基本構造をまとめた人物が、
ウィリアム・アイザックスという人らしいです。
(量子物理学者。マサチューセッツ工科大学教授)

アイザックスがダイアローグへたどり着いたのは、経営学からということです。彼が、フォード、モトローラ、シェル、といった一流企業の経営指南をしていたなかで、なにかが本質的に違うと感じていたフシがあり、やがて対話の重要性ということを考えるようになって、1980年代後半からダイアローグについての論考を書き始めるようになったといいます。

そして、ダイアローグの場をもたらす為に必要な4つの行動を提示しました。それが

・聞く(listening)
・大事にする(respecting)
・保留する(suspending)
・出す(voicing)

これを実践すると、振る舞いが変わり、そして直感的に気づき、これまで見えなかったことが「なるほど」と納得できるようになるといいます。

ダイアローグは意見交換でも議論でもなく、やりとりされる言葉を、自分自身にリフレクト(反響)させ、気づきを得るためのものだとしているようです。

このダイアローグという手法を、会社の会議などでも取り入れていくと面白いかもな、と思いました。
「ロジカルでは全部括りきれない」という観点でものごとを見ることは社会的に少なくなっているように思うし、この手法を取り入れることによって、ロジカルに傾きすぎた考えとバランスをとって、新しい気づきや豊かさを手に入れることが出来るかもしれないなと考えました。

そして、日本で注目されているデザイン思考という考え方も、カリフォルニアで生み出された新しいイノベーション手法のようにいわれているらしいですが、先駆者の一人であるスタンフォード大学のバリー・カッツ先生は日本で流行っていることに驚いていたようです。

日本の大企業では「ワイガヤ」とか「大部屋主義」と呼んで
ロジカルな判断を下さずに、「どのアイデアもいいね」と集団でワイワイ話し合いながら、新製品のアイデアが浮かんで来るまで待つということがおこなわれていて、こんな手法は個人主義のアメリカにはなく、
「これはつかえる」ということでそれを理論化したものがアメリカのデザイン思考というわけで、つまりは日本をお手本に作ったのに、それが日本で流行っていて「大丈夫かい?」とバリー・カッツが言っていたらしいです。

日本人にとって、このようなあり方は当たり前すぎて、その価値に気づけないと書かれていました。

焚火を囲い対話をするという無意識的な感覚を、もっと意識的に大事にしていったほうが良いのかもしれないなと思いました。

あとがきにとてもよい言葉が載っていたので引用したいと思います。

日常生活では、会社や学校で論理的に説明することに全身全霊をつかい、SNSやメールで週7日間、24時間絶え間なく合理的な判断を迫られる。
このような生活では心のなかの半分が忘れられてしまうのではないでしょうか。
すなわち論理では割り切れない気持ち、感性、ならびに何となくのもやもやなどという心の作用。
それらの心の部分は、本当は社会や個人の人生ではとても大切な、クリエイティブな部分の作用のはずなのに、人生の旅から置いてけぼりをくらうことが多いのではないでしょうか。
しかし、それらの我々が「無意識」と呼んでいるものこそ、世の中を前向きに変えていくための創造性の発揮に必要なのだと思います。


これからは無意識の部分にも意識を向けることが大切になってくるのかもなと思います。
この本は脚注が多くたくさんの情報が詰め込まれているし、学べることがとても多いです。新しい視点をもたらしてくれるとてもいい本なので気になった方はぜひ読んでみてください。





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