銀河鉄道の夜に

今から12年前、従兄から高校入学記念で送られたリュックを背に宗谷の岬に立った。オホーツクの秋は短い。凍てつく風がフェルトのコートを突き抜けた。

帰路の汽車で人がまばらな車内で4人掛けのシートを独り占めしながら読んだ本を紹介したい。
この物語は主人公カムパネラが親友ジョバンニとともに銀河鉄道に乗車し、友人の死地への旅に随伴する話だ。
光輝や燐光する星座や鉱物が織りなす宇宙観や澄み切った理想郷が描かれている。

幾星霜を経て私は花巻市にある著者の記念館にて肉筆原稿と対峙した。
そこには書いては直し消しては書き加えられ余白から矢印で方向づけられた言葉たちが茶色く変色した原稿用紙の上で踊っていた。
活字の印象と異なり書き手の苦労や逡巡を静かに語りかけてきた。
肉筆原稿を目でなぞると意味が消えて文字の精霊が現れた。
ランプの下で筆を握る一人の修羅のごつごつした手が見えてきた。
書いた文にはたと訂正線を引こうかと朱の筆に持ち替えインク壺に筆先を浸すが、また読み返し何度も自問する一人の人間がいたことが紙上の文字の滲みが語ってくる。

活字で印刷された文字からは一度も感じ取ることができなかった意味だった。変色したシミだらけの原稿用紙には宮沢賢治の身体の痕跡が化石となっていた。宮沢賢治の葛藤のプロセスが塗りこめられていた。