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何気ない人種差別#1|「STFU!」に見るマイクロアグレッション

マイクロアグレッション(英語: Microaggression)とは、何気ない日常の中で行われる言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや侮辱のこと。

 マイクロアグレッションとは何であるかということを知ってもらうために、まずはRINA SAWAYAMA「STFU!」のMVの冒頭部分を見てほしい。(⚠️1:36あたりから急に音が大きくなるので注意)

日本語字幕がないので、以下に冒頭のシーンの和訳を載せる。所々間違っているかもしれないがご容赦頂きたい。(和訳がいらない人は読み飛ばしてもらって構いません。)

(RINAをA、白人男性をBとする)
B:じゃあ...君は歌手なの? A:まぁね
B:そうなんだ!いや、君を見ても、僕はなんていうか、気づかなかったよ。(鼻で笑う)君が英語で歌うとは驚きだな。
A:私はここで育ってて...
B:(言葉を遮り)わぁ、これ大好きだ(寿司を突き刺す)
 まさにホンモノって感じ。君は日本以外の国でうまい日本食に出会えないでしょ、でもここでは食べられる!
(寿司を乱暴に皿に押し付ける)
 君はえっと...日本のほら、ワガママ(※1)に行ったことある?
A:私が言いたいのは...
B:(また言葉を遮り)ヒースローにある店だよ、あれは素晴らしい
A:いや、あそこは(日本食というには)ちょっと違ってて
B:あぁ..そうそう。だってあの店はたくさんのアジア人を雇っているからね、あれはホンモノって感じがするよ。
A:(呆れつつ頷く)
B:そういや、僕は最近小さな日本女性の目線から二次創作を書いててね、それは『SAYURI(※2)』の新時代版といったところかな、あれはいい。 でも僕のはもっとアクションっぽい感じなんだ。僕はまじでキルビルに世話になってるからさ、一番にね。(刀を振る真似)さしずめ君はルーシールーかな?
A:えぇ、えぇ、私も好きだし...
B:グレイズ・アナトミー(※3)見たことある?君は彼女を思い出させるね
A:えっと、サンドラ・オーのこと?それともルーシールー?
B:うーん、どっちもかな。でもきみはもっと...セクシーな感じだ  
A:(言葉を失う)
B:kee-yah!(箸で刀に見立てて遊び、リナに米粒を飛ばす) 
A:あっ!
B:おっと、ごめん...(乱雑にリナの目元を拭う)これでもう大丈夫。小さなカミカゼ・ミッション(※4)だ笑 それで...君は混血なのかい?だって君は...わかるだろ、こういう(つり目をするジェスチャー)日本人には見えないからね。
 →咆哮とともに曲のイントロが流れる

※細かい補足
(※1ワガママ は、1992年に創業してイギリスのロンドンを中心に世界各地でチェーンを広げる
 日本風料理店、麺専門店)
(※2『SAYURI』(Memoirs of a Geisha)は、2005年のアメリカ映画。
 1997年にアメリカ合衆国で出版されたアメリカ人作家のアーサー・ゴールデンによる小説
 『さゆり』を原作とした作品である。)
(※3『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』は、アメリカ合衆国のABC系列で放送されている
 テレビドラマ。 サンドラ・オーはアジア系女優で、同番組のクリスティーナ役で知られている。)
(※4 カミカゼ(kamikaze)という言葉は日本語の「神風」から派生した。
 英語辞典にも登録されている。This is a kamikaze mission(これは決死の作戦だ)
 という風に使う)

 見てもらったらわかるとは思うが、とても失礼な言動のオンパレードである。マイクロアグレッションは、このようにほとんどが”無知”で”悪意のない”差別である。彼は、きっと差別的発言をしたことに気づいていないかもしれない。それどころか、自分で日本を舞台にした映画の同人誌をつくったり、日本食レストランをお勧めするなど、日本やアジアを”リスペクトしている”といった態度を取っている。(実際にはそれらの映画やレストランは日本発祥ではないのだが)

 この動画でなされているマイクロアグレッションは、挙げるとキリがないが、例えばアジア人の見た目である彼女が英語で歌を歌うことに対するからかいを含んだ驚き、日本人である彼女を、中国人であるルーシールーや韓国人のサンドラ・オーなどと引き合いにだして「似ている」とひとくくりにしていること。極め付けは、最後に箸で目をつりあげる場面である。

