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「犠牲者は一人でいいんだ」

 人間の三大欲求は 1)自分を知っている人が居ないところに行く 2)野趣溢れる珍妙な泉質の風呂に入る 3)酒を飲む であると知られている。(ところで三大欲求という言説がいつごろどのように生じたのかかなり気になるので誰か教えてください。)それで三大欲求を満たすために福島に行ってきたのだが、福島は大阪から夜行バスで11時間ぐらいのところにある。

 頭蓋骨を定期的に壁にぶん投げる投擲機械を観たあとで名物だという餃子を食べて、そのあと郡山の駅前と素人にはほとんど区別が付かない福島駅前から山奥に向かった。

 3時台に宿に着いてもすることがなく、近くに散策コースがあることは調べていたけど、路線バスの終点になっている温泉街まで車で迎えに来てくれた宿の人にいまいち聞き取れない言葉で「犠牲者は一人でいいんだ」と言われて怖くなったので山には入らないことにした。

 ドラム缶の中で服を脱いでこの辺り一帯に湧いている硫黄泉に入るのだが、体温とほとんどかわらない湯温で、標高1000メートル超とかで寒い。成分の強い温泉に入ると体がその温泉のにおいになる。温泉好きはマゾヒストでwet and messyとか好きだと思う。

 お湯が二種類沸くという。内湯は鉄分の温泉で、いろんな病気が治るとかで、秘湯だけに洗い場もシャワーもない。夜になるとこわいくらいに風が吹いて、暗い風呂でひとりで温まっているのは連続殺人とかが起きそうだった。

 その周辺は交通の便がとにかく悪くて、地図で見るとすごく近いのに一回福島まで帰って、電車に乗って、それからまたバスに乗らないとたどり着けないようなところがたくさんある。下手するとバスさえない。明日はそういう温泉に行こうと思ってるんです、と宿の人に言うと、それなら、と送ってもらえることになった。しかし同じ山から湧く同じような泉質の、しかし少し薄い、みたいな硫黄泉で、ただシャワーとドライヤーがあるので助かった。

 最後に入ったのは詳しい人のあいだでは有名だという公衆浴場の温泉で、アルカリ性単純泉らしいが金とも緑とも言えないお湯に浸かったあとは高い化粧水の試供品を使ったあと、みたいだった。今回で一番よかった。

 一人になる。自分を知らない人に優しくしてもらう。普段自分語りが過ぎるとそういうのが多分落ち着く。

 こじろう。

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