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超宗教としての神道へ ——中沢新一

 敗戦のちょっと前に、折口信夫は牧師のグループに呼ばれて、話をしにいったことがある。キリスト教の牧師たちは、戦争の間じゅう、ずっと肩身の狭い思いをしていた。そこで牧師たちは、神道の有名な学者を呼んで、話をしてもらうことにしたのである。おたがいを宗教同士として、認めあうことによって、息詰まった状況の中で、少しでも風通しをよくしたい、という考えだろう。旧約聖書の記述の中には、記紀の神話とそっくりのものがあります、と牧師たちは言った。彼らは折口信夫に、キリスト教ももとはと言えば、パレスチナの「神道」のようなものを土台にして、そこから発達してきたものだ、その点では宗教として同じ地盤を共有している、私たちはそこを対話の出発点にできないだろうか、と誘ったわけである。
 それに対して、折口信夫がどう答えたかは、記録に残っていない。だが、このとき折口信夫は心の中で、こんなことを考えていたのではないか、と私は想像する。「ええ、おっしゃってくださることは、とてもうれしいことです。神道とキリスト教が、まったくおたがいの対話も不可能なくらい異質なものなどではなく、人類の神話的段階という共通の土台を持っていることは、まったくそのとおりだと思います。しかし、キリスト教はそういう段階から出発して、頑強な宗教に、自分を構築することができました。ところが、私たちの神道は、その意味ではまだ未完成の宗教なのです。神道は、自分を一個の宗教として、自立させる努力を、これまで十分におこなってきたとは言えないのです。そのために、この未組織で未成熟の宗教は、政治に利用されて、たくさんの過ちをおかし、いまやみずからの破局の危機に立たされているのです」。
 折口信夫には、神道には何ができて、何ができないかどこが良いところで、どこは宗教としててんでだめかぐらいのことは、はっきり見えていたのだ。明治以来、政府内のイデオローグたちは、たいした見識もなしに、神道をキリスト教に向いあえるほどの宗教に仕立て上げることができる、などと信じて、日本人の霊性の伝統に、致命的な打撃を与えるような、めちゃくちゃな施策を、たびたび断行してきた。その過程を通じて、神道は、国家の「正義」をささえる、国民の倫理性の源泉としての位置づけを与えられるようになった。つまり、神道は合理化されて、近代の啓蒙主義の逆立ちした表現形態に、たどりついてしまうことになったのだ。
 土地土地に根づいた古い形をもった神道が、日本人の生活を導く倫理の源泉となってきた歴史的事実が、近代国家としての日本の「国民」を薫育し、教化していくための道徳原理ともなる、という合理的な形にすりかえられてしまった。その結果として、神道はその内的な生命を萎縮させ頽廃させることになったのである。折口信夫は、彼の「民俗学」をもって、そのような生命 の萎縮と、懸命の戦いを続けてきた。ところが、戦争の過程を通じて、彼の目の前にあきらかな事実となって露呈されたのは、神道がもはや人々の宗教情熱に触れることすらできなくなってしまっている、という空虚な現実だったのである。
 彼は、牧師のつぎのような一言に、事実打ちのめされている。「あるいはアメリカの青年達は、この戦争にエルサレムを回復するためにおこされた十字軍のような、非常な情熱を持ちはじめているかもしれません」。のちになって、彼はこう書いている。「戦争中の我々の信仰を省みると神に対して侮いずには居られない。我々は様々祈願をしたけれど、我々の動機には、利己的なことが多かつた。さうして神々の敗北といふことを考へなかつた。我々は神々が何故敗けなければならなかつたか、と言ふ理論を考へなければ、これからの 日本国民生活は、めちやめちゃになる」(「神道宗教化の意義」)。
 その「理論」として、折口信夫が考えたのが、「神道の宗教化」という主題だったのである。彼は戦後になるとすぐさま、神職者たちに向かって、この主題を情熱をこめて語り出すことになる。神道には宗教としての組織化の試みが、かつておこなわれたためしがなかった。「私は思ふ。神道は宗教である。だが極めて茫漠たる未成立の宗教だと思ふ。宗教体系を待つこと久しい、神話であつたと思ふ。だから美しい詩であった。其詩の暗示してゐた象徴をとりあげて、具体化しょうとした人が、今までなかつたのである」。 たしかに、神道には、宗教としての満足のいくような組織化や体系化が、ほどこされたことがなかった。だいいち神道というその名称からして、仏教との対照で、ちょっとおとしめるような意味で使われだした言葉なのである。あえて言えば、日本人は、民族の Natural Wisdom の茫漠たる集合体のようなものをさして、かりに神道と呼びならわしてきただけで、それを仏教や陰陽道のような体系に組織だてようという試みも、おこなわれてはこなかったし、それ以上に、そういうものを宗教に仕立てようなどという試み自体が、なんとなく神道の精神にもとる、不純な行為のようにも、見られてきたのである。