 つり目のジェスチャーをすることは、slant eyesと呼ばれるアジア人への立派な侮蔑行為だが、動画の中の彼は平気でそれを行っている。下記リンクは2019年にドイツを訪れたアジア人女性が、つり目ジェスチャーで馬鹿にされた様子を動画に収めたもの。彼女は「それは差別的な行為ですよ。多くの人がこれを見ているので、やめて。私はドイツが好きなんです」と毅然と返している。つり目ジェスチャーの他に、英語を話すことができないアジア人を揶揄する表現に、Ching Chang Chong (チン・チャン・チョン)というものがある。特に中国人の英語の発音がそのように聞こえるということで、からかいや侮蔑の言葉として使われる。

 マイクロアグレッションの問題の難しさは、言っている本人にとっては悪意がなかったり、無知ゆえに起こることがしばしばあるということだ。だからこそ、失くすことは容易ではない。言っている当人が意識しない以上、問題として認識されないからだ。
 もしかしたら自分もこの動画の中の彼のような振る舞いをしているのではないか?と恐ろしささえ感じさせる。自分が差別される側の立場であったとしても、自分も差別する側のステレオタイプな考え方を持ち得ており、知らず知らずのうちに人を傷つけているかもしれない、という事実を、このMVは否応なく突きつけてくる。

以下、リナのインタビューを引用する。
 ” Rinaの「『STFU!』は、マイクロアグレッション(※悪意のない小さな差別的な言動や行動のこと)に対する怒りを解き放つことがテーマになっています。欧米で過ごしてきた日本人の女性として、あまりにも多くの偏見に晒されてきました。例えば、性的な偏見、Lucy Liu とかCho Changとの比較、アンオフィシャルな東京のPR大使になったこと(私は4歳で、この西洋が盲目的に夢中になっている街を飛び出したのに!)、闇雲にアジアの言葉で挨拶してくる人たち(ニーハオ!とかコンニチワ!とか)、切れ長の目を茶化してくる人たちにも。」と語っている。

「ここ数年、私はこういったマイクロアグレッションに対してコメディで対抗してきました。アジア系の友人たちと、あまりにも稚拙な差別体験を笑い合い、絆を深めてきました。ユーモアを通して、私たちは傷を癒し、前へ進むことができるのです。
これこそが『STFU!』が象徴するものです。沢山の人がまるで”褒め言葉”かのように私に言ってきた笑ってしまうような偏見と(特に最初のデートみたいなシチュエーションで)、小さな差別意識を、曲の中で凝縮していくことは、まさにセラピーのような体験でした(原文こちら)」と、コメントしている。”

 黒人差別への問題は公の関心事となっているものの、アジア人差別への言及はそれに比べるとかなり少ない。だからこそ、彼女が歌とMVを通して差別への対抗意識をはっきりと示してくれたことは、とても意義深いことであると思う。「STFU」はShut The Fuck Upの略語で、「黙れこの野郎」といった意味である。彼女はこのMVのなかで、今まで蓄積されてきた小さな差別へのフラストレーションを爆発させているように見える。

 ここで、彼女を知らない人のために簡単に説明する。彼女は日本で生まれたが幼少の頃にロンドンに移住し、ケンブリッジ社会学や心理学を学んだ。成績はトップクラスだったが、白人エリートが集まる大学で、人種差別によるいじめに苦しんだ経験から、「上から目線で世界を見てるとホント不幸だから、それを愛と知識でどうにかしたい」といった考えに至ったという。 

 大学卒業後、本格的に音楽活動を開始。現在はThe 1975と同じレーベルのDirty Hitsに所属している。アルバム「SAWAYAMA」では、日本文化をカジュアルセックスのように消費すること(そしてそれに自身も含まれていること)へのジレンマを歌った「Tokyo love hotel」、資本主義社会を皮肉った「XS」など、彼女ならではのメッセージがこれでもかと楽曲に込められている。

