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<連載第1回>ひとりっきりより、誰かと旅をするほうがむずかしい?|坂田ミギー『ひとりだから、人生に効く。「ソロ旅」のすすめ』




あ、うんこ踏んだ。

そう気づき、靴裏についたうんこを地面にこすりつけながらも、わたしは決して歩みを止めることはない。
ここはインド。うしろからついてくる物乞いの子どもと、左右から呼び込みをしてくる客引きが、激しいサラウンドボイスを聴かせてくれる。そんな彼らを振りほどくべく、わたしはただひたすらに前に進む。進行方向には牛数頭。道の真ん中でくつろぐ牛たちを、華麗なステップで避けながら、全速力で歩く。

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なぜなら、はやく宿に帰ってトイレに入らなくては、お尻が、いや下半身全体が、液状化された茶色の悪魔による悲劇に見舞われるからであった。いくらインドとはいえ、茶色に染まった下半身を「カレーをこぼしました」ではすまされない。そんなに臭いカレーは、ない。
インドってやつは、前後左右360度、音や光、色彩や触感、全方位からありとあらゆる刺激を与えてくる。しかし、絶対に気は抜けない。特に肛門は。全神経を集中させる。おならに偽装した悪魔にも注意が必要だ。

どこに出かけるにも物乞いと客引きはしつこいわ、牛と人間の多さで歩きにくいわ、牛のうんこで足はすべるわ、治安がよくないので常に緊張感はあるわ、激しい下痢になって体調は最悪だわで、ハタから見たら最悪の旅に見えるかもしれない。
しかし、そのときの気分は最高潮に絶好調。おもしろくて、興奮して、たまらなかった。なぜなら、これは自分が望んでひとりで出かけた「ソロ旅」だったからである。

我が人生はじめてのソロ旅は、このときのインド。齢は大学四年生、つまりは卒業旅行だ。
学び舎を同じくした友人たちは、連れ立ってヨーロッパに行くと話していた。有名な観光スポットをめぐったり、すてきなカフェでお茶をしたり、かわいい雑貨を買ったりするらしい。なんとすてきな計画であろうか。
ちなみに、わたしは誘われていない。その計画を聞かされているあいだ、自分はきっと魂の抜けた埴輪みたいな顔をしていたことであろう。

一方、そんな埴輪女子大生はインドに行きたがった。カバンひとつ担いで、どこにでもいける逞しきバックパッカーに憧れていたし、なにより当時(2000年代)のインドは「行けば人生観が変わる」「呼ばれた者しか行けない」などと言われるほど、特別な旅先だったのだ。
人付き合いが苦手なせいか、在学中にうつ病になってしまったわたしは「インドに行けば人生観が変わり、この生きづらさも和らぐのではないか」と、一縷の希望を抱いていたわけである。
あまり大学に行けていなかったこともあり、友だちは少なかった。なので、インドに一緒に行ってくれる友人を探そうにも、それに答えてくれるのは、ただのひとりもいなかったのだ。そりゃ、土っぽいインドより、おしゃれなヨーロッパがいいよな。わかる。

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しかし結果として、わたしの友人の少なさや、旅先の泥臭さは功を奏した。このときひとりで旅に出られたことが、人生の転機になったと、後になってつくづく思うのだ。

それまでは、趣味も価値観もビミョーにちがう数少ない友人と旅行をしてきた。もちろん友人なので、それなりに気のあうところはあるものの、一緒に旅をするとなると話は別である。
行き先のチョイスから、泊まる宿のランク、体験したいことのすり合わせが、とにかく大変なのだ。食事ひとつとっても、現地の人たちと混じって屋台のローカルフードを食べたい人間もいれば、せっかくの旅行なのだから最高のレストランでグルメを楽しみたい人間もいる。どちらがいい・わるいの話ではないのだが、なにをするにも相談して物事を決めなくてはいけない。
そもそもスケジュールをあわせることからしてむずかしい。ひまな大学生ですらバイトだの講座だの帰省だのと、日程があわないのである。これが社会人になれば、さらに調整は困難を極めるであろう。
すべてが自分の希望通りにはならない。それが誰かと旅するうえでの当たり前だ。

しかし、ソロ旅はちがう。すべてを自分のしたいようにできる、圧倒的な自由がある。それが最大の魅力なのだ。「最大」と書いたけれど、もっとたくさんソロ旅のいいところはある。あるの! それを伝えたくて書いているのだ!(地団駄)

そうはいっても、ひとりで旅に出るのは気がひける……という人は多い。「ひとりだとさみしくない?」「危ないんじゃない?」「友だちいないの?」そんな声をよく聞く。……最後のひとつは、ちょっとだけ胸に刺さったけれど、全然問題ないぜ。

実際にソロ旅を経験してみると「誰かと旅をするほうが、むずかしかったんだな」と、わかるはず。最初のハードルは高めに見えるが、案外イージーモードな旅スタイルなのだ。
わたしも多くのソロ旅をしてきたが、いま振り返ってみると、その旅のどれもが「その後の自分の人生に効いている」と実感する。誰かと一緒に行く旅では発生しにくい「特別な経験」が、ひとりだと起こりやすいからだと思う。

みなさんにも、ぜひソロ旅に出てほしい。そんな気持ちを胸に、ソロ旅のいいところ・ちょっとツラいところなどを、エピソードを交えながら、この連載で伝えていく予定。どうぞ気長にお付き合いください。

ちなみに、冒頭でご紹介したインドにおける「茶色の悪魔との攻防戦」には、間一髪で負けてしまった。泣きながら服と下着を洗うハメになったが、これもまた忘れられない旅の思い出である。本当に、心から、誰かと一緒じゃなくてよかった……。


<連載第2回>盗んでないバイクで走り出す。行き先もわからぬまま。は12月14日(月)公開予定です。


31歳のとき、住所不定・彼氏なしの状態で世界一周の旅に出た坂田ミギーさん。これは、彼女がご自身の経験をもとに、「特別な経験」が起こりやすく、「その後の人生に効いている」と実感する“ソロ旅“の魅力を語る連載エッセイです。 隔週月曜日更新予定。



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坂田ミギー
旅マニア / エッセイスト / 株式会社こたつ 共同CEO クリエイティブディレクター
福岡県出身。大学時代からバックパッカー。広告制作会社、博報堂ケトルを経て、現職。年間旅行日数100日以上の旅マニア。20代でうつ病を患い、プチひきこもりになるも、回復期にインドを旅したらどうでもよくなり寛解。がんばったら幸せになれると信じて日々を生きるも、過労と失恋で「このままじゃ死ぬ」と気づき、命からがら世界一周へ。旅を機に立ち上げたブログ「世界を旅するラブレター」は、世界一周ブログランキング上位常連の人気ブログに。
現在はキャンピングカーをモバイルオフィス&家として、日本各地を旅しながら働く毎日。