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病欠を経て浮かんできたこと

普段は目の前の仕事に全力を尽くしていて、これといった感慨も無ければ、感情の動きも無く、それが当たり前だと感じていることが、ひょんなことからいつもの状態から外れると、普段は浮かんでこないようなことがポツリポツリと思考の中に現れます。


・なぜこんなになるまで無理を押して出勤して仕事をしていたのだろう?
・勤務時間の1時間半前に出勤して仕事に取り掛かることが気づかない内に常習化してるのでは?
・あの顧客にあの商品を売り込むにはこういうことが必要なのでは?
・例の商品、世間の流れから今後を推測すると、いずれはデメリットになるのでは?
・上役が言っている「旨味のある仕事」、実際には負担の方が大きいような気が?
・社内の1日の流れ(作業・配達etc)、売上に対して割りに合っていない部分、ちょっとした工夫を導入することで各員の空白の時間を増やせないか?
・自分にとってこの仕事は何か見出だせるものがまだあるだろうか?
・何に時間を費やしたいと感じているのだろうか?


普段は目の前に現れる仕事に応えていくことに思考力を費やされてしまいますが、こうした自分の将来への自問も混じった思考が浮かび上がってくることが病欠の効用とでも言いましょうか、只休んでいるだけではない効果をもたらしてくれる契機だと私は捉えるようにしています。

たしかに病欠をすることで、同僚や取引先に少なからず迷惑を掛けているわけですが、自分の人生の舵取りという点では、とても大切な時間だと思っています。例えば、この病欠を契機に常習化している勤務外労働(就業開始時間前)の見直しは、長く働き続ける上では何某かの変化を取り入れた方がいいことでしょうし、何に時間を費やしたいかと自問することは仕事とプライベートの扱い、同僚や取引先といった周囲、知人や友人、家族といった近しい人たちとの関わり方の見直しが自分の人生の幸福感の度合いを増減させるのを鑑みると、その立ち止まりの機会というのは大切なチェックポイントに姿を変えると思うのです。


ただ明日(可能であれば)からの病欠を取り戻す動きの中では、この短い期間に思い浮かんだこと、考えたことを実行に移す時間的な余裕はないでしょうが、当面の目標として、次の人事査定まではやれるだけのことをやり、応えられることには応えて、そこまでした上での会社からの提示を見てから、変えるべきところは変え、削ぎ落としてよい部分は落とし、現状の継続、新しいことへの挑戦、現状への追加等々の選択をすればいいと、方向性を定めることができたように思います。

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物語を書いたり、自分の考えを書いたり、いろいろな試行錯誤をこれからもゆっくりでもしていこうと思ってます。その私の試行錯誤が皆様のお役に立てれば何より嬉しいです。

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私は中小企業の営業として働いている30代の人間です。noteを始めたのは、物語を書いたり、自分の考えを書いたり、いろいろな試行錯誤をしていく予定です。温かい目で見て貰えると助かります。私の試行錯誤が皆様のお役に立てれば嬉しいです。
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