旅するように失踪しよう
完全自殺マニュアルが一時期メチャクチャ話題になって、そのあとすぐに古本屋のワゴンセールで何十冊と投げ売りされていた頃、二匹目のどじょうを狙った『完全○○マニュアル』系の本がたくさん出版され、これまたやっぱりすぐにワゴンで投げ売りされていた、そんな時代の話。
毒親持ちマイカー無しの田舎暮らし、虐待、モラハラ、母親のママ友トラブルに学校及び近隣地域でのいじめ。
民度の低いチンパン公立校からの逃亡を企て、中高一貫のカトリックの女子校の受験計画を立てるも、重度のショタコンを拗らせた基地母親が、
「自分好み(娘の好み全無視)の可愛い男の子が居ないような女子校に、わざわざ高い学費払って進学させるなんて絶対に嫌!(要約)」
と、まさかの受験妨害。
特盛ミックスフライ定食のように景気よく盛られた絶望と孤独と閉塞感と自殺願望。
小さいときから、醜い世界をなるべく視界に入れないように、縋るように活字の世界に没頭していたあたしにとって、古本屋は数少ない心の拠り所の一つだった。
行きつけの古本屋の軒先、3冊200円のワゴンの中で、完全自殺マニュアルと一緒に並んでいたその本に、あたしはたちまち夢中になった。
『完全失踪マニュアル(著:樫村政則)』
毎日早く死にたくて、でもこれ以上痛い思いをするのは嫌で、すごく死にたかったけど家と学校なんかのために死ぬのは絶対に嫌だから、死ぬならせめて誰か素敵な男の人と心中したい。
と悶々としていたあたしにとって
「偽名とポケベル番号だけを書いた名刺を持って、自宅と職場と学校に一切関係のない場所に行けば、今すぐにでも新しい自分になれる」
という一文は、当時のあたしにとって最上級の福音だった。痛い思いしてわざわざ死ななくても、学校と家でのあたしを一切知らない人たちの場所に行くだけで、あたしはいとも簡単に、あたしじゃないあたしになれるじゃん!
そうか『失踪』か! この手があったか!
あたしは早速、毒親の忌々しいクソな理想と願望を押し付けられた名を一切伏せ、あたしがあたしの人生を生きるためにつけた名で、メルアドと名前だけの名刺を持って、ライブハウス、クラブ、各種写真連盟に出入りした。
(その後幾年か経ち無事に裁判所で改名許可が降りたけどこれはまた別の話)
成人してからも時々、失踪の旨を伝える書き置きだけして、電話もネットも全部切って、フラリとカジュアルに失踪するようになった。
これはあたしの心の健康にとって大切な行為になった。
彼氏と一緒に温泉旅行もまぁ楽しいには楽しい。
けど、彼氏と別れ話が難航したときには、アパートを解約して、ごく身近な人にだけ失踪宣告して、ほとぼりが覚めるまでバックパッカー気取りで失踪する。
あの解放感と安らぎは、何物にも代え難い格別なものがある。
そもそも犯罪も借金もしていない成人女性が彼氏と別れたいがために失踪宣言の上失踪してたところで、事件性なんかこれっぽっちもないんだから警察も民事不介入だしこんなもの広義の痴話喧嘩でしかない 笑
事件性が無いのなら、気が済むまで、心が晴れるまで、いつも何度でも失踪すればいい。
軽い失踪とは、言い換えれば
『誰にも行き先を告げない秘密のバカンス』だ。
一緒に買った完全自殺マニュアルも何度かは読み返した。
だけどそれとは比べ物にならないほどの回数で、完全失踪マニュアルを何度も何度もボロボロになるまで読み込んだ。
家と学校に居場所が無かったかつての少女は、喧嘩も暴走も盗みも煙草もせず、ただ淡々と失踪だけを繰り返した。
成人してからは、そろそろ彼氏と別れそうになるたびに、図書館で地球の歩き方やるるぶを眺めながらウキウキで失踪計画を立てた。
ハイシーズンは18きっぷで、シーズンオフはLCCで、別れ話を旅情に変えて、好きな場所に潜伏し、ひたすらほとぼりが冷めるのを待った。
『失踪』が、例えば指名手配から逃げる『手段』であった場合はさすがに警察も動くけど、『失踪』そのものが『目的』の場合、人はいつだって今いる場所から逃げ出せる。
そのことを教えてくれたのは、他でもない『完全失踪マニュアル』である。
#人生を変えた本
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