第十話 奈良・ならまち(前編)|ドリアン助川「寂しさから290円儲ける方法」
奈良にいます。
名勝、猿沢池のほとり。
ベンチに座ると、池を隔てて堂々たる木造建造物が目に入ります。世界遺産、興福寺の五重塔です。
秋晴れの午後、わずかに白雲が浮かぶだけの圧倒的な青空です。水面そのものが喜んでいるかのように池が煌めいています。鮮やかな緑の葉を風にそよがせ、周囲の柳も嬉々とした表情を見せています。
ああ、ここで一人のんびりできたら、心身ともにどれだけ解放されるでしょう。五重塔が建立された奈良時代の人々の姿を想像してみるのもよし、ときどき現れる鹿たちに鹿煎餅をあげてくつろぐのもよしです。
しかし、私が腰かけたベンチにはお相手がいました。悩みを溜めこみ、これから先どう生きていけばいいのかわからないと頭を抱える中年男性、「おはぎさん」です。私もまた、彼とどう接したらよいのかわからなくなり、今日は敗北の可能性があると思いながらベンチに座っていたのです。
彼と会うことになったのは、こんなメールをもらったからです。
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\書籍化決定!/
2023年5月23日(火)発売
『寂しさから290円儲ける方法』ドリアン助川/著
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