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四国大戦 二番札所 極楽寺4

 極楽寺を破戒し、中にいた人々を救出した後でもジョンの心にあるのは、レイジの安否であった。ジョンは極楽寺の屋根に刺さった刀を抜いて、飛ぶように大麻山へ向かって駆ける。
 空はさっきまでの快晴が一転して、雨雲が広がりシトシトと小ぶりの雨が降り始めている。日差しが弱まれば、レイジへのダメージも減るだろう。ブッダの粋な計らいであろうか。
 レイジは大麻山の麓で、先ほどと同じ態勢で座っていた。
「レイジ、大丈夫か!」
 ジョンはレイジの体を目視で検める。レイジは気絶している様だが、その体には火傷の痕跡は見当たらなかった。
「レイジ、おい、レイジ!」
 吸血鬼は死ねば灰燼に帰す。裏を返せばこうして形状を保っている限りは存命なのである。
「ジョン殿……?」
「気がついたか、よし、今からお前の洞窟へ行くぞ」
「ま、待ってくれ」
 助け起こそうとするジョンの手を振り払ってレイジは自力で立ち上がる。
「何かがおかしい」
 そう言ってレイジは着物の袖をまくった。
 ぎょっとするジョンを差し置いて、レイジは激しく降り始める雨の中、くるくると回った。
「見てくれジョン殿! 腕が! 腕が焼けない! いつもならこんな曇り空の下でも、僕の腕は焼け爛れるのに!」
 レイジはとうとう笠と頬冠を取った。長い髪と整った美しい顔立ちが白日の下に晒される。
「大量の徳を浴びて体質に変化が生じたのか?」
 金剛杖が推論を口にするが、真相は分からない。
 すべては仏の御心のままにある。
「おめでとう、おめでとう。同じ仏敵としてうれしいよ」
 彼らの背後から、拍手が聞こえた。
 ジョンとレイジが振り返る。そこには木材の山の上に立つ、金色の能面を付けた行者がいた。
「誰だ!」
「そうだな……」
 行者は腕を組んでしばし考えるように沈黙する。
「お前が時計回りの存在だとすると、俺は反時計回り、いわばカウンターってところかな」
「カウンターか、センスのない名前だ」
「確かに君は負けるな、ジョン」
 ジョンは対仏ライフルをカウンターに向ける。
「降りてこい。話を聞かせてもらおう」
「嫌だと言ったら?」
「お前に選択肢はない!」
「ふーむ」
 カウンターが懐に手を伸ばすのと、ジョンが対仏ライフルの引き金を引いたのはほぼ同時であった。
 しかし次の瞬間、不可解なことが起こる!
 ジョンの放った反仏質弾は空中で速度を急激に落とし、カウンターの手前で静止してしまったのだ。よく目を凝らせば停止したのは弾丸だけではない、カウンターの周囲に降る雨も、同じく静止しているではないか。これはいかなる外法であろうか。
「何だありゃ?」
一方、カウンターは悠々と懐を探って、一冊の手帳を取り出す。
「初期タイプの機動寺院とは言え、霊山寺と極楽寺を破戒するとは、さすが破壊僧、大した破戒力だ。その破戒力、少し試してやろう」
 カウンターが手帳をタップする。すると遠くからズズーンという音と共にわずかな地鳴りが響いた。
「機動寺院か!」
 金剛杖がピカピカと光りながら言った。
「しかも複数だ、ジョン!」
「金泉寺と大日寺、さぁてジョン。急がねば民草が仏教の名の下に犠牲になるぞ。もっとも、仏教が人を犠牲にするのは常なることだがな!」
「お前は何者だ!」
 金剛杖が問う。
「俺が分からないか、弘法大師」カウンターは呟くように言うと、指先を天へ向ける。
「俺は『四国方程式』を解いた!」
 フハハハハハ、とカウンターはジョンたちをあざけるように笑う。雷鳴が轟き、次の瞬間、カウンターは跡形もなく消え去っていた。同時に静止していた弾丸が飛び去り、雨水が盥に溜まった水の如く地面へ落下した。
「ジョン殿、機動寺院が!」
 レイジの指さす先には、土ぼこりを上げて迫る二棟の機動寺院が迫っていた。あのカウンターなる人物が機動寺院を暴走させた黒幕なのだろうか? 目的は何か? 四国方程式とは何か? 疑問は尽きないが検討をする時間は無かった。
「私も今から反仏質弾を作って援護します」
「頼む」
 対仏ライフルを背中に背負い、疲れた体に鞭打ってジョンは再び走る。
 破戒によって衆生を救済する、それが彼の任務であるが故に。

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