 それを、この時期に、折口信夫はあえて「宗教化」しなければだめだ、と力説したのだ。しかも、よく言われているように、アジア宗教の特徴である多神教として、組織だてるのではなく、ユダヤ教やキリスト教の特徴である一神教として、この民族の Natural Wisdom の茫漠たる集合体に、ひとつの明確な組織と体系をあたえる仕事にとりかからなければならない、とまで考えるにいたっている。このような折口の思考を、私たちは、戦後の混乱期に特有の、挫折と解放感の入り交じった、一時期の熱気の産物として処理すべきものなのか。それとも、ここには神道のみならず、日本人の思想の歴史にとって、黙って通り過ぎることの出来ない、重要なプログラムが語られているのだろうか。『折口全集』の中でも、もっとも深い謎をはらむ諸論文を集めたこの巻(第20)は、これまで十分に読みとかれたためしがない。しかし、ここが転回点なのだ。折口信夫の全思想は、ここに集められた諸論文が読みとかれないかぎり、理解できたとは言われないだろう、と私は思う。
 たしかに、よく考えてみれば、ここで折口信夫はたいへんに矛盾したことばかりを、語っているようにも思える。宗教の組織化というのは、どこの世界でも、国家の成立ということと一緒に、おこっている。語りことばを文字に書き表すシステムが整い、それをもとにして思考の道筋を論理立てる方法が開拓され、その論理を駆使して自分たちがおこなってきた特殊な体験を組織化できるようになって、はじめて、宗教の構築が可能になる。そのためには、自然な共同体ネットワークのレベルを超えた、国家という新しい概念の登場を必要とした。だが、それは民族の Natural Wisdom の茫漠たる集合体に、深刻な改造を加えることになる。もっとはっきり言えば、民族の Natural Wisdom の茫漠たる集合体である、折口的な「神道」は、宗教となった瞬間に、死んでしまう性質を持つものなのだ。そうなると、彼は「神道の宗教化」ということばで、一体何を言おうとしていたのかさえ、私たちにはわからなくなってくる。
 このことは、アメリカ・インディアン の場合を考えてみれば、よくわかる。彼らはきわめて高度な Natural Wisdom の収蔵庫を、つくりあげてきた。そこから、彼らは生活の倫理をくみだしてくる生き方を、長い間続けてきたのだ。アメリカ・インディアン は木々や岩や泉のような自然のうちに、たくさんの霊的な存在を実感して暮らしていた。しかも、彼らはそうした霊的存在すべての背後に、「グレート・スピリット」なる根源的一者の存在を考えていた。つまり、彼らは民族の Natural Wisdom の集合体に、見事な組織化をおこない、そこから一神教的なものの考え方まで、引き出してきていた。彼らはまさしく、折口的「神道」の実践者であったのだ。
 ところが、アメリカ・インディアンは彼らのその知恵の体系を、けっして宗教に成長させようとはしなかった。むしろ、宗教となっていく道を、拒絶したのだ。それは、彼らがこの広い大陸に、国家をつくりださなかった、あるいは国家のようなものが成立しそうになると、すぐにそれに対する解体作用が働いて、もとの部族ネットワークの状態にもどそうとしてきた、という事実に照応している。神道的なるものが、宗教に成長をとげていくときには、それと一緒に神道的なものが生きる世界は、根本的に質的な変容をこうむる。そうするとそこではもはや、神道的なものはまっすぐな生命を実現することができなくなる。国家の否定者であったアメリカ・インディアンは、また「神道の宗教化」の否定者でもあった。
 こう考えて見ると、「神道の宗教化」ということばで、折口信夫が本当には何を言いたかったのか、私たちには少しだけその本音が、見えてくるような気がするのである。彼はそのことばで、じつは「神道の超宗教としての実現」ということを、思考しようとしていたのだ。宗教を超えるものとしての神道、あらゆる宗教の誕生以前にあり、またあらゆる宗教の終焉の後の世界に生まれるであろう、知性の形態を、とりあえず「神道」という名前で呼び、その実現のために、感覚と超感覚と知性を組織化していくための道を探ること。そのための、新しい情熱を、日本人の魂のうちに着火させること。しかし、それは宗教の終焉の後にしか、出現しない。折口信夫の考える神道とは、非知の一形態として、はじめからヘーゲル的な歴史の外部にあるものなのだ。
 しかし、非知は知の長い道程の果てに出現する。超宗教はいきなり超宗教として生まれ出るのではなく、宗教がその内蔵プログ ラムのすべてを出し切ったところに、あらわれる。ここに、折口的「神道」の矛盾の一切が、発生するのだ。神道はいまだに未成立の宗教である。それは、神道が民族の Natural Wisdom の茫漠たる集合体として、宗教以前の空間に、生き続けているからだ。それを、折口信夫は「神道の宗教化」ということばで、一足飛び に超宗教として、実現させようと願ったのである。神道を、キリスト教や仏教に遜色ないような、立派な宗教に組織化しようと呼びかけているのではなく、このことばで、じつは彼は、そんなものを超えてしまったものの実現を、呼びかけていることになる。
 ここに、折口信夫の思想の未来性が宿っている、と私は思う。彼の考える神道は、現代の高度なメディア・テクノロジーの時代でこそ、はじめて現実性をおびる思想なのだ。あらゆる宗教の終焉の果てに、組織化された Natural Wisdom が、人類の知(非知)の様式として復活を果たすのか、それとも、徹底的に技術化された世界が、魂などというものを、葬り去ってしまうのか。私たちはたえず危険な曲がり角を生きている。そういう時代にあってこそ、折口信夫の思想は、みずみずしい生命を失わない。それは彼が「古代」ということばで、歴史の誕生以前、その死以後を、つねに思考していた人であったからなのである。

(なかざわ しんいち。中央大学教授)

底本:折口信夫全集月報19 第19回 第20巻(1996年10月)

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