 宇多田ヒカルや椎名林檎などの日本のアーティストに影響を受け、聞いていてどこか90年代の日本の音楽を彷彿とさせる響きがある。彼女自身は自身の音楽をCute R&Bと表現しているが、特に「SAWAYAMA」では確信犯的にジャンルをない混ぜにした振り幅の大きい楽曲群が特徴的である。彼女の、これまでの固定概念に立ち向かう思想や音楽の多様性は2020年代の音楽シーンを牽引する強さと新しさを持っている。

 話を本題に戻そう。マイクロアグレッションのいろいろな例についてはbuzzfeedのこのような記事がある。

「日常的に耳にする21の人種差別」という題で、写真に写る人々がこれまで受けてきた些細な言葉の中に含まれる差別的ニュアンスを提示している。この記事はマイクロアグレッションの問題を提示してはいるものの、ではこの中で書かれている「差別的言い回し」を知って回避すればいいかというと、それだけでな根本的解決にはならない。(もちろん、一時的な処方箋にはなるだろうが)それどころか、言葉尻を捉えて相手を批判する人を生み出しかねない。

 マイクロアグレッションに対して、反発する声もある。人気youtuberのPewdiePieの動画「IS THAT MICROAGGRESSION?(それ、マイクロアグレッションじゃね?)」で彼はマイクロアグレッションに対する世間の過敏な対応を面白おかしく揶揄する。(⚠️やや下ネタ注意)
 動画の最後の結論はこうだ。「これは定義の問題じゃない。問題はどう対処するかだ。もし大学からマイクロアグレッションをなくしたいならそうすればいいさ。ただそれは教育を通してやるべきじゃないのか。通報システムじゃなくてさ。だってそれで学べることなんて無いだろ。なぜそれが悪いことなのか説明しろよ」

 動画の内容はかなりふざけているが、マイクロアグレッションへの過剰反応が引き起こす弊害についてはかなり真に迫っているのではないだろうか。差別をなくすために言動をいちいち取り上げて批判していてもキリがない。大事なのは教育だという結論については頷ける。

※2023/6/27追記 執筆時、Pewdiepieの動画はマイクロアグレッションという概念が乱雑ではあるもののうまくまとまっていると考え、言葉尻をとらえて批判するのではなく教育が大事という意見に共感しご紹介しました。
しかしながら、動画全体はマイクロアグレッションへの揶揄や差別的発言が多く、肯定的に引用したことでマイクロアグレッションを矮小化するような書き方になってしまいました。
彼の動画内での発言全てに賛意を示しているわけではないことをご理解いただいたうえで、あくまでマイクロアグレッションに対する反発意見の典型的な一例として参考にしていただければと思います。)

 マイクロアグレッションは、言うなれば知識の欠如によって起こる差別だ。他の人々の意見に耳を傾けなければ学ぶことはできないし、学ぶことをしなければ差別をなくすことはできない。
 今までの社会では、私たちは何もしなくても善人でいられた。しかし、今の世の中では、無知はすなわち差別の片棒を担ぐことになってしまう。マイクロアグレッションのような無自覚の差別をなくすには、自分の中の偏見や差別感情を自覚することから始めるしかない。

 とはいえ、人種差別なんて、外国に住んでいる日本人、あるいはもっと人種の入り混じった国に住んでいるに対して向けられるもので、日本に住んでる日本人には関係ない、私は外国人を見ても差別をしないし...と、そう思う人もいるかもしれない。

 次の記事では、大坂ナオミ選手のボイコットの件などにも触れつつ、日本における人種差別について考えていきたい。
(ひとつの記事にまとめるつもりだったけど長くなってしまったので二つに分けます)

追記)最後まで読んでくださってありがとうございました、よかったらRina Sawayamaの他の楽曲もオススメなので是非聞いてみてください☺️

参考記事一覧


2023/6/27 追記
The 1975のマシューのポッドキャストの差別発言、それに対するグラストンベリーでのリナの抗議により、たくさんの方に注目されているようです。

三年前に記事を書いたときはマイクロアグレッションについての記事が少なく参照元に乏しかったのですが、2021年のこちらのVOGUEの記事はマイクロアグレッションやステレオタイプな「らしさ」を作り出すことについてわかりやすく書かれていると思います。ご興味ある方は是非。


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