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聴神経腫瘍のお話⑮

3/5(術後13日目)リハビリは言語療法→作業療法 作業療法では調理をした。ご飯を炊き、野菜炒めを作る。材料等は前日に療法士さんと相談済。家に帰ってからすぐにできることをリハビリでやるらしい。中々に面白かった。まあ、この時点でもかなりめまいは残っていて、片手でフライパンを持つにも何かバランスが取れない感じだった。リハビリ後、個室から大部屋に移動した。6人部屋。さっそくお向かいの人とお喋りする。私よりはるかに若そうだった。そして、こちらは同じく小さい子を家に置いてきているので心配だと言ってた。抗がん剤治療をするらしい。毎回吐き気がして辛いとおっしゃっていた。辛さの同士と言った感じで、色々話が盛り上がった。夕方、理学療法。いつもと同じメニューで自転車こぎをしていたら・・・突然、視界がゆがみ出して、こぐ力がなくなり止まってしまった。いつもは療法士さんがだいたい傍にいて声をかけてくれていたのだけど、その日はいなくて、何だか突然「ひとりぼっちだ」と思い始めた瞬間からのゆがみだった。動悸が激しくなり、手や顔が痺れてきた・・・。療法士さんと看護師さんが来て、近くのマットに横にしてくれた。血圧が高くなっていた。歩いて病室に帰る自信がなく、車いすをお願いした。・・・なぜ?突然?こんなに苦しくなるの???相方が心理関係の自営をしていたこともあり、相談。精神科受診を勧められた。手のしびれなどは、病室に帰ってしばらくしたら落ち着いた。夜、担当医に同じ病院の精神科を受診できないかを聞いてみたが、入院しながらの受診はできないと言われた。するとしても、いったん退院してからとのこと。

3/6(術後13日目)今日はリハビリ全部キャンセル。また発作が起きたら怖いという気持ちが勝ってしまった。とはいえ、病室で寝ていても落ち着かない。家に帰りたい、子どもたちに会いたいと強く思った。午前は皮膚科受診。午後はCT。やはりここでも動悸と腹痛が。暗い・狭いのも発作の引き金っぽかった。夜、退院許可が下りた。執刀医曰く、「傷口の方は問題ない。めまいや嚥下障害については、日にち薬しかない。」と。それならば、家で日常のことをしていた方が気分も紛れていいのでは、と許可を出してくれたのだった。

3/7(術後14日目)退院。次男は市の療育教室へ通っていたので相方の運転でそこまでお迎えに行く。最初は私を見て激しく固まっていた(笑)先生方が「お母さんが来てくれて良かったね~」と言ってくれても、超「誰やねん?」的ないぶかしげな顔(;´Д`)徐々に思い出してくれてよかったけど。

この後、当時の相方が過去に一緒に仕事をしたという医師がいる病院へ行き、そこで、うつ病と診断された。同時にアダルトチルドレンを指摘され、自助グループで話をすることを勧められたが、一度も行かなかった。その後、元相方が離婚を切り出す数か月前にその医師は病院をお辞めになった。

嚥下障害と声枯れは執刀医のおっしゃる通り、半年以内にはほぼおさまった。めまいも同じ。車の運転も徐々に再開できたが、今も長時間運転と高速道路は乗るのが怖い。(これは克服したい事項)術後検診は最初の1年は年4回くらいで、徐々に間隔があき、今は1年に1回になった。幸いなことにほんの少し残っている腫瘍も大人しい。

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「笑顔が人を幸せにする」が座右の銘。日々の記録・自身の人生録・実証録。長女、長男、次男の3人の子どもたちとパピヨン2匹と共同生活しています。次男はT21のダウン症、次男を含むすべての人が生きやすい世の中になるよう、発信します。