空(くう)の指輪とモヒート

さすがにmixを作っていると、文章を上げる速度が落ちる。次、次の次と構想をどんどんとノートにへたっぴぃな文字で綴っていく。ふいにSNSのアカウント申請の承認された音が鳴る。携帯に目をやると懐かしい名前。僕にとっては夏になると必ず思い出すひと。珍しくてかわいい名前のひとに、もう何年振りかで繋がる。SNSが面白いなと思う所以。ひとは簡単に他人になれる。もちろん簡単に友達にもなれる。でもやっぱり他人になることの方が多いかな。

彼女が大学2年生の時にかな、だから僕はとうに35歳にはなっていたはず。夏のフェスティバルにDJとして呼ばれた初めての夏。ライムスターと同じステージに立つなんて、ドキドキしてた。OVERGROUD ACOUSTIC UNDERGROUDだって。僕は前日の仕込みに顔を出して、ステージが組まれていく様を手伝いながら、見ていた。客席の売店、物販のテント設営、火を使うための発電機を運び、客席を掃除したり、参加ミュージシャンが車を駐車するスペースに白いチョークでラインを引いたりした。彼女はそこにいた。いまでも客席で一休みしている僕が、はるか遠くに見えるステージの中央、ペイントアーティスト用のスペースを組み立てて、掃除している彼女の後ろ姿を眺めていたのをきちんと覚えている。かかとを上げて、そのスペースのさらに上の方に手を伸ばす彼女。仕込みの帰り、喫煙スペースで煙草を吸っていると、彼女が僕のところに寄ってきて、「明日、がんばってください」なんていうものだから、クールに煙草を吹かしてありがとうございます、なんていいながら、少しだけドキドキした。明日への期待と不安もそこに入り混じりながら。

翌日のフェスティバル当日、朝からリハーサルに入る僕に、スタッフの方から無料のドリンクチケットとフードチケットを手渡された。ケータリングなんてものを食べるのも、ビールが缶だけれど呑み放題だったのも覚えてる。肝心なDJは覚えちゃいない。

物販でアジアン・アフリカン雑貨を売っている彼女を見つけた。すっと、手渡すチケット。俺、ごはん食べないから、良ければ使って。戸惑い遠慮する彼女に強引に渡して、僕は来てくれた友達とだべったりしていた。ふいに、Gさん、僕のステージネームが呼ばれる。彼女と彼女のお友達がいて、彼女が大きなかき氷を僕に向けた。かき氷、買いました。ありがとうございます。むちゃくちゃかわいい笑顔だった。クールを気取りたい僕は、おっ!なんていったっきりで、またそれぞれの場所に戻っていく。しばらくライブを見たり、缶ビールを何本も空けたり、談笑したりしながら、どうしても控室・楽屋に馴染めない僕は、ずっと観客席にいた。やっぱりふいに、Gさん、っていいながら、どうぞと彼女に手渡された、モヒートの瓶。ありがとう。やっぱりめちゃくちゃかわいい笑顔。日に焼けて、あどけなさの残る、笑顔。じゃあまたあとで、なんていわれて、彼女はお店に戻り、僕はゆっくりと初めてモヒートを呑む。ミントの味、さっぱりした甘み。フェスティバルが終わって、さっきはモヒート、ありがとう。おいしかった!なんていったら、嬉しいです。モヒートおいしいですよ!たまには呑んでくださいね、なんていわれた。

フェスティバルは終わり、連絡先を交換した僕と彼女は9月に1回だけ、ハモニカ横丁で呑んだ。僕のアル中時代。たぶんきちんと話せる状態にはなかったと思う。彼女はめちゃくちゃかわいい笑顔を少し困らせて笑った。酔いどれた僕はねぇ、左手を出して、っていうと、真向いの彼女が差し出した左手の薬指に空(くう)の指輪をはめた。さらに困らせて笑う彼女。

僕はそもそもアルコールがないと、ひとと喋れるとか、電車に乗れるとかすらできなかった。そしてときには、いや、大体は酔いどれて、一人でひどいことになってしまう。それでも連絡が途絶えて、外国にいるらしいなんて風の噂でずっと聞きながら、毎年夏には1杯だけ、モヒートを必ず呑むことにしている。去年までも、もちろん今年も。あのかわいくて、あどけない日に焼けた彼女がどんな未来に立っているんだろう、なんて想像しながら。

あれから7年はたったのかな。本当に久しぶりの便り。それが不意に届く。今年、僕はどこでモヒートを呑むんだろうな。本来なら指輪のはなしは別のはなしもあったんだけれど、彼女のことだけをここで書いて一度、句読点をつけます。読んでくださり、ありがとうございました。